後半(プリテンダー編)
ーーーさて時は婚約破棄宣言のあった1年前に遡るーーー
「無礼者め! 貴様が誰にものを言っているのか、わかっているのか! そんなことはお前たち教会がやればいいだけの話だ!」
王国の王、キング・ブルージョニアは、近海で取れた高級カニを口に頬張りながら怒鳴った。
「そうですとも、なぜ我々王族がそんなことをしなければならないのです? 税金も満足に納められない庶民を助けて、私たちに何の利益があるというのです」
王の横に座る王妃は、上品さを保ちながらも豪快にカニの甲羅を剥き、笑みを浮かべて言った。
「しかし、昨今の飢饉で我が国の民たちが多く命を落としています。教会も懸命に対応していますが、手が足りません。どうか今季だけでも、税の軽減をお願いできないでしょうか。また、ぜひ蔵出しの支給についてもご検討いただきたいのです」
プリテンダーは、王の前で必死に現状を訴えたが、王はまるで耳を貸さず、蟹をむさぼり食っている。
「どうか、お願い申し上げます。王よ」
プリテンダーがひざまずいて懇願すると、王は蟹の甲羅が投げつけた。
「うるさいわ! 黙って聞いていればしつこく喋りおって。 リーファスの言う通り、とんでもない女だ。教会の力を傘にして、我々に進言するとは」
王は唾を飛ばしながら、今度は蟹の足をプリテンダーに投げつけた。彼女は黙って耐え、ただ両手を組んで王の前に跪く。
「まあまあ、お父上プリテンダーの言い分にも一理ありますよ」
王太子リーファスが蟹の身を切るフォークを置き、ナプキンで口元を拭く。
プリテンダーの背筋に嫌な汗が流れる。リーファスが口を開くときは、いつもろくなことが起きないのだ。
「確かに、左近の飢饉は深刻な問題です。しかし、それは庶民の働く意欲が低下していることが原因かと。我々は彼らに十分な土地を与え、死なない程度の税率を徴収しているにもかかわらずです。したがって、庶民にもっと働かせれば、食料問題も解決するのではないかと思いますが」
「なるほど、さすが我が息子だ。では、どうすればいい」
「逆に、税収を上げるべきです。そうすれば、庶民も危機感を抱き、今以上に働くのでしょう。彼らが食糧に恵まれ、我々も潤う。これで全てが解決しますよ、父上」
「ま、待って!」
プリテンダーが言葉を発しようとした瞬間、「素晴らしい!」と王の歓声でかき消されてしまう。
「これで全て解決だ! 我が息子ながら、リーファスは天才だ」
王は手を叩きながら、リーファスを称賛し、プリテンダーを鋭く睨みつけた。
「優れた婚約者に感謝するんだ。お前はもう下がれ、我々の食事の邪魔だ」
王の命令が下ると、衛兵が現れ、懇願を続けるプリテンダーを無理やり扉の外へと連れ出した。扉が閉まると同時に、そんな様子をほくそ笑むリーファスの姿が目に入った。
「バカなの、あいつら! 今だって税収が80%もあるのに、さらに搾り取るつもりなの」
プリテンダーは待たせた馬車に入ると、怒りを露わにした。普段の淑やかな聖女の姿は、そこにはない。
「お嬢様、そんなに動かないでください。頭についた蟹の身がまだ取れていませんので」
隣に座る執事は、必死に興奮する彼女を宥めながら、髪に絡まった蟹の身を一つ一つピンセットで取り除いている。
「だって、腹が立つじゃない。それにしてもあのバカ王太子。これじゃ王国も終わりね。あんな奴が王になったら、ますます荒廃するわよ」
「では、あの計画を進めますか。一部の王の側近以外、この国の貴族たちもほとんどが王家を見限っているようです。誰もが喜んで協力するでしょう」
「……そうね、確かにクロフォードの言う通りだけど」
プリテンダーは、追い出された時のことを思い出した。王宮の衛兵でさえ、彼女を外へ連れ出した後、申し訳なさそうに頭を下げていた。「あの愚王が」と悲しそうに呟いた光景が、今でも忘れられない。
一部の貴族たちは贅沢な生活を謳歌する一方で、この王国の多くの民衆は困窮し、苦しんでいる。教会は傷ついた人々を救うべく尽力し、何度も王族に助けを求めたが、彼らはその声を無視し、圧政を続けていた。教会の聖女であるプリテンダーも無理やり王太子の婚約者として契約を交わされ、強い制約よって王家に対抗することができなくなっていた。
