第8話 大聖堂
文字数:2406字
私達は話し合いの末、一刻も早く教会総本山に向かうべきだとの結論に達し、旅路を急ぐ。
目的地到着まで、残りの行程は五日間の予定だったけれど、二日間で到着する行程の強行軍を敢行することにした。
泊まる予定であった宿屋に着くと、食料調達と馬車を引くための馬を交換して、すぐに出発を繰り返す。
昼夜問わず、馬車は走り続けた。
その甲斐があって、教会総本山には予定通りの行程で到着する。
肉体的にも精神的にも、かなり過酷な二日間だった。
しかし、私達四人はやり遂げた。
最南端から最東端まで、六日間の行程を半分の三日間で到着の強行軍は、今ここに終了した。
♢♢♢
教会総本山のある大陸最東端。
前世の玉木奏の記憶を借りるならば、まさに中世欧州の街並み。
魔王軍の侵攻など、ここには関係ないかのようなほのぼのした平和な雰囲気だ。
だけど、この街並みの雰囲気はかりそめ。
最東端にも〈夕刻の悪夢〉は投影されたはずだから。
人々は、きっと絶望しているだろう。
♢♢♢
「いや~、我が街に帰ってきたっす。そうだ、エミリー様! 俺がこの街を案内するっす」
「このクソ野郎のオタンチンが! 誰が報告書を書くんだ? 俺か? ん? てめぇだろー! 街をぶらぶらする時間などない! エミリー様にレイン殿、お疲れのところ大変恐縮ですが、このまま大聖堂に向かいます」
「「はい」」
「ありがとうございます。ガス、大聖堂だ! 大通りから行け!」
「はーい、分かったっすよ!」
ゲイルさんとガスさん、心なしか声が弾んでいるみたいだ。
今回、二人の騎士が命じられた任務は教会総本山までの案内役。
私とレインの二人を無事にここまで案内できた安堵感がそうさせているのだろうか……。
……いやいや、正直に言うと今はゲイルさんとガスさんのことなんてどうでもいい感じ。
今、私が一番気にしているのはレインだ。
この街に入ってからというもの、元気がないように見えてならない。
「レイン、どうしたの? 大丈夫?」
「えっ? いや別に大丈夫だよ。この街並みに圧倒されちゃってな。ははは……」
――嘘だ。
嘘をつく時の癖が、モロに出てるもん。
視線を右下に二回逸らす。
なんだろう? めちゃくちゃ怪しい。
さり気なく横目でレインを観察していると、ゲイルさんが私達のところにやってきた。
「レイン殿、お話があります。お時間よろしいでしょうか?」
ゲイルさんらしくお伺いから会話に入るのは定石なので、他愛もない話かなと油断したのが大失敗だった。
私の正面に並んで座るレインとゲイルさん。
流石に私が首を長くして、二人の顔を交互に見ながら会話を聞くわけにもいかず、窓の外の風景を眺めるフリをして一言も聞き漏らしてなるものかと耳をダンボ状態にする。
「レイン殿、実はあの方、カリン様から伝言を承っております。今からお伝えしてもよろしいでしょうか?」
私はその固有名詞を耳にして少しだけ体がピクっと動いたけど、レインは体がビクッと浮いたのだ。
そんなレインを見逃すほど、私は甘くない。
「い、今ですか? 後でお願いします」
「カリン様から、<大聖堂に着く間際にだよ>と承っておりますので」
「……はい、分かりました」
「そうですか! ゴホンッ……では」
お役目を果たせるのがそんなに嬉しいのか、笑顔のゲイルさん
対照的に苦虫を噛み潰した顔のレイン。
私は能面のような顔をしていると思う。
「すぐ大湖に行くからね♪」
まず間違いなく聖女の声色をまねしたゲイルさん。
そのあまりの気持ち悪さに吐き気を催してしまった私。
「以上です」
そう言うと満足げな顔をしたゲイルさんは、ガスさんの隣の席に戻っていった。
……何よ? 大湖って。
レインが到着早々、聖女とランデブー?
愛しき人を一瞥したところ、ポリポリと頭を掻きながら参ったなと言わんばかりの様子だ。
バカ女こと、聖女カリン・リーズ。
――まだ見ぬ女。
私と相対するのは、まもなくだ。
馬車は大通りに入ると、目的地まで一直線に進んでいく。
この旅路の終着点であり、聖騎士エミリー・ファインズの出発点になる場所。
教会総本山の象徴として名高い大聖堂が眼前に迫る。
♢♢♢
丘の上にそびえ立つ豪華絢爛な建物。
これからは対魔王軍本部の役割を担う大聖堂の前で、私とレイン二人並んで立っていた。
今、私の胸に去来するものは、二つの感情。
郷愁感と嫌悪感だ。
玉木奏と森沢亮次が、新婚旅行で訪れた国。
それは欧州スペイン。
――サンタ・エウラリア大聖堂。
バルセロナで最も美しいと称される大聖堂の前で、仲睦まじく記念写真を撮影する二人。
幸せの絶頂にいる玉木奏と森沢亮次は、苦楽を共にし〈死がふたりを分かつまで〉ずっと一緒にいると信じて疑わなかった。
だけど、玉木奏は快楽に抗えず最愛の人を裏切った。
愛して止まない夫を裏切り続けたのだ。
クソ女は人ならざる者だ。
お前は死んで当然の人間だ。
いや、殺されて死ぬべき女だった。
森沢亮次でもあるレイン・アッシュ。
私の隣りで大聖堂を見上げている愛しき人は、何を思っているのだろう。
♢♢♢
「エミリー様! レイン殿!」
私達の名を呼ぶ声に、私はハッとして現実に引き戻される。
視線の先には、大きく左右に手を振りながら駆け寄ってくるゲイルさんとガスさん。
二人は私達の到着を教皇様に報告するため、大聖堂の中にある教皇の間に赴いていたのだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。それではこれから教皇の間にご案内致します」
私とレインは、お互いに目を合わせて頷く。
「はい、よろしくお願いします」
お会いするのは、村の教会の時以来になる。
教皇様。
親しみやすい笑顔をなさり、物腰も柔らかく言葉使いも丁寧で気品がある人。
私の中では好印象しか持ち合わせていない。
「では、参りましょうか」
ゲイルさんがその言葉を発した瞬間だった。
透明感のある綺麗な声が、まるでゲイルさんの言葉を否定するかのように言ったのだ。
「わたしの約束が最優先だよ」
――聖女カリン・リーズ。
私は、初めて相対する。
憎き敵となるバカ女と。




