第12話 救世主
文字数:2746字
「え~! 何で~!」
エミリーの不満を漏らす声が大聖堂一階にある食堂に轟き渡る。
同じく朝食を食べていた聖職者の面々が一斉に俺達へ視線を向けた。
「お、お前、もう少し小さい声で」
女心と秋の空とはよく言ったもので、今し方までニコニコ笑っていたエミリーが今は頬をぷうっと膨らませてお冠なのだ。
その理由は単純明快。
俺がエミリーからのお出かけの誘いを断り、これから聖女と出かけると言ったからだった。
「だって~!」
「遊びに行くわけじゃないからな」
「昨日の今日でまた?」
カリンから今日のことは、特に口止めされていないがエミリーに言う必要はないと判断した俺は、例によってサムライスキル絡みだと言った。
「俺は俺で色々あるの。お前もあるんだろ? 街に行く暇なんてないよな? 聖騎士様は」
エミリーは聖騎士である。
後日、正式に教会騎士団所属になるのだ。
そのための研修が今日から始まるとカリンから聞いている。
「うん? な、何の話?」
お前が嘘をつく時の癖がモロに出てるぞ。
パチパチパチと高速で三回まぶたを閉じる。
「エミリー、俺達は最東端に遊びに来てるわけじゃないだろ。俺は俺、お前はお前でやるべきことがあるなら、今はやるべきことをやろう。もしこの先、お互い時間に余裕ができたら二人で街を見て回る。それでどうだ?」
「……本当? 約束してくれる?」
「ああ、約束だ」
「うん、分かった!」
エミリーは満面の笑みを浮かべ、そう言うと俺に向かって小指を差し出してきた。
俺達二人が、幼き頃から大事な約束をする時の儀式。
――指切りげんまん。
「研修がんばれよ、エミリー」
「レインは助平なことしちゃダメだよ」
「するか!」
俺とエミリーは、小指を絡めて約束する。
うん、絶対に大丈夫だ。
こんなに純粋なエミリーがたやすく人の道を外すわけがない。
たとえ真っ黒であってもだ。
俺は、お前を信じてる。
信じてるぞ、エミリー・ファインズ。
♢♢♢
「……頭、痛った」
朝、目が覚めての第一声がこれ。
不思議と不快感はない。
「ふふふ、楽しくて飲み過ぎちゃった」
これからレインとお出かけなのに、二日酔いじゃダメだよねと思い、自分に対して回復魔法を施す。
「うん、体調はすこぶる良くなったね」
今日は特別な日だから、わたしのお気に入りである特注品の白いローブを着ていくと決め、さっそく出かける準備に取り掛かる。
「さぁ、バッチリ決めるわよ」
それにしても暮夜の岸辺での話し合いは、とても有意義な時間だった。
エミリーや教皇様のことはもちろん、今の世の世界情勢など様々な話をした。
わたし達には、魔王軍との熾烈を極めた戦いが待ち受けている。
だけど、負ける気がしない。
他の誰でもないレインがいるのだ。
この人がいれば、必ず勝てる。
――魔王軍を駆逐できる。
そう確信させてくれた岸辺の話し合いの後、気分が高揚したわたしはレインの手を引っ張るようにして、夜の街へと繰り出したのだった。
少し、いやかなりハメを外して飲んだのか、記憶がところどころ抜け落ちてしまっている。
(レインにおんぶしてもらい、自分の部屋に戻ってきたのは覚えてるんだけどね)
お酒は飲んでも飲まれるなとは、良くできたことわざなんだなと思いながら白いローブを身に纏ったわたし。
「うん、完璧! さてと、行きますか」
バッチリ決まったわたしを鏡で確認してから部屋を飛び出る。
愛しの人レインのために用意しておいた贈り物を胸に抱えて。
♢♢♢
「遅いな。何やってんだよ、カリン。まさか昨日の酒のせいで寝坊とか洒落にならないぞ」
待ち合わせの時間と場所は間違ってないよなと自分自身に確認したけど、俺は間違ってないと再確認する。
そんなことを思っていると、待ち人カリンの声が遠くの方から聞こえてきた。
「お~い! レイン、お待たせ~」
小走りでこちらに向かってくる聖女様。
とりあえず申し訳なさそうな顔をしているので、遅刻の件は不問にすることにした。
「おはよう、カリン」
「おっはー」
どんな挨拶だよと突っ込みたくなったけど、突っ込み返されるのがオチなので、これもまた不問にする。
「これ着て」
カリンが何かを大事そうに抱えていたのは遠目からでも分かっていたが、さすがにそれが服だとは手渡されるまで分からなかった。
「これを俺に?」
「うん。レインの戦闘服だよ」
――白いローブ。
聖職者が着用する黒いローブ、またカリンが身に纏っている白いローブとは、少し形が違うような気がする。
「こんな高級なローブが戦闘服? 俺は白銀の鎧を着て戦うんだと思っていた」
「は? 白銀の鎧? レインのサムライスキルと鎧なんて相性最悪だよ。でも、このローブは相性抜群、聖女カリンが保証する」
茶目っ気たっぷりに笑いながら、右手の親指を立ててカリンは言った。
〈聖女の託宣〉で、俺はサムライスキルを覚醒した。
その聖女様のお墨付きのローブなのだから、間違いはないのだろう。
「そうか。ありがたく着させていただくよ」
♢♢♢
「うん、良く似合ってる」
「ありがとう」
わたしが、レインに贈った白いローブ。
刀を腰に差すレインのローブ姿に、うっとり見惚れてしまう。
(……ハッ! ダメダメダメダメダメ! 今のわたしは聖女としてここにいるんだからね! 公私混同は絶対にダメ!)
つい「今からお茶でも、どうかな?」なんて言ってしまいそうになった自分を戒める。
(聖女カリン、気持ちを切り替えなさい!)
「ふぅ」
目を閉じ、ゆっくり一息ついたわたしは今日のお出かけの趣旨を再び確認するため、レインを見据えた。
「レイン、もう一度確認ね。昨日、話した通り今から魔王軍が駐屯しているであろう彼の地に飛ぶよ。わたしの予想では十中八九そこにいると思ってる。目的は偵察、場合によっては戦闘になるかもしれない。でもさ、安心してよね。聖女カリンがいるから――」
(えっ? 誰? あなたはレインだよね?)
わたしの目の前に、一人の男がいた。
刀に手をかけ、そして冷笑している。
レインによく似た男の眼光は鋭く、何かを射殺すかの如く一点を見つめていた。
わたしは、一人の男を見極めるために愛しの人の名前を呟く。
「……レイン?」
「何だ? カリン」
(あ、あれ? いつもレインだ。おかしいな、わたしの見間違いだったのかな……うーん)
わたしが首を傾げていると、レインが言葉を続ける。
「分かってる。聖女様がいるんだから何の不安もない。俺はカリンの足手まといにならないようにしないとな。ははは」
「ふふふ。殊勝なこと言うじゃん」
あなたが足手まといになるわけがない。
サムライスキルは無敵なんだからね。
――救世主。
地獄のようなこの世界を救う救世主になるのは、他の誰でもない。
あなただよ、レイン。
「じゃ、行くよ! レイン・アッシュ!」
「分かった! 聖女カリン・リーズ!」
わたしは〈転移魔法〉を発動させた。
魔王軍がいる彼の地へ飛ぶために。




