■Hello,World/Hello,VRChat
デスクトップモードで入った先は、海外風のホームワールドだ。そこにはいくつもゲートがあって、他のワールドに繋がっているらしい。
(……操作関係は、日本語化されて取っつきやすいけど……でも、海外ゲーの雰囲気だよな、やっぱり……)
とりあえずボクは、海外のクラブ風のワールドに入ることにした。飛んだ先は、豪華そうなカウンターの高級ナイトクラブだ。
だが、そうしたクラブには似つかわしくない巨漢の武装アバターがいきなり近づいて銃を乱射してきた。そうして英語らしき言葉で、いきなり煽られた。
大きな身体から聞こえるのが声変わり前の幼い声で、それが脳をバグらせる。そうしてモニター画像が一面、砂嵐に包まれた。
(……な、なんだ……この世界は……わけがわかんないぞ……!!!)
あとから知ったことだが、海外ワールドには子供も多くいて、そういった子たちにイタズラされたのだろう。
ただ、目に見えるアバターは大柄な武装兵やロボット、獣で、デスクトップ越しでも恐怖を感じるに充分すぎた。
(……行く場所を考えないと、ダメなのか……いったん離れよう……)
ボクはワールド散策もできず、その場から退避した。そうして再度、ネットで情報を得てから、日本語圏のチュートリアルワールドに入った。
そこは海外のクラブワールドのように多数のキッズに襲撃されることもなく、比較的落ち着いた雰囲気だ。すでに日本時間の夜ということもあって、他のプレイヤーもたくさんいた。
壁面に多数の操作説明が記載されていて、それを読みながら進んでいく。
(……うわ……すごい量の説明……全部、理解できるのかな……ううっ……)
と、困惑した、その時――
「あの~、もしかして……最近、始めたかたですか? よかったら、ご案内いたしますよ~」
後ろから、優しい女性の声がした。
「……あ……え、ええと」
驚いてそちらを振りかえると、どこかで見たことのある愛らしいメイドさんが、ちょこんと立っていた。
「こんにちは♪ キラリンっ☆ わたし、マカロンって、言います。よろしくね~!!!」
(……な、なに……このハイテンション……!?)
アゲアゲな自己紹介に圧倒されて、ボクは言葉を失ってしまう。
(しかも……この子、SNSで流れてきた可愛いおはツイの子だ! 世界、狭すぎっっっっ!!!)
「……よっ、よろしくお願いします……ボクは、ええと……」
そうして、どぎまぎしたボクは、さっき決めたばかりのユーザーネームさえ頭から抜け落ちてしまっていた。
(ううっ……間近で見ると、可愛いっ……しかも、距離が近くって……)
愛らしいメイドスタイルのマカロンさんの顔がモニターいっぱいになる。パチパチとまばたきしながらも、キュートな視線はずっとボクへ注がれつづけていた。
「ね……黙りこんじゃって、どうしたの~??? じ~っ、じ~っ、じぃぃぃ~~~~っ」
大きな瞳でじっと見つめられてしまって、ますますボクは固くなってしまう。
(……す、すごい……Vチューバーさんと直接会って、お話ししてる気分だ……!)
そんな情けないボクに助けの手を差し伸べるかのように、彼女は愛想よくお話をつづけてくれた。
「ええと……キミのこと、カヌレくん、って呼んでいい?」
ボクのネームプレートを見たのだろう。そう確認してくれた彼女に、うん、と蚊の鳴くような返事を返すことしかできない。
「……ふふっ、まだ慣れてないんだぁ。初心者さんって感じがして、可愛い~♥ くすくすっ♪」
目の前で笑うマカロンさんは、本当に愛らしくて、ずっと見ていたくなってしまう。
「けど……よく、わかったね。ボクが始めたばっかりって――」
「うん、アバターがデフォっぽいし……なにより、トラストランクが『Vistor』さんだもん」
「トラストランク、って……?」
「この世界にあるランクで、変わっていくと色々なことが出来るようになるんだよ。それで初心者かどうか、判断してるの」
「……言われてみると、ボクと違うね。マカロンさんは、VRChatは長いヒトなの?」
「えへん、そうなの。ベテランさんなのっ♪ 四年ちょっとやってるかな。でもね、もっと長いヒトも、たくさんいるよ~」
あとから知ったことだけど、ゲームダウンロードサイト配信前からだと、十年以上の歴史があるらしい。
「そうだ。せっかくだし、わたしがこの世界を案内してあげるね」
「……わざわざ、いいの?」
「うん、もちろん♪ ここには『初心者案内』って文化があって、初めてのヒトにも、みんな優しくしてくれるよ~」
そうしてマカロンさんは物知りげにピッと人差し指を立てて、続けた。
「……特に、昔はUIも英語だったし、本当にわからないことだらけだったんだ。わたしも聞き伝えだけど、日本語を話すヒトに会うことさえ、大変だった時代もあるらしいよ」
「……そっか。言われてみると、たしかに。デフォのホームワールドは海外ゲーの雰囲気まんまだったし……」
「そういうこと。だから、日本人ユーザーを増やすために、みんな、色々してたんだ。初心者狩り、略して『初狩り』な~んて、揶揄するヒトもいるけどね」
「初狩りって……FPSゲーみたいに慣れてないヒトをいじめてるわけじゃないし……」
その言いかたはひどい、と素直に思う。そんなボクに、マカロンさんは苦笑しながら、言葉を続けた。
「半分は冗談だと思うけど、ね。それに案内って言いながら、わたしが相手してもらってるみたいなものだし……」
ちょっとだけバツの悪そうな顔をするマカロンさん。その仕草がまた愛らしくて、ボクはますます彼女に魅入られてしまう。
彼女はボクの正面に回ると、ずいっと近づいてきた。マカロンさんのバストアップが画面いっぱいに広がっていく。
(……わ、わわっ……近くて、緊張しちゃうよ……!)
モニター前で座ったままなのに、間近に迫る彼女に圧倒されて、そのまま後ずさろうとしてしまう。
「というわけで、わたしがあなたを狩っちゃいました♪ これから、よろしくね」
ヘッドホンから伝わってくるのは、柔和で透き通るような声と、甘やかで、いたずらっぽい響き。
そうしてマカロンさんは、初めて見たおはツイと同じポーズで、包容力たっぷりに大きく手を拡げて、やわらかく微笑んでみせた。
「――あらためて、VRChatの世界へようこそ♪」
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