今、この王国は今急速に崩壊への道を辿っている。
「でもね、帝国のこの国を襲わせるっていうのがね……確かに帝国の統治は素晴らしいものであるけれど」
「どっちにしてもこの王国は滅びますよ。であるならば、帝国に支配をしてもらった方がいい。誰もがそれを望んでいる」
「……わかるんだけどね」
プリテンダーが腕を組んで悩んでいると、ガバッと手前の御者窓が突然開いた。
「何を悩んでるんだ。さっさとこんな国を滅ぼしてしまおうぜ」
活発そうな黒髪の青年が、馬の手綱を巧みに操りながら肩越しに声をかける。
「オルガン、あんた来てたの」
「来て悪いかよ。お前も一人で行くなよな。あんな愚王の前にさ」
聖女であるプリテンダーを気軽に呼ぶこの青年オルガンは、彼女が公務で帝国に行った際に街で観光しているところに偶然出会った青年だ。それ以来、二人は意気投合し、良き友人としての関係を築いてきた。
オルガンは時々王国にふらっとやって来て、夜遅くまで楽しく話すことが多い。会話の大半は愚痴だが、なぜか彼は帝国の貴族の内情に異常に詳しかった。お互いの素性はあまり知らないが、プリテンダーはオルガンの所作や言動から、彼が帝国の貴族であると勝手に想像している。
「ちゃんと、俺が帝国の皇帝に話を通しておいたから。皇帝も好きにやれってさ」
今回の計画を進めるにあたって、オルガンは帝国との橋渡しをしてくれた。飄々とした彼だが、きっと相当危険な橋を渡ったに違いない。
協力するにあたって帝国が突きつけた条件は三つ。第一に、王国に戦争の火種を作らせること。ただし、その火種を作った者は親族共々処刑しなければならず、一番悪質な者にその役割を担わせること。次に、帝国の被害を最小限に抑えるため、王国の最大戦力を無力化すること。最後に、聖女と王国の契約を無効にすることだった。
その代わりに、帝国は争いが起きても王家や特権的な貴族以外には手を出さず、王国を自治領として認め統治に協力してくれる事を約束してくれた。それを証明するために、帝王はわざわざ女神ブリアナの祝福がかかった誓約書を渡してきたのだ。
正直、プリテンダーは最後の条件には少し首を傾げたが、帝国が聖女の力を最大限に利用したいのだと理解し、納得した。全てが破格の条件であることは間違いなかった。
「そうね、オルガンやクロフォードの言う通りだわ。よし、やるわよ! この国の未来ために」
プリテンダーは勢いよく立ち上がると、馬車の天井に頭を強く打った。うずくまるプリテンダーを見ながら、クロフォードはため息をつき、オルガンは大声で笑った。
ーーー婚約破棄宣言の当日ーーー
「無様だな、プリテンダー。お前は聖女としてはもう終わりだ。残りの人生を惨めに生きるがいい」
「お姉様の代わりとして、しっかり役目を果たしますから。聖女として、未来の王妃としてね。だから安心して、これからの人生を楽しんでくださいませ、哀れなお姉様」
リーファスとミルフィーユは床で泣き崩れるプリテンダーに嘲笑を向け、笑いながらパーティ会場のテラスへと歩を進めた。
テラスの扉がパタンと閉まる音が響き、静まり返ったパーティ会場には、ただプリテンダーのすすりなく声だけが残された。
周囲の人々は息を呑み、彼女の様子を黙って見つめている。
その瞬間、先ほどまで泣いていたプリテンダーがガバッと顔を上げ、周囲を見渡した。
「出た?」」
「出ました! 出ました!」
子爵の令息が腕を高く上げ、大きな丸を作る。
「よし、みんな引き上げるわよ! 撤収!」
プリテンダーが腕で合図を送ると、会場にいた紳士淑女たちは一斉に動き始めた。手際よくテーブルや食材を片付け、紳士たちは重いものを台車で運び出し、協会の裏の馬車へと積んでゆく。淑女たちはテーブルクロスや壁の旗を素早くたたんでいく。
「みんな、急いでね」
プリテンダーが言うと、慌てた淑女がテーブルのグラスを床に落とした。ガッチャン!と、ガラスの割れた音が響き渡る。全員がぴたりと動きを止め、テラスの方に顔を向けた。プリテンダーも指を一本口に当て、動きを止める。しかし、しばらく待ってもテラスから誰もこちらへ来る様子はない。
