第1話 『窮屈な平和の裏で』
日本に『Z』が出現したのは都市である東京が始まりだった。そこからの感染拡大は異常な早さで全国に広がり、自衛隊や警察も錯乱させるほどのものだった。
しかし、日本も様々な対策で無制限で兵器の使用が許可され、在日米国軍にも要請を出したことで、ギリギリではあるが国の機能が維持できていた。
そして、何より日本に感染が初めて確認されるまでの猶予があった。手始めに関東地方から少し離れた位置を中心とし、周囲に壁を築き、『Z』の侵入を防ぐプランが立てられた。
周囲が山に囲まれでいれば『Z』の進行が遅くなるだけでなく、人口密集地から離れることで感染を断つことができる。
そうした考えから壁の建造が始まり、感染が確認された頃には周囲を囲むまで出来上がったのだ。
その他にも本州の一部、北海道、九州、四国地方を除く沖縄、奄美、対馬、隠岐、淡路、佐渡といった規模が大きい島に避難都市を作って避難民を向かい入れる準備もしていた。本土から離れていれば、『Z』の侵入は皆無と判断したということだ。
『Z』の感染が確認された途端、日本の中で特に大型である本州唯一の避難都市には、関東地方からの避難民が押し寄せて来たのは想定通り。
しかし、政府はこの地に元々住んでいた人口の倍以上の避難民が押し寄せたのは予測できていなかったのだ。発生してから数時間が経過した時点で、推定でも約八千万人の国民が亡くなっていたのにも拘らずだ。
避難都市の安全性を守るために感染検査をし、陰性が確認されると避難都市に入ることができる。ただ、想定されていない数の避難民がいたことで、検査する人数が不足し、なかなか入れなかった者で渋滞する。
問題はこれだけではない。壁の中に入る事が出来たのなら、今度は仮設住宅やマンションの入居手続きが待っている。
これも想定人数を遥かに超える避難民で溢れ返り、更なる混乱を招く。『ずさん』で『無計画』と国民からは批難が殺到していた。
長い時間をかけて漸く、入居手続きも完了して安心───ではない。家族を養うために働かないといけないのだが、株価の暴落により物価の高騰、更には給料の減額や食糧難という地元民や避難民にも苦しい生活が余儀なくされたのだ。
もう、元の日常に戻ることはない。外の世界にしても壁の世界にしても、国民が安心して暮らせる世界はどこにもない。
それから、十年の月日が流れるとあれほど違和感のあった壁が気にならなくなった。しかし、恐怖に怯えての生活は今もずっと残り、人々は安楽に憧れる日々を送っていた。
時々、上空を飛行するヘリに誰もが「ここはもう駄目か」と呟く者に溢れる。それほど世界に、この日本に絶対と言える安全な場所なんて何処にもないと昔と今も変わっていない。
本当に、これが勝利といえるのか分からないのが人々の不安。
隔離されるのがどうして『Z』ではなく、私達なのかと。逃げることが勝利なら、命を失った人達は何のためにその命を懸けたという。
家族を失った怒り、理不尽さに怒り、政府に怒りと様々な悲憤な思いで暮らしている。
デモ活動を頻繁に行われる理由も政府は重々理解していると思う。
ここで追い討ちをかけるのが世界情勢だ。死者の数が増え続け、推定で七十億人と報道された。刻一刻と迫る人類滅亡、それを止めるための抗ウイルス剤の開発は未だに進んでいない。まずウイルスの解析に苦戦を虐げられており、解析に必要な機材が不足しているのも進んでいない原因でもある。
希望もない暗雲な未来に人は何を糧に生きていけばいいのか。
そんなある日。
五月十二日。午後一時。
連休も明けて数日、仕事や学業に対する憂鬱を感じながらの朝は、足取りも連休前と比べると重たく感じているだろう。そんないつもの日常に戻る街並みは朝の混雑から始まっていく中、今日は普段の景色とは明らかに異質な存在がいた。
