6・新しい旅路
目を見開き、固まってしまったエレミアを見る。
白銀の瞳がきらきら光って綺麗だ。
エレミアはいつだって綺麗で、頑張り屋で、格好良くて、可愛くて。
そんなエレミアを、俺は。
あの騒動の後、俺は、そもそもの原因を知った。
そして、あの男をもう一度、燃やしたくなった。
片腕だけでは生温い、全身の火傷で生死を彷徨えば良い。一瞬、そう本気で思ってしまう程。
エレミアが、結婚?
顔も見たことのない、仲の悪い隣国の、魔法伯と自称する、得体の知れない男と?
ふざけるのも大概にしろ。彼女は、エレミアは、誰からもそんな風に扱われるべき存在ではない。
幸せになるべきひとだ。
愛されるべき、ひとだ。
彼女の相手は、彼女の意志を尊重し、彼女をあらゆるものの中で一番大事にする者でないといけない。
ああ、ああ、でも。
……エレミアが、結婚?
だって。
あんなに、エレミアは、俺の一番近くに居たのに。
エレミアの一番近くに居た男は、間違いなく俺だったのに。
それなのに、エレミアが、結婚?
彼女が、俺以外のやつと、けっ、こん?
嫌だ。だって、……嗚呼……。
……本当は、ずっと前から気付いていた。
彼女の一挙手一投足を、他の誰より鮮明に捉えてしまうのも。
鮮やかな髪色の多い中、一番に白銀を探す癖がついてしまっているのも。
彼女の笑顔を見る度、かつてないほどひどく、心を乱されるのも。
全部、全部。
「好きだ」
だって、身分が違うから。
彼女は貴族で、俺は所詮、田舎出の平民で。
こんなに素敵で優秀な彼女は、学校を出た後も、引く手数多の筈だ。
だから、無意識に抑え込んでいた。
自覚したって、我慢しようとしていた。
それなのに。
「好きだよ、エレミア。きみが好きだ」
傷ついている彼女を元気づけたくて、やりたいことを訊いた。
いつもはすぐ放すその距離すら惜しく、手を引きながら、ぽつりぽつりと話す彼女の言葉に耳を傾けて。
そうしたら。
彼女が、頑張りたいと。
俺、を、諦めきれないと。
離れたくないと。
そんな、ことを言うから。俺は。
「好きだ……」
抑えつけようとしていた言葉が溢れて止まらない。
思わず腕の中に閉じ込めてしまった彼女があまりにも愛おしくて、じっとその顔を、表情を見つめる。
固まっていた表情にじわじわと熱がのぼり、次いで身体から力が抜け、へなへなと腰から崩れ落ちそうになるのを慌てて支え、近くのベンチに導く。
俯き傾く彼女の身体を支えながら、蚊の鳴く位にか細くなってしまった彼女の声に耳を傾ける。
「……あ、あなたっていつも、突然だわ」
「ごめん。でも、抑えきれなくて」
「わ、わたしなんかの、どこが……」
「エレミアの好きなとこなんて言い始めたら1日じゃ終わんないけど、今から聞く?」
「え」
「エレミアはいつも頑張ってて、優しくて、遠慮がちで、周りをよく見てる。常に自分じゃなくて目の前の誰かを優先するとこ、すごいなって思う。どんなに難しいことでも、面倒くさいことでも手を抜かないとこ。髪と目の色も、きらきらして綺麗だなって思う。俺の長話にいっつも付き合ってくれるよな。それから」
「わ、わ、分かったもう良い、もう良いよ」
「そうか? まだ言い足りないけど」
「あわわわ……」
頬を押さえながら身もだえる彼女。可愛い。
でも、白銀の髪に隠され、彼女の表情が見えない。
こういう時は、彼女の癖のない長い髪が少し憎らしくなる。
「エレミア。顔、見せて」
「っ!?」
手を伸ばし、彼女の髪を耳に掛けた。
彼女の真っ赤に染まった顔が露になり、無意識にその頬に手を伸ばす。
あ、とすぐに手を引っ込めた、が、もう遅い。
普段はこんなことしないのに。いい加減自制心が馬鹿になりかけている。
「ごめん」
「いいえ、いいえ……」
髪や頬をぎゅっとおさえながらも、エレミアはさっきみたいに顔を隠そうとはしない。
そういうところも好きだ……ああ、まだまだ言い足りないけれど。今は。
「エレミア」
ベンチから腰を上げ、彼女の前に跪く。
俯く彼女の顔を正面から見たかったし……今からするのは、彼女の人生を左右しかねない、重大な願いごとだから。
こうするのが、ひどく自然なことのように思ったのだ。
「エレミア。俺を諦めきれない、って言ってくれて、すごく嬉しい。だから、俺が勘違いしまくってたらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、でも、俺の気持ちは変わらないから……だから、聞いてほしい」
彼女の手を取り、額につけて。それは、祈るように。
「エレミア。エレミア・ベルガー。俺と――結婚、してくれませんか」
「っ!」
彼女の瞳が、先ほどよりももっと、大きく見開かれる。
これ以上があるのか、ってくらい、顔が赤くなって。
「……ジ、ジャ、ジャン?」
「なに」
「今度こそ、私の、聞き間違い、かしら」
「聞き間違いにされちゃ困るな」
思わず苦笑する。
彼女がいっぱいいっぱいになっていることが分かるからそのまま、彼女の言葉をじっと待った。
やがておずおずと、彼女が口を開く。
「わ、私、家事とかできないけれど」
「大丈夫、俺ができるし。そもそも魔法学校での生活もできてるわけだから、ぼちぼち覚えられると思う」
「でも、そもそも私、あなたの村に入れるかどうかも」
「それも大丈夫。だって、精霊様――フェアルレーネさまが、エレミアのことを認めたから」
フェアルレーネさまは、うちの村の中心に位置する精霊樹「ユグラ=イル」さまの葉から生まれた方であり、精霊樹の分身のひとりでもある。
その彼女が、エレミアに名を教えた――エレミアを、認めた。
そうであるなら、村に入る資格は十分だ。
「……村の皆さまと、仲良くできるかしら。こんな、口下手で、よそ者の私が……」
「皆いいやつばかりだから大丈夫だ、もし文句を言うやつがいたら俺が守る」
「……あ、う、でも、でも」
「エレミア」
「ひゃいっ」
「……いい加減、辛い。もし嫌だったら、一思いに断っ」
「そんなわけない!」
彼女が、叫んだ。
俺の言葉を遮るように。
それは今までで一番の、初めて聞いた、彼女の大声だった。
「そんなわけ、そんなわけない、私が、私は、……ああっ、もうっ!」
彼女の手にぎゅっと力が入ったかと思うと、視界が一瞬、白銀で埋め尽くされる。
次の瞬間、肩口と頬のすぐ近くに熱を感じ――背中に、彼女の腕が回されて。
抱きしめられた。
エレミアの方から。
飛び込むように抱き着いてきた彼女の身体はベンチからずり落ち、俺は慌てて彼女の身体を支える。
地面に尻もちをつく格好になったが、エレミアは無事だから良し! じゃなくて……ええと、これは。
「ジャン。……好き。私も、あなたのことが好き。大好き」
「!」
聞き間違い、じゃない……よな?
「大好きなあなたには幸せになってほしいから、だから絶対、私以外の素敵なひとと結婚した方が、あなたの幸せなんじゃないかって、今も考えてしまうけれど」
「そんな訳ないだろ」
「あなたならそう言ってくれると思う……そんなところも好き。でも、聞いて」
「うん」
「そうやって、考えてしまうくらい、自信が無くて、正直今でも頭が追い付いていない愚図の私だけど……でも、あなたと離れるのは、嫌なの」
「……うん」
「だからね、私こそお願い。……ジャン。ジャン・エトル。私と、……結婚、してくれませ」
「喜んでぇ!」
「さ、最後まで言わせっ、きゃあっ!」
好き。エレミアが好きって、結婚してくれるって!
確かに聞いた。
俺は確かに聞いた!!
夢じゃない、現実だ!!!
あまりに嬉しくて、エレミアを抱き上げ、くるくると振り回す。
彼女の悲鳴、気が付くと、レーネさまやほかの精霊が集まり、皆嬉しそうで、楽しそうで。
精霊の影響か、季節外れの花々が咲き乱れて――最後には、彼女も笑っていて。
彼女のお腹、と、俺の腹が鳴り、食堂に行く用事を思い出すまで。
俺たちはずっと笑いながら、幸せな未来に思いを馳せたのだった。
◆◆
―――1年後。
魔法学校卒業生主席、エレミア・ベルガーと、平民出身ながら成績優秀者の一人として卒業を迎えた、ジャン・エトル。
彼らは旅装に身を包み、辺境の村へと――人間には「サリファ村」、精霊には「ユグラ=イルの里」と呼ばれる地に、旅立とうとしていた。
生い立ちも、性格も違う2人が、今は人生を共にする、パートナーとなって。
これは、「田舎」少年と「色無し」少女の物語。
または、「精霊樹の守り手」たる少年と、「白銀の愛し子」たる少女が、新しい旅路へ踏み出すまでの物語だ。
いつか番外編を書くかもしれませんが、本編はこれにて完結です。
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お読みいただきありがとうございました!