全員が額の汗を拭い、ホッとした表情を浮かべると、再び撤収作業に取り掛かった。
すべての荷物が積み終わると、紳士淑女たちは素早く馬車に乗り込み、馬を動かした。テラスの裏手に位置しているため、リーファスたちには気づかれる事はない。
「プリテンダー様、ご武運をお祈りします!」
馬の手綱を握る青年が敬礼をする。青年はプリテンダーを城の外へ連れ出したあの衛兵だった。プリテンダーにはまだここに残り、やるべきことがある。
「ええ、ありがとう。あなた達も気をつけてね」
プリテンダーが笑顔で手を振ると、数台の馬車が静かに去っていった。
「こちらの準備は整っているが、俺はまだ反対だぞ。お前が姿を見せる必要はないだろう」
プリテンダーの横で、一緒に残ったオルガンが不満そうに言った。
「何言ってるのよ、リーファスに最初に私の姿を見せた方がいいに決まってるでしょ。クロフォードだって危ない足を渡ってくれてるのに」
「でも……」とオルガンはまだ納得がいかない様子でぶつぶつ言っている。普段は強気な彼だが、プリテンダーのことになると妙に心配性になる。
「もう、次はオルガンにかかってるんだからね。頼むわよ」
プリテンダーはオルガンの背中を叩くと、衣服を整え、正門に向かう。そして再び泣き真似つくると、正門に止めてあった自身の馬車にゆっくりと乗り込んだ。
馬車に乗ると、すぐに馬の手綱を握るオルガンにいう。
「絶対、あいつは撃ってくるから。帝国の森に向かって進めて。あいつはまだここが王国の領土だと思っているはず」
実際、パーティ会場を模したこの教会は帝国と王国のギリギリの境界に建てられていて、リーファスのテラスから見える森は帝国側のものだった。
「女神ブリアナ様には申し訳ないけど、少しだけ利用させていただきますね」
「帝国は本気で怒るんじゃねえ、まさか森聖を火種に使うなんてさ」
「だって、それしか思いつかなかったんだもん」
開き直った表情のプリテンダーを見つめ、オルガンは呆れ顔で、馬を走らせた。
しばらく走った後、オルガンが振り向く。
「よし、ここからは俺の魔法で動かすから、飛び降りるぞ。自動走行!」
オルガンは馬車に魔法をかけ、馬を解き放った。馬がいない馬車は、まるで意志を持っているかのように勝手に進んでいく。
「いまだ!」
オルガンの合図とともに、プリテンダーとオルガンは馬車から急いで飛び降りた。その瞬間、テラスが赤く光り、轟音と共に赤い稲妻が馬車を貫いた。
馬車が爆発したかと思うと、あっという間に無人の馬車は炎に包まれていく。
「ふー、危機一髪だったな、大丈夫か」
オルガンがすぐにプリテンダーに駆け寄ると、プリテンダーは得意げに鼻を鳴らす。
「ほら、言ったでしょ。絶対あいつ撃ってくるって!」
「ああ、でも、もうこんなことはやめてくれ。マジで心臓に悪いから」
頭をかきつつ心配そうにこちらを見つめるオルガンに、プリテンダーは嬉しそうに笑う。
「おい、きたぞ、空竜部隊だ」
オルガンが指差す方向に目を向けると、遠くの方から兵士を乗せた竜が空を舞いながらこちらへやってくるのが見えた。オルガンによれば、彼らはこの聖森を守護する部隊であり、帝国と王国の境界線を監視する偵察部隊でもあるらしい。
炎をあげる馬車から燃え移った神木が火に包まれていくのを見て、二人は顔を見合わせた。
「これは戦争になるぞ」
「ええ、予定通りに。逃げましょう」
二人は急いでその場所から離脱する。しかし、空竜の方が足がはやい、どんどんこちらに迫ってくる。
その時、一台のピンクの馬車がブレーキ音と共に二人の前を急停車した。
「乗って!」
馬車の窓が勢いよく開き、可愛らしい令嬢が顔を覗かせて叫んだ。プリテンダーとオルガンは一瞬の躊躇もなく馬車に飛び乗った。
馬車に入った瞬間、プリテンダーはほっとしたが、それも束の間、小さな令嬢が抱きついてきた。
「お姉さま!」
「ありがとうね。助かったわ。ミルフィーユ」
プリテンダーは、胸に顔をスリスリする妹の頭を優しく撫でる。
「私、頑張ったよね! しっかりできてたよね! ねえ、お姉様」
ミルフィーユは嬉しそうに目を輝かせ、姉の胸に顔を埋める。
