■その世界に浸りたくて
(……もう、こんな時間だ)
ボクがVRChatからログアウトした頃には、すでに深夜一時を過ぎていた。
(……昼過ぎから夜中まで。こんなにゲームにハマったの久しぶりだな……)
ゲームダウンロードサイトで配布されていて、ゲーム風に直感的に操作するから、つい『ゲーム』と呼んでしまう。
けれど、このVRChatがいわゆる『ゲーム』でないのは、数時間の体験からボク自身がよくわかっていた。
あとから知ったことだけど、ソーシャルVRとか、VRSNSと呼ぶのが適切なメタバース。いわゆるもう一つのリアルだ。
その日、興奮の醒めない状態のままで、撮った写真を見返した。
(……あ、マカロンさん……可愛く撮れてる。隣はそのフレンドさんで……これは、ボクだね……)
集合写真を見ると、楽しげに手を振ったりピースしている周囲と違って、自分は手を下ろしたままだ。
(……あ……そっか……みんな、VRで入ってるんだ……だから、ポーズ取ったり、手を振ったり自由に出来るんだ……いいな……)
モニターのスクショをもう一度、見返しながら、VRの人々に対する憧れがさらに強くなった。
(ボクも、やりたい……もっと、可愛くなりたいな……)
同じ男性、しかもボクよりも年上の成人男性が、マカロンさんのコミュニティで大多数を占めていたことに、その世界への親近感が一気に上がった。
(みんなに出来るんだったら、ボクにだって……)
憧れとも嫉妬とも、判断のつかない、内心から強烈に噴きあがる思いが、ボクの背を強く押した。
可憐なバ美肉Vを見ていたときはあくまで遠い世界のように感じていたけど、VRChatでの体験でボクの意識は大きく変わっていた。
そこからネットを調べて、わかったことは、手足全部が動いて、腰まで捻ったポーズを取っている場合は、VRゴーグルだけでなく、相当数のトラッカーを身体につけているみたいだ。
(VRChatは無料! だったはず……だけど…………絶対、違うよね……これ…………)
そのサービス単体では課金要素が少なく、現状は有志による応援的な課金で成り立っているみたいで、ある意味、無料と言ってもいいのかもしれない。
ただVR化しようとすると、HMD(VRゴーグル)、それを動かすためのグラフィックボード、そうして全身を動かすトラッカーまで、ガチになるほど、機材やPCに今以上に、お金がかかることがわかった。
(……ボクはPCを持ってるから、あとはVRゴーグルか……社会人だったら手が届く金額だと思うけど、学生のボクにはさすがにキツいよ……う~ん……)
そうしてネットを情報を探しまくって、現状で手の届く価格のHMDをなんとか探しだした。
(……よし、これだったら、手元の現金で手に入れられるぞ! 足りなくなった食費は、今から単発バイトを沢山入れて……あとは、いっぱい節約すれば……)
幸い親元を離れた一人ぐらしで、少ないながら仕送りを貰っていたから、その範囲内でやりくりすれば、なんとかなりそうだ。
今以上に、もやしとパスタの料理バリエーションが増えるのは仕方ないか。ボクは大きくため息をつく。
(……けど、覚悟は決まった。なにもない夏休みだと思ってたけど、忙しくなってきたかも……!)
その勢いのまま、ボクは寝ることも忘れてネットのバイト求人サイトを漁りはじめたのだった。