■HMDゲット! そしてVR化♪
「……これが……VRゴーグル……ケースが思ったより、大きいかも……」
宅配便で届いた箱は大きくて、そんな感想を抱く。開けると精密機器らしく、丁寧に梱包された製品が出てきた。それをPCへ繋いでから、ネット記事を参考にセッティングを完了させた。
(……よし、これで準備OKだね)
デスクトップでは、すでに何度もぶいちゃに入っていたけど、やはり初のVRとなると、身体がかすかに強張ってしまう。緊張と、それ以上の期待を胸に、VRChatにログインした。
やがてVRゴーグルの左右スピーカーより落ち着いたBGMが流れ、目の前に鈍い深緑色のログイン画面が現れる。いよいよだ。
やがて視界が開けて、いつものVRChat公式ホームワールドに到着した。
「……すごい……これがVRなんだ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。見える景色はすべてヴァーチャル空間で、自分の部屋にいることさえ忘れてしまいそうだ。
左右を見回しても、それは同じで、今まさにホームワールド内に自分自身が存在しているという感覚があった。
そうしてコントローラーを胸元へ持ってくると、細くすらりと伸びたキレイな手指が、だんだんと近くへ近づいてくる。
(……あ……今、桔梗ちゃんサンプルを着たままだったっけ……)
見慣れない可憐な女子の手が、自分の意思で前後左右に動いたり、振ったりできることの奇妙さに、ボクは戸惑ってしまう。
(……自由に動かせて……これ、バーチャルな自分の手に、指ってことだよね……ごくっ……)
そうして自分の操作ひとつで、手を握ったり開いたりしているうちに、違和感は少しずつ収まって、代わりに所有感がゆっくりと高まってくる。
(……いいな……これ……ふふっ……)
ボクは気恥ずかしさと、うれしさの入り混じった気分で、桔梗ちゃんアバターの指先をまじまじと観察する。
爪の先端は柔らかくカーブを描き、丁寧に整えられていた。手のひらや甲のラインも丸みを帯びて、完全完璧に女子のそれだ。
(……指先まで、素敵な女の子なんだ……これが、ボク……な~んてね……///)
不思議な高揚感が身体の奥から湧きおこってくる。そうして拡げた手の甲を顔の上にかざすと、それを時間も忘れて、惚れぼれと眺めてしまうのだった。
(――そうだ、鏡でも見てみよう、っと♪)
ボクはそのまま近くのミラー前へ移動して、自分の姿を確認する。
「……やっぱり、いいな……うん……」
目の前に映った桔梗ちゃんサンプルは、数回使っているうちに、だいぶ身体に馴染んできていた。
握ったコントローラーを上げると、目の前の桔梗ちゃんも片手をあげる。そのまま手を開いて、大きく腕を振ると、同じ仕草をしてくれた。
(……こうやって、自分の動きと同期してるのを見てると、本当に自分の身体って感じがする……すごいな……これ……)
自分自身が桔梗ちゃんに慣れた気がして、なんともいえない多幸感にほんのりと全身を包まれる。
(……自分の部屋にいるはずなのに……本当にぶいちゃの中に、いる気がして……デスクトップと全然、違う……)
つい先日、大学生になって親元を離れ、ひとりぐらしを始めたときに匹敵する、いや、それ以上の解放感を、ボクは感じていた。
全身を包みこむ感動に呑まれて、悦びに打ち震える。そうして、ひたすら立ち尽くしてたままでいた。
(……今……ボクは、この子になって……ここに、いるんだ……!)
無数のぶいちゃ民が、年齢や性差、そして種族、有機物や無機物さえ飛び越えられる、そう語っていたことに、心から共感を覚えるのだった。
(……でも、サンプルだから……きちんと購入して、改変して……ボクなりの桔梗ちゃんに、新しいボクになって、もっと遊びたい……)
オリジナルの姿でも、充分可愛いが、それでは他のみんなと同じ容姿になってしまって、これが自分だ、と強く思えない。
(……リアルのしがらみから解き放たれて……この世界に、たったひとりのボクとして、存在したいな……)
そう思いいたると、みんながアバター改変という手段を通じて、自分のアイデンティティを獲得しようとするのか、肌感覚で理解できた。
「……決めた……ボク、この子になる……」
しばらく鏡の向こうの自分と見つめあう。ややあって、ごく自然にその言葉が口から溢れた。
ボクは『桔梗ちゃん』アバターで、ぶいちゃの世界に飛び込むことを決意したのだった。