「でも、お姉様、怒ってないよね? だって、私、お姉さまに酷いこと言っちゃったから……」
そして、すぐに彼女の表情がしゅんとし、不安そうにプリテンダーを見上げた。コロコロと変わる様子は、まるで小動物のようで愛らしい。
「まさか、最高の演技だったわよ。さすが私の妹ね。大好きよ」
プリテンダーが額にキスをすると、ミルフィーユの目はキラキラと輝き、顔をさらに埋めるように抱きしめてきた。
甘えるミルフィーユを優しくあやしながらも、プリテンダーの心の奥にはクロフォードのことを心配する気持ちが広がっていた。
「……大丈夫かしら、クロフォード。あいつ、真面目すぎるから、変に力が入ってないといいけど」
馬車が夜道を進む中、プリテンダーは空を見上げ、両手を組んでクロフォードの無事を祈った。
ーーーリーファスが燃えている城を見ている時間帯ーーー
壁にかかった時計の針が静かに進む中、プリテンダーは深い息をついてつぶやいた。
「そろそろ、あいつが城に戻っている頃ね」
ここは公爵家の一角。周囲には、これまで協力してきた仲間たちが緊張した表情で身を佇ませている。彼らの目には不安と期待が交錯し、部屋の空気は重く張り詰めていた。
「お姉様、私を信じて」
ミルフィーユがプリテンダーの膝に乗り、真剣な眼差しで姉を見上げた。
時が進むにつれ、場の緊張感がさらに増し、誰もが最後の成功を固唾を飲んで見守っていた。
神に祈りを捧げる者、忙しく同じ場所を行き来する者、互いに手を握り合う者など、さまざまな姿が見受けられた。
しばらくして、静寂を破るように、こちらの部屋に駆け込んでくる音が聞こえた。
バン! と音が響くと、部屋の誰もが驚き、緊張した面持ちで開いた扉を見つめた。
その瞬間、扉の向こうに現れた青年が、息を切らしながら興奮した様子で手を挙げた。
「リーファスが捕縛されました!」
その知らせがに、誰もが歓声をあげた。
プリテンダーも思わず顔を両手で覆った。
興奮の渦の中で、ミルフィーユだけが得意顔をプリテンダーに向けた。
「ね、いったでしょ」
プリテンダーは感慨に浸りながら、妹を力強く抱きしめた。
王国の最高戦力であるリーファスの巨大な力を抑える方法が、一番の難題だった。
必死に魔法図書館で調べた結果、相手に微量の魔法を流し続け、魔法による過剰反応、つまり魔法によるアレルギー反応を起こさせることが最も得策だとわかった。しかし、そのためにはリーファスに近づいて触れていかなければならない。嫌われているプリテンダーにはその役目は難しい。そこで、この重要な役割を引き受けたのが妹のミルフィーユだった。妹は愛人として常にリーファスに触れ魔力を流し続けた、そしてリーファスが最大の魔法を使った時に効果が出るように仕向けたのだ。
「ミルフィーユごめんね、嫌な役目を押し付けちゃったね」
「大丈夫よ、お姉様。私は役に立てて嬉しいの。私はお姉様も、この国の人たちも大好きだから」
プリテンダーは目に涙を溜めながら、再びミルフィーユを力いっぱい抱きしめた。
「はは、すごい姉妹だよ。本当に」
オルガンは柔らかな笑みを浮かべ、つよく抱き合う姉妹を見つめた。
その時、喜びの声が響く中、突然、部屋のガラスが粉々に割れる音が轟いた。黒装束の者たちがロープで飛び込んできたのだ。
淑女たちの悲鳴が部屋中に響き渡り、混乱が一気に広がる。
黒装束の者たちは剣を抜き、紳士淑女たちを取り囲むとその刃を向けた。リーダー格の男が腰から剣を抜き、一歩前に出るとプリテンダーに鋭い視線を向ける。
「我々は花妖精の者だ。よくも騙してくれたものだ。覚悟はできているのか」
リーダー格の男は、剣をさらにプリテンダーに突き出す。プリテンダーは妹を守るように一歩後退した。周囲の空気が凍りつき、誰もが次の悲劇を予感して、思わず目を閉じた。
男が薄ら笑いを浮かべ、剣を振り上げようとしたその瞬間、オルガンが黒装束の男に飛びかかろうとした。しかし、プリテンダーは誰よりも早く動いた。プリテンダーは花妖精のリーダーの頭を軽くこづいたのだ。
「あんたの笑いは癖があるのよね。おかえり、クロフォード」