『ねぇねぇ、今日…やけに警察の人多くない?』
『自衛隊の車両まであるけど、何かあったの?』
『じゅ、銃まで持っているよぉ?』
『いすぎワロタw』
『交通規制とかはされていないから混むわけじゃないけど、何かを探しているみたいに通行人を凝視しているような。不安だ( ´△`)』
『ヘリの音がうるさすぎて子供が泣き止まないわ!(写真付き)』
国民は何も知らされていない光景や音に不安が募る。ツムムで情報が拡散されて昼前時点でも政府からの声明はなく、この騒動の興奮はまだまだ冷めそうになかった。
一方で、若年層にとっては会話する上での話題の一つとして盛り上がっていた。今の学生は十年前は幼かったこともあって、そういう緊張感も大人達と比べると薄いのかもしれない。
とある学園の人気のない場所で、木の根本で寝転がって楽しく会話をする彼女達もまた、それに含まれる人である。
「気持ちいいねー舞花ちゃん、南奈ちゃん」
茶髪で右側のサイドの髪が長いアシンメトリーの少女。弁当を食べ終わったことで仰向けに寝転がって、一息つきながら言う。
心地いい風に運ばれくる緑の香り、満腹感からくる最高の眠気が授業で溜まったストレスを解消させて少女は癒されていた。
そんな彼女を中心として、その右隣。
黒髪のナチュラルなストレートセミロングが清楚なイメージを持たせる九条舞花が座る。木に背中を預けて髪が乱れないように押さえながら。
「えぇ、息抜きをするには最高の場所よね」
その言葉に続くように、左隣。
赤髪の顔周りをレイヤーで包んだカジュアルショートの綾代南奈は寝転がっていた。
「ふぁぁ…ん…。ふぁたしは今にでも寝る勢いだよ。もう寝ていいか?」
背筋を伸ばしながら寝むたそうに欠伸をする。
三人の関係は昔からの幼馴染で、外の世界から来た避難民でもある。最初は学校に行くことさえ拒絶していた時期があったが、今ではこうして楽しく毎日を過ごせている。
これも親切にしてくれた人達のお陰で、ここまで成長することができていた。
「それは駄目なの。私達は今から数少ないスイーツを求めて売店に行く──って、寝ないでよ!」
神栖ゆい は故意に寝る南奈の体を揺すり、寝かせないようにする。思いっきり揺さぶられたことで、南奈の返答が詰まる。
「わ、分かった分かった。…じゃあ、あたしはメロンパンな」
「ふふ…では、私はアップルパイでお願いしますね」
「あれ!?これって私が買いに行く流れなの!?ちょっと二人とも朝の言葉を思い出して、『今日は甘いものを欲しがっているな』とか『久しぶりにアップルパイを食べたいです』ってノリノリだったじゃん!?」
予想外の反応されて仰天し、思わず上半身を起こして交互を見る ゆい。そんな反応に二人が、ほくそ笑んでいることに気付くと顔を膨らませる。
「ははは、冗談だ ゆい。あたしらも行くから、そんな可愛い顔をするなって。まぁ、結局行かないと無料券が使えないんだよな。ったく、本人が行かないと使用できないっていうのはどうも気に入らないぜ」
胸元のポケットから取り出した無料券を見ては、そんな文句を漏らす。学校側が発券したとはいえ、無料券は誰しも貰えるわけではない。成績上位者のみに許される高嶺の領域なのだ。因みに、入学試験で堂々の一位通過した南奈には何枚かの無料券が配布されていた。
行くと決まれば舞花は弁当箱を持って立ち上がり、制服についた草を叩き落としながら南奈の文句に。
「いいじゃないですか、少しでも使いっ走りを減らそうという学校側の心遣いなのですから」
その言葉を聞いた ゆい は自分に指を差しながら二人の肩を軽く叩く。
「たった今、使いっ走りをさせられそうになった私の気持ちはどこにぶつければいいの?」
「よーし、もう混んでいるだろうからさっさと行