第11話 大丈夫
文字数:2081字
時刻は、午前零時の少し前くらいだろうか。
「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます」
執事の人に案内され、自分の部屋に入ろうとした時、俺の名前を呼ぶ声がした。
「レイン!!」
聞き慣れた声、そして間違えようがない声。
振り向くと、エミリーが立っていた。
幼馴染にして黒髪黒目の仲間である女性。
つい先程まで、カリンとの話し合いにおいて議題の中心となっていた人物。
そのエミリー・ファインズが怒りを露わにして、俺を睨みつけながら仁王立ちしていた。
「どうした? エミリー」と俺が言う間もなくエミリーは言葉による攻撃を仕掛けてくる。
「こんな時間まで、どこで何してたの! バ、聖女様といたんでしょ! そうでしょ!」
何でそんなに怒っているのか分からないが、いきなり大声で怒鳴り散らされたら、さすがに俺も腹が立つ。
しかし、売り言葉に買い言葉で言い争いなどバカらしいと思った俺は、必殺の逃げの一手を繰り出す。
「エミリーには関係ない。今日は大変なことがあって疲れたから早く寝たいんだよな。じゃ、おやすみ」
俺がドアノブに手をかけた瞬間、エミリーの金切り声が廊下に響き渡る。
「レイン!! 待って、ちゃんと答えてよ! バヵお、聖女様と何してたの? 教えて! 助平なことでもしてたんでしょ!」
……ダメだ。
俺が甘かったと認めざるを得ない。
こういう時のエミリーは、相手の都合なんてお構いなしの自己中心的な奴になる。
この場を丸く収めるための最善の方法は、結局のところ彼女が納得するまで話に付き合うしかない。
「確かにカリンと一緒にいた。それは認める。だけど、何も疚しいことなんてしてないぞ」
「嘘!」
「……嘘じゃない。カリンにサムライスキルの話を聞いていたんだよ。魔王軍との戦いも近いだろ? 不安だったから色々と確認してたの」
「こんな時間まで?」
「ああ」
「………」
(見てる見てる。どうせ、俺が嘘つく時の癖か何かを確認してるんだろ?)
「……本当に本当? 嘘じゃない?」
「本当だ」
嘘だ。
バカ正直に話せるわけがない。
なぜなら、エミリー・ファインズを葬り去る恐ろしい話をしていたのだから。
♢♢♢
暮夜の岸辺で俺達二人は、これからある人をどうするべきか話し合っていた。
ある人、それはもちろん真っ黒なエミリー・ファインズだ。
俺とカリンは、思い悩んでしまう。
現実問題として、いくら真っ黒であろうともエミリーは何か悪いことをしたわけではない。
――真っ黒だから、お前を処断する。
そんなバカげた話があってはならない。
絶対にあってはならない。
だから、エミリーを見定めると決めた。
〈神の信託〉と〈聖女の託宣〉。
カリンが、導く者の反動について説明をしてくれた。
導く者と導かれた者の関係性。
万が一、導かれた者が人の道を外したなら、その反動によって導く者には死が訪れる。
そうであるならば、やることは一つだ。
教皇様を指標にして、エミリーを判断する。
仮にエミリーが人の道を外し始めたのなら、その反動は比例し教皇様に何かしら異変が現れ始めるはずだ。
もし最悪、教皇様に危険な異変が生じた時は問答無用でエミリー・ファインズを殺す。
真っ黒なエミリー・ファインズを殺すのだ。
この件は、あくまで俺とカリンが決めたことなので、教皇様には内密にする。
だが、教皇様の側近である枢機卿にだけはカリンから話を通す。
聖女様曰く。
いかつい顔した枢機卿だけど、凄い優しくて話が分かる人だから俺とカリンに協力してくれるとのこと。
俺達二人は、最終確認をする。
教皇様に何も異変がなければ、それでよし。
しかし、異変があった時はエミリーを殺す。
♢♢♢
エミリーを殺すのか。
俺は、本当にそんなことができるのか。
♢♢♢
「……………………」
「レイン、どうしたの?」
「えっ? あ、何でもない」
エミリーの顔を見ていたら、俺と聖女の密約が脳裏をよぎってしまった。
「ねぇ、本当に聖女様とスキルの話をしていただけなの?」
俺の顔を覗き込むようにして、確認の言葉を投げかけてくるエミリー。
「だから、そうだと言ってる」
「……そっかそっか。えへへ、そっかそっか」
無邪気に声を弾ませ、ぱぁっと表情が明るくなったエミリーは、今にも踊り出しそうな勢いだった。
(バカ、楽しそうに笑うなよ……)
幼少の頃から幾度となく見てきたエミリーの笑顔に胸が締め付けられる思いだった。
(もう耐えられない)
「エ、エミリー、悪いな。さすがに疲れたから休ませてもらいたいんだが」
(今は、一刻も早くお前から離れたい)
「あ、うん、ゆっくり休んで。明日、もう今日かな? 一緒に朝食を食べようね。おやすみ」
「あ、ああ、おやすみ」
飛び跳ねるようにして、自分の部屋に戻っていったエミリーを見送った後、俺は急いで部屋に入った。
「大丈夫、大丈夫だ。エミリーは絶対に人の道を外れはしない。大丈夫だ、大丈夫だ」
暗い部屋の中で、俺は自分に言い聞かせた。
――大丈夫。
エミリーは大丈夫だ。
それはもう祈りのようだった。
この日、俺は眠れずに朝を迎える。
♢♢♢
気持ちを切り替えなければならない。
これから聖女カリンと行くところがある。
魔物達が蠢く、魔王軍の駐屯地に飛ぶのだ。