名前を呼ばれた花妖精のリーダーは、まるで諦めたかのように黒頭巾を脱ぎ捨てた。
「もう少し、演技させてください。少しは驚いてくれてもいいでしょうに」
クロフォードがため息をつくと同時に、他の花妖精たちも次々に頭巾を脱いだ。瞬間、場の雰囲気は一変し、安堵と困惑が入り混じる。
「えーと、ご紹介します。姉のマシロと、ハナタレ弟のルミナンです」
クロフォードの言葉とともに、マシロとルミナンは丁寧にプリテンダーに礼をした。彼らの優しげな姿が見えると、周囲の緊張が次第に解けていった。
「ちょっと調子に乗りすぎました。申し訳ありません。弟がガラスは弁償しますので」
クロフォードと目元がそっくりなマシロが頭を下げる。
「あなたは、確か、私たち公爵家のメイド長をしていた……」
「はい、その節は弟ともども大変お世話になりました」
マシロは微笑みながら答えると、クロフォードの頭を軽く掴み、無理やり礼をさせた。姉を睨みつけるクロフォードに思わず、周りから笑いがもれる。
「じゃあ、あなたたちは花妖精でもあったのね」
プリテンダーが言うと、マシロは大きく首を振った。
「いえいえ、本物の花妖精は公爵家に忍び込んだ時に、簀巻きにして帝国へ送りましたよ。今頃は帝国の牢屋で反省してるんじゃないでしょうか」
その言葉に、プリテンダーは思わず背筋を凍らせた。そういえば、クロフォードは昔はハンター上がりで、A級ライセンスを持っていたという話を聞いたことがある。そして、彼は会話のたびに「姉は化け物なんです。やばいんです」と言っていた記憶がよみがえった。
「でも、久しぶりに、暴れて楽しかったですよ。可愛い弟も刺せましたしね」
マシロは笑いながら剣を取り出し、剣先を指で押すと、ぐにゃっと縮み、赤い塗料が吹き出した。
「あの時、結構痛かったんだからな」
クロフォードは不満を漏らしつつも、姉に対して愚痴を言い続けている。そんなクロフォードを弟のルミナンが近づき慰めるように優しく背をさすった
その光景に誰もが、皆笑顔を作り、そして今宵の勝利を再び祝った。
誰一人かけても、この計画は成功しなかった。皆が王国の未来を思い、心を一つにしていた。
クロフォード、ミルフィーユ、マシロ、ルミナン、そして紳士淑女たち、ここにいる全員がプリテンダーに視線を向けた。
「さあ、これからが本番よ! みんな、王国の未来に向けて頑張るわよ!」
プリテンダーの高らかに声をあげると、その声は力強く響き渡り、皆が一斉に腕を高く伸ばした。
これからの道のりは険しいが、彼らの顔には確かな希望が宿っていた。才能豊かな仲間たちが集まっている今、王国の未来は明るい光に満ちていることを、ここにいる誰もが確信していた。
窓から見える星々は、新たな未来を祝福するかのように色鮮やかに輝いている。
ーーーーーーーーーーーーー
ここはある馬車の中。
離れてゆく公爵家から漏れる光を見ながら、馬車の中で黒髪の青年は満足そうに頷く。
「本当に、残らずに帰ってよろしいでしょうか」
青年の横に座る、鷹の如く鋭い目つきした男が尋ねた。
「いいんだよ、彼らの勝利だ。今宵は彼らのものだ。俺がいては邪魔になる」
「確かに」
「それよりも、捕まえたのか、あのバカ王太子を」
「ええ、簀巻きにしてあります」
「よし、帝国で最も過酷な鉱山に送ってやれ。飲まず食わずで働かせろ。今までの日常がどれだけ幸せだったか、思い知るがいい」
「しかし、ちゃんと帝国裁判にかけるべきでは?」
「いいんだよ。あいつに関しては。俺の親友のプリテンダーをとことん侮辱してきた恨みもあるからな」
「ふふふ、結構個人的ですね」
「うるさい。まあ、婚約破棄をしたことに関しては評価してやるがな」
黒髪の青年は少しムッとした表情を浮かべ、すぐに頭をかきながら恥ずかしさに言葉を続けた。
「王国と聖女の契約の強制力が消えた今、聖女は自由になるんだよな。つまり、帝国の男でも結婚できるんだよな?」
「ええ、その通りですよ」
「ふふふ、そうか、では、早速それに関して準備を進めろ」
「かしこまりました。皇帝陛下」
鷹目の男が言うと、黒髪の青年は満面の笑みを浮かべた。
「騙すやつほどよく笑う」を、お読みいただきありがとうございました。