第25話 目覚め
文字数:3189字
「っ! ……ま、眩しい」
今日もきっと快晴なのだろう。
俺は陽の光で目を覚ます。
ふと視線を横に向けると、寝息を立てながらガスさんが熟睡している。
そのガスさんの顔は、見事な青タンだらけ。
「ははは、凄い痛そう。でも、こんなところでよく熟睡できるよな。遠征とかで慣れてるのか」
俺、ゲイルさん、ガスさんの男三人は、馬車から少し離れた草むらで寝袋に入って睡眠をとった。
周囲に何もない草原地帯である。
さすがに無防備な状態で睡眠をとるわけにもいかず、交代で見張りを立て、万が一に備えて警戒を怠るようなことはしなかった。
「おはようございます、レイン殿」
最後の見張り番だったゲイルさんがカップを手に持ち、笑顔で朝の挨拶をしてくる。
「ゲイルさん、おはようございます」
ゲイルさんの顔も見事な青タンだらけ。
(こっちもこっちで痛そうだな)
ゲイルさんは淹れたてのお茶の入ったカップを俺に手渡すと、スヤスヤ寝ているガスさんにケリを入れて叩き起こす。
〘ドカッ!〙
「このクソ野郎のノータリンが! 寝坊助バカガス! とっとと起きて朝食を作りやがれ!」
「痛ってぇっすよ、何するんすか、起こすなら普通に起こしてくださいっす」
この二人は、いつでもどこでもゲイルさんとガスさんなんだなと笑ってしまう。
「エミリーを起こしてきます」
二人にそう告げて、俺はエミリーが寝ている馬車に向かって歩き出した。
(いつまで寝てるんですかね、エミリーは)
まったくゲイルさんもガスさんもエミリーに甘すぎる。
見張り番も免除、おまけに馬車の中にある簡易ベッドを「「エミリー様がお使いください」」と口を揃えて言う始末だもんな。
まぁ、18才の女性だし、こんな草原地帯のど真ん中で寝袋もどうかなと思うし、清拭して服も着替えたいだろうなとも思うよ。
それはいいよ、それはね。
だが、朝食を作る約束はどうした?
〈明日の朝食は私が作るね♪〉
そう言って颯爽と馬車の中に入っていった姿が目に焼き付けてるよ。
ここはガツンっと一発、この俺がエミリーに言わなきゃダメだ。
「ゔっ、ゔんっ」と咳払いをした俺は、馬車の扉の前に立ち、エミリーに声をかける。
「エミリー、朝だぞ、起きろ。朝食を作る約束はどうなったんだよ」
「レイン!!」
馬車の中からいつもと違う声色で、俺の名を呼ぶエミリー。
「――っ! こんなところまでかよ!」
「私、下着姿なの。今は無理! ごめん!」
「分かった!」
♢♢♢
間違いなく魔物だ。
奴等は騎士団駐屯地のある方角から、こちらに向かってくる。
猿の魔物の生き残り……じゃないよな。
上空に1、地上に5。
サムライスキルが探知した敵の総数。
今現在、俺達が置かれている状況を考えるとここで戦うしかない。
二頭の馬は、馬車からかなり離れたところで草を食んでいる。
昨日と同じく、ゲイルさんとガスさんを馬車で遠ざける時間なんてない。
「ゲイルさん! ガスさん! 魔物達がこちらに向かってきます! 馬車まで走って!」
俺の言葉を聞いたゲイルさんとガスさんは、お互いに顔を見合わせた瞬間、馬車に向かって走り出した。
白銀の鎧を着ている二人は〘ガシャガシャ〙と音を立てながら馬車まで走ってくると、無理だと分かっていても生存本能からなのか、自分の身を守るために帯剣していた刺突剣をサッと抜いて構える。
俺は馬車を背にし、考えていた。
上空に1、地上に5の敵は最悪な状況だ。
サムライスキルでは対処が困難だろう。
エミリーが戦線に立つまで何とかできる自信は、正直ない。
でも、やるしかないんだ。
やってやる。
俺がゲイルさんとガスさんを守る。
「来い、魔王軍!」
♢♢♢
大空を飛ぶ鳥。
数多く存在する鳥たちの中で、速さと強さの二つを併せ持つ鳥がいる。
――ハヤブサ。
魔物化したハヤブサが信じられない速さでこちらに向かって飛んで来ていることを、俺達はまだ知らない。
地上の魔物達を嘲笑うかの如く圧倒的速さで置き去りにすると、獲物を食い殺すために両翼を羽ばたかせていた。
ハヤブサの魔物の鋭い眼光が、白い服の人間を捕捉する。
それは紛うことなく俺だった。
♢♢♢
来た!
な、何だよ……あれが鳥なのか……。
あれって……もしかして、ハヤブサか?
いくら何でもデカすぎるだろ!
「「ひぇー!」」
背中越しに二人の悲鳴が聞こえてきた。
(今、エミリーはいないんだ。俺がゲイルさんとガスさんを守らないと)
ハヤブサの魔物が両翼をひと羽ばたきさせ、獲物である俺を目掛けて一直線に急降下してくる。
(ダメだ、殺される)
俺は死を覚悟した。
瞬き一つしただけのほんの一瞬だったのに、両翼を大きく広げるハヤブサの魔物、こいつの鋭い両足の爪が俺の眼前にあったのだ。
聖女の言葉が頭に思い浮かんだ。
一年前のあの日。
俺がサムライスキルを覚醒する時、カリン・リーズが言った言葉。
〈この刀はあなたを助けてくれるよ〉
そして、最後にこう付け加えて言ったんだ。
――誰もあなたを見ることができない――
その瞬間、俺の中で何かが目覚める。
(何だよ、お前? ハヤブサの魔物か? オレを殺すつもりなのか? オレはまだ死ねない。あいつら二人を殺すまではな)
聖女より与えられしサムライスキルの固有スキルが、今また一つ覚醒する。
――抜刀一閃。
♢♢♢
最悪だよ!
最悪のタイミングで魔物が襲ってきたよ。
何で今かな、私は下着姿だよ?
地上の魔物達は大したレベルじゃない。
だけど、上空の魔物は異常にレベルが高い。
――レインでは、勝てない。
レインのサムライスキル。
〈聖女の託宣〉だか何だか知らないけど、所詮はバカ女が託宣した低レベルのスキル。
昨日、私は初めて聖騎士スキルを駆使して魔物達と戦った。
猿の魔物達を駆逐した直後、聖騎士スキルが新たに固有スキルを覚醒する。
――スキャン。
相手のレベルをスキャンできる固有スキル。
この時、レインのサムライスキルをスキャンした私は、心の中で爆笑してしまった。
あははは。
バカ女が託宣したスキルってさ、こんなもんなの?
超ウケるんだけど!
サムライスキル、ダメダメじゃん。
♢♢♢
来た!
恐ろしい速さで向かってくる上空の魔物。
「「ひぇー!」」
ゲイルさんとガスさんの悲鳴が馬車の中まで聞こえてきた。
私は黒の祭服を着ると、聖剣と神剣を持って馬車から飛び出す。
(鎧なんて着てる時間ないよ! 私がレインを守らなきゃ! 上空の魔物、ハヤブサの魔物に殺されちゃう)
聖剣と神剣を左右に広げて構え、戦闘態勢に入った時、私は信じられない光景を目にする。
〘ザンッ!〙
それはまさに、ハヤブサの魔物が獲物の命を狩ろうとした瞬間、レインが抜刀したのだ。
は? えっ? な、何? ……何なの……見えなかった……う、嘘だ……そんな……そんなのってないよ!
猿の魔物の動きなんて、止まっているようにゆっくり見えていた聖騎士スキルがレインの抜刀を捉えられなかった。
ハヤブサの魔物は断末魔の叫び声を上げることも許されず、真一文字に斬り裂かれる。
〘カチンッ!〙
一人の男は、刀を鞘に納めると草原に転がる魔物の亡骸を冷たい眼差しで見下ろしていた。
白いローブに返り血を浴びたレインを見て、私の体が震え出してしまう。
――森沢亮次?
今、目の前にいるレインが森沢亮次に思えてならないからだ。
「エミリー!」
その場でガクガク震えていると、私の名前を叫んだレインの声で震えがピタッと止まった。
「レイン!」
「地上の魔物達が来るぞ! 昨日のエミリーの言葉をはっきり覚えているからな。ゲイルさんとガスさんを絶対に守るんだろ? それを俺に証明してくれよな」
「う、うん。私が二人を守るから! レイン、見ててね! 私を!」
地上の魔物達、狼の魔物が5匹群れをなして襲いかかってきたけど、私が聖剣と神剣で瞬殺する。
♢♢♢
今日は、まさに快晴の朝だ。
けれど、私の気持ちは晴れていない。
イヤな予感がする。
レイン・アッシュが、前世の森沢亮次の記憶に目覚めつつあるのではないかと。
私は神に祈る。
そんな日が永遠に来ないようにと。




