■初めての『撫でなで♥』
自己紹介代わりにおたがいのことを話し終えると、ふたりの間にしばしの静寂が訪れる。
それは思ったほど居心地の悪いものではなく、マカロンさんとは、もっと仲良くなれそうな気がした。
(……やっぱり、可愛いな……視線がずっとこっちを見てて……ふふっ……♪)
可愛い子とふたりきり、温泉に浸かって過ごす時間は、他に代えがたいものだと思う。ボクも柔らかく彼女を見つめかえした。
――と、脇にいたマカロンさんがすっと目の前にくる。
(……あ……顔が近くなって……やっぱり……これ……緊張するかも……)
モニター越しに、彼女の存在を感じて、胸の鼓動が少しずつ速くなっていく。
そうして間近に迫ったマカロンさんの、そっとかざされた手がボクのの前を、ゆっくりと過ぎていく。そうしてまた、手のひらがそっと迫って、すぅ~っとやさしく眼前を流れていった。
(……あ……今……もしかして、撫でられた……)
直感的に何をされたか、すぐにわかった。マカロンさんは笑顔で、ゆっくりとボクの顔を丁寧にやわらかく、そうして艶めかしく撫でたのだった。
(……す、すご……デスクトップでも、撫でられてるの……わかるよ……)
そのままマカロンさんは数度、ボクの顔をゆっくりと、艶めかしい手つきで撫でてきて、ボクはうっとりと、その撫でを受け入れてしまう。
そうして夢見心地のボクを現実の世界に引き戻したのは、申しわけなさそうなマカロンさんの声だった。
「……あ、ごめん……その、初めたばっかりの子は、撫でないようにしてるんだけど……その、雰囲気に負けちゃって……つい……」
マカロンさんは、手を頭の後ろに当てて、てへっ、やっちゃった的な仕草をする。
「……まだ、ぶいちゃの世界を覗いたばっかりだから、キミには、いろんなモノを見たり聞いたりしてほしいの……だから、いきなり、こっち方面に沼っちゃうのも、アレだしね……」
「……え、あ……うん……」
ボクは戸惑いながら、あいまいな返事を返す。
(……いや、もう遅いって……マカロンさん……撫でられて、声出そうになっちゃたし……)
後から知ったことだけど、VR上で触られて、視覚や聴覚から、本来ないはずの触覚、味覚、嗅覚を覚えることがあるらしく、それをVR感度やファントムセンスといったりするみたいだ。
VRの強烈な没入感から脳がバグって、そういった感覚を覚えることはよくあるらしいけど、今のボクはモニター越しにVR感覚を強く感じて、それに酔い痴れてしまっていた。
(……でも、マカロンさんの言う、こっち方面 is なに……!? 変にぼかして言われると、想像力だけが勝手にドライブしていっちゃうよ!!!)
さすがに聞き返すのもはばかられて、ボクはもやもやした気持ちのまま黙りこんでしまうのだった。
「ふぅ~っ……でも、ずっと、お湯に浸かってると、のぼせちゃうね……」
マカロンさんは両手を上にあげて、大きく伸びをする。その動きが愛らしくて、見惚れてしまう。
「うん、マカロンさんも、そうなんだ。ボクも顔が熱くて……」
ボクの場合は温泉に入ってVR感度が刺激されているのか、ただマカロンさんの愛らしさにのぼせてしまっているのか、はっきりとわからないけど……。
「キミもなんだ? デスクトップで感度持ちなんて、珍しいかも。VRで楽しめる才能あるよ。くすすっ♪」
こっちを見て、マカロンさんはいたずらっぽく笑う。仕草のひとつひとつが可愛くて、少しズルいな、と思う。
(……ボクだって、マカロンさんと同じアバターなのに、全然違うよ……)
サンプル単体と、改変済みの違いだけでなく、VR環境とデスクトップ環境の差もあるのだろう。彼女の強い憧れと、ほんのわずかな嫉妬の気持ちを抱いてしまうのだった。