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3・男


 ちょっと変だな、と思った。

 具体的に何が、と訊かれると、困る。

 でも、やっぱり変だ。それだけは確かだった。


 時間は昼下がり。丁度、用事があるとかで、エレミアとは別行動を取っていた。

 もうすぐ授業だから、また教室で、と彼女とは話していたのだけれど。


 教室に着く。

 いつものクラスメイト達がこちらを向いて、なんだ1人か、珍しいな、と声を掛けてきた。


「エレミアはまだ来てない?」

「ん? ああ。ベルガーさんはまだだなぁ」

「どこかでエレミアを見たやついる?」

「え? 誰かいるかー?」

「いや、俺は見てない」

「俺も」

「私も」

「……そういえば、事務棟の近くで見たかも」


 ぽつりとそんなことを言ったのは、少し離れた席に座る貴族階級のクラスメイトだった。


「事務棟で? いつ?」

「昼休みのはじめくらい」

「じゃあ、俺と別れたちょっと後くらいか。ほかに見たやつは……」


 他に声を上げるやつは居なかった。


「りょうかいありがと!」

「あっおいジャン、授業は?」

「ごめん遅れるって言っといて!」

「おう、早く戻れよー!」


 クラスメイトの声を背後に、教室を出る。

 嫌な予感はじわじわと増していて。

 耳元で囁く声が、この予感が間違っていないことを示している。

 事務棟までは少しかかる。俺は教室に向かう生徒たちとは逆の方向に走り出した。



◆◆



「家に戻れ、出来損ない。おまえの嫁ぎ先が決まった」

「……、は」


 頭がぐらぐらする。

 吐き気がする。

 とてもまっすぐ立っていられない。


 事務棟にある、面会室。

 ここは寮生活を送る生徒たちが、面会希望の人と話す場所だ。


 通常は断ることもできて、実際私は何度も断っていた。

 まだ、対峙する決心がつかなかったのだ。

 けれど、相手はとうとう強硬手段に出たらしい。私を呼びに来た係員の顔色は、真っ青だった。

 それでも、突っぱねることは多分できた。

 けれどこれ以上人に迷惑をかけるのが嫌だったから。勇気を振り絞って、とうとう会うことにした。

 何度も引き返したくなったけれど、必死に心を落ち着け、震える指で面会室の扉を開けた。


 そこには久しく会っていなかった人が――赤い短髪に筋骨隆々の体躯、そして何かを射殺さんばかりに鋭い赤瞳の中年男性――お父様、が、苛々した様子で椅子に座っていて。

 挨拶をしようと、口を開き。

 向かいに掛けるどころか、扉を閉める間もなく。

 お父様は、嫁ぎ先が決まった、と――そう、言った?


「……あ、え、どういう」

「良かったな、色無しのおまえでも引き取り先があって。相手は隣国の魔法伯とかいう胡散臭いやつだが、お前が色無しと聞くと一も二もなく飛びついてきた奇特な男だ。すぐにもおまえをお望みだ、早く支度しろ」

「……ま、まって、くださ」

「言いたいことがあるならさっさと言え!」

 お父様が目の前のテーブルを蹴とばす。

 倒れはしないが大きな音が鳴り、同時に背後の扉がバタンと閉まる音と、誰かが駆けていく音がする。

 誰か、と言うまでもなく、ここまで案内してくれた係員の方だろう。しまった、扉を閉めておけば良かった。

 お父様はいつもこんな風で、私は多少慣れているけれど、他の人が見ればとても怖いだろう。

 申し訳ない気持ちになると同時に、少しだけ落ち着けた、気がする。


 お父様は当然ながら、私の言葉をゆっくり待ってくれるような人では無い。

 私は必死に、言葉を口から押し出す。


「わ、私は、まだ学校に通わなければ」

「おまえは隣国に行くのだから関係ない」

「まずは婚約から、ではないのですか。すぐにけ、結婚なんて」

「仕方ないだろう。あちらがそうお望みだ」

「ど、どうして、一度も会ったことがない、ひとと」

「うるさい。しつこいぞ!」


 また、お父様の足が出た。がたんと音が鳴る。

 慣れてはいるけれど、怖いものは怖い。

 身体がびくりと震えて、言葉が出なくなる。


 黙った私を見て、お父様はふんと鼻を鳴らした。

 そのまま立ち上がり、用は済んだとばかりに外に出ようとしたお父様の前に、立ちふさがる。

 幸い、扉は私の背後にある。どんなに身体が竦んでいても、足を踏ん張りさえすれば、お父様の進路を邪魔することはできた。


「そこをどけ、出来損ない!」

「わ、私は、まだ、学ばなくては」

「必要ないと言っただろう!」

「その方が、私は、家の役に立てます!」

「……あ?」


 どうしよう、どうすれば、お父様を止められる?

 必死に考えて、咄嗟に口から出てきたのは、そんな言葉で。


 私は、お父様が自分と同じように魔法騎士になった兄と姉を自慢に思っていることを知っている。

 彼らが優秀な炎系魔法の使い手で、騎士団の中で順調に出世していることも。

 彼らのことを、羨ましくないと言えば嘘になる。

 でも、私は私で、彼らのようにはなれないと、とうに分かっているから。


「わ、私は、炎系魔法が特別得意という訳ではありません、剣も上手くありません、でも、私、たくさんの魔法を使えます。だから、私は、もっと学んで、魔法使いになります。そして、」


 私なりの方法で、家の――……お父様の、役に、


「ふざけるな」

「……え、っ」


 必死に紡いだ不格好な言葉たちが遮られたのは、一瞬のことで。

 鈍い音が鳴った。

 次いで、今までで一番大きな、何かが倒れる音がした。


「……あ、う」


 倒れた、のは、花瓶と、花瓶を置いていた台と、それにぶつかってしまった、私、で。


 私は、震える身体を、両腕で支えようと苦心する。

 衝撃をうまくいなせなかった身体にはいまだ力が入らず、打たれた頬がじんじんと熱くなってくる。

 呆然と見上げた先には、腕を振り下ろし、肩で息をする、顔を真っ赤にした、赤い髪の男。

 怒り狂う、お父様。


「ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな! 俺を失望させるのも大概にしろ!」


 どうして?


「魔法使いだと? 誇り高き魔法騎士家のベルガー家から、あの軟弱な、戦場で何の役にも立たぬ恥知らずどもを出すだと? おまえはどこまで俺を怒らせれば気が済むのだ!」


 どうして、お父様は、私の話を、何、何のために、怒っているの?


「おまえのような、色無しの、出来損ないの分際で、家の役に立つ、だと? そんなもの、お前の()が変わらなかった時点で期待しておらぬわ」


 色。

 色が、変わる? 

 そんなことは、おとぎ話でしか聞いたことがない。

 ……お父様は私に、それを、期待していたの? 

 それだけのために、時折、私を、見に来ていたの?


「おまえが赤であれば、すべて、何も、問題は無かったというのに、それを、おまえ、おまえの所為で、あいつが、あいつは!」


 血走った目で、お父様は訳の分からないことを口走りながら、再び腕を振り上げる。

 それを冷静に観察しながら、けれど、私は。


 身体が動かない。

 力が入らない。

 それは確かに、先ほど殴られた影響もあった。

 けれど、それ以上に、私は、私の、心は。


 お父様が、偏った思考の持ち主であることは、分かっていた。

 私のことを、好きではないことも。

 どんなに頑張ったって、報われることなどない、ということも。


 分かっていた。

 分かっていた、筈だった。

 けれど、どこか、心の奥底で。期待、していたのだ。

 私は。

 

 いつか、いつかは、お父様が、私のことを見て、認めて、愛してくれるのではないかと―――


「おまえなぞ生まれなければ、こんなことには―――!!!」


 振り上げられた右腕がものすごい速さで迫ってくる。

 ああ、私はまた、殴られるのか。

 頭の中の、どこか冷静な部分でそんなことを想う。

 心が悲鳴を上げ、でも身体は硬直したように動かず、唯一目をぎゅっと閉じて、衝撃に備えた。

 その、時。


「―――おい」


 それは確かに耳慣れた、でも一度も聞いたことのない、低い、怒気の籠った――でも、とてもとても安心する、そんな、声。存在感。

 硬直した身体から僅かに力が抜ける。

 恐る恐る、閉じた瞼を上げる。

 そうして、視界に入ったのは。


  一括りにした茶髪をなびかせ、不可思議な光を纏いながら、お父様の腕を軽々と受け止める、長身の青年。


「……ジャン」


 此処に居るはずのない彼が、私を庇うようにして、お父様に向かい合っている姿だった。



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