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プロローグ

文字数:1560字

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 一人の女が、断崖絶壁の深い谷を背にして呼吸を整えている。


 この峡谷から落ちれば、一巻の終わり。


 いくら〈神の信託〉により選ばれし聖騎士であろうが、死ぬのは確実な魔天峡谷まてんきょうこくだ。


(死にたくない……死にたくないよ……ダメ! 弱気になるなエミリー! 私は死ねないんだ。お腹の赤ちゃんのためにも絶対に死ねない)


 母は強し。


 まさに、そう表現するのが正しいだろう。


 死の恐怖でぐちゃぐちゃに歪んでいた顔が、キリッと引き締まる。


 その美しき顔は、世界中の人々が恋い焦がれ憧れて止まなかった希望の光、まさしく聖騎士エミリー・ファインズのものであった。


 聖騎士の証しである聖剣と神剣、二本の剣を十字に重ね合わせ、迫り来る一人の男と雌雄を決する最後の戦いをするために身構えた。


 男と女は、二人の数奇な運命に終止符を打つべく対峙する。


「私は生きるためにあなたを殺す」


 決意に満ちた表情で言い放つエミリーとは対照的に、敵である男は何も語らず無表情だった。


 レイン・アッシュは問答などする気もないのか、体をぐっと深く沈ませながら腰に差した刀に手をかけ、必殺の居合斬りの構えをする。


 今この瞬間とき、魔天峡谷にはエミリーとレイン以外に誰もいない。


 しんと静まり返り、二人の間に静寂が流れていく。


 そして。


 ついに勝負の時は訪れるが、勝敗は一瞬で決まることになる。


〘チンッ!〙


 鯉口こいくちを切る音が鳴った刹那、レインによって抜刀された刀の一閃が聖剣と神剣を一刀両断にした。


〘ガキンッ!〙


 愛剣である二本の剣を真っ二つに破壊され、ギョッと驚くエミリー。


「えっ!? ……そ、そんな嘘……待ってよ、待って……お願い……いや……死にた――」


「死ねよ、クソ女」


 射殺いころすような鋭い眼光のレインが、強圧的な声でそう言い放つと返す刀で容赦なくエミリーを斬り捨てた。


〘ズバッ!〙


〘ブシュー!〙


 血しぶきを激しく舞い上げ、〘ドサッ〙と音を立てて()()()()は仰向けに倒れた。


 袈裟斬りを喰らい、美しくあったその身体は斬り裂かれ、見るも無惨な姿で地面に横たわる対魔王軍の象徴にして希望の光とまで言われていた女。


 走馬灯。


 人は死の直前、走馬灯のように色々なことを思い出すという話がある。


 嘘か誠か。そんなものは死の直前を経験した者にしか分からない。


 しかし、もうすぐ死を迎えるであろう女は、今まさに走馬灯の如く色々なことを思い出していた。


 玉木奏たまきかなでとして、日本で生を受けた一度目の人生。


 さらにいったい何の因果なのだろうか。


 ()()()エミリー・ファインズとして、今の世の世界で生を受けた二度目の人生。


 玉木奏もエミリー・ファインズも救いようがないほどクソ女だったと自覚はある。


 NTRエロ漫画のヒロインを、っていた二人の女。


 聖騎士エミリー・ファインズにとって何より最悪だったのは、玉木奏を寝取った男が魔王軍をべる魔王として、今の世の世界に転生していたこと。


 倉木鷹也くらきたかや


 魔王と初めて相対あいたいした時、エミリーは激しく動揺する。


 玉木奏を快楽の渦に引き込んで抜け出せなくした男であり、彼女がこの世で一番愛した人を殺した男。


 聖騎士を視姦するや否や、下品に舌舐めずりしながら笑う魔王に向かってエミリーは叫ぶ。


「私は玉木奏じゃないよ! 同じ過ちは二度と繰り返さない!」


 神の力を賜った証しである〈光の衣のオーラ〉をその身に纏い、黄金色こがねいろに光り輝く聖剣と神剣を十字にして構える。


 今の私は玉木奏ではなく、魔王軍を駆逐する聖騎士エミリー・ファインズなのだと気持ちを奮い立たせ、魔王を葬り去るべく斬りかかるのだった。


「魔王、お前を殺してやる! 天嵐斬てんらんざん!」



 ――人間の本質はそんな簡単に変わらない。



 エミリー・ファインズも玉木奏と同様、悲しきことに魔王の術中にはまり、快楽の渦に引き込まれ抜け出せなくなるのだ。



 ――Over And Over――



 過ちは、繰り返される。





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