■マカロンさんのフレンドたち
ボクとマカロンさんは雪の温泉ワールドを後にすると、彼女に案内されるまま、新しいワールドへ向かった。
そこは湖一面、可憐な光の華の絨毯が広がるワールドで、見つめている間にも、まばゆく輝く華の色が赤、黄、緑、青と、あでやかに変じていく。
「……こ、これは……すごいよ……さっきのワールドと、全然違う……!」
「でしょ~。ぶいちゃには、すごく沢山のクリエイターさんの作ったワールドが無数にあるの。ここも、そのひとつよ」
ボクは目の前に拡がった光景に圧倒されて、しばらく棒立ちになってしまっていた。
「ほら、こっち来て。座れるよ」
いつの間に移動したのか、マカロンさんはワールドの中心にある小さな建物から呼びかけてくれた。そこは庭園にしつらえられた休憩場所のようで、ドーム屋根が無数の円柱で支えられて、吹き抜けになっていた。
そうして中心にはキラキラと輝くピアノが置いてあった。
「ほら、そこに座って」
ボクは言われるままに、ピアノの座席にあるsitという文字をクリックする。と、アバターがピアノに腰掛けたらしい。
「はい、そのままで。お写真取るね~」
カメラを構えたマカロンさんが、そう声をかけてきて――
「え……あっ……その…………」
「じっとしてて~。はい、チーズ♥ パシャりッ♪」
と、ボクがピアノを弾いている風の写真を撮ってくれた。
「うん、すっごい激エモな写真、撮れた~!!!」
マカロンさんは親指を立てて、目をキラキラさせる。
撮影のモデルになることなんて日常だったら、まずありえない。だから、気恥ずかしさや居心地の悪さが先立ったけど、でも同時にそれ以上の高揚感を感じて、それがとても心地よくて、うれしかった。
(……撮られるの、気持ちよくって……クセになっちゃいそう……それにボクでも激エモに映るんだ……ふふっ……)
だいたい、現実で自分の写真なんて、数えるぐらいしかない。撮る価値さえないとまで思ってた。だから、褒められるだけで、自分の認識との落差にドキドキしてしまう。
「……照れるけど……なんか、うれしいかも……」
「じゃあ、もっと撮ろっ。角度や周りをボヤけさせて、と。たくさん撮影してくね~」
ボクは完全にまな板の上の鯉で、じっとしたまま、マカロンさんにあちこちから撮影されつづけた。そのときのマカロンさんはとてもイキイキしていて、ボクのほうこそ、彼女をたくさん撮りたいと思った。
けど、カメラの操作方法もわからず、パシャパシャと鳴り続けるシャッター音に、羞恥と緊張と、それ以上に気持ちの高ぶりを覚えながら、ひたすら被写体の悦びを身体の芯に刻みこまれるのだった。
(……モデルになるのって、こんなに楽しいんだ……すごいな……みんながSNSでぶいちゃの画像あげまくってるの、わかる気がする……)
そのままワールドのあちこちで撮影されたり、逆にカメラの使いかたを教えてもらってマカロンさんのベストショットを撮影する。
「マカロンさん、いいよ。すごく可愛いっ!」
様々なポーズを見せる彼女を目の当たりにして、普段言うことのない、可愛いという言葉が自然と口をついて出てくる。
「ふふっ。お世辞いっても、なにも出ないよ~」
少しのはにかみと、うれしさを滲ませるマカロンさんは、本当に可愛くて、ボクも彼女の負けず、たくさんのシャッターを切ったのだった。
(……これ、ハードディスクやSSDの容量、心配になってくるかも)
やがて、彼女のフレンドが次々とワールドにやってきて、静謐なワールドが騒がしくなっていった。
ワールドに入ってくると、手慣れたように手を振って挨拶してくれる。ボクがVRChatを始めたばかりだというのも、ランクからすぐにわかるのだろう。口々に話しかけてくれて、色々教えてくれた。中にはフレンド申請を送ってくれるヒトもいた。
(……こんなに構われて……かえって照れくさいな……ううん……)
美少女アバターが多数だったけど、それ以外のロボットや男性アバターもいて、みんな自分の好きな姿で遊んでるみたいだ。
(……ちょっとだけ男性が多いのかな。ボイチェン使ってる人に、地声でやってるヒトまでプレイスタイルも幅広いね……)
みんな、ヴァーチャルの存在で、リアルの姿は想像さえできなかったけど、やってくる人も様々だ。学生に、会社員、フリーランス。絵描きに、IT勢、モデラ―まで、背景も、属性も多様性に富んでいた。
ただ、モニター越しでも、わかるのは、みんな、その場に居合わせているという強い感覚だ。これは配信や、音声動画通話でありえないと、そういった経験の浅いボクでも直感的にわかった。
(VRだと、もっと臨場感も、場にいる感覚も強くなるよね。きっと……)
多数の人が集まったところで、マカロンさんはみんなに声をかけて、ゲームワールドで遊ぼうと声をかける。
そうして彼女が出したポータルに、ボクを含めて大勢が入って、そのまま次のワールドへ移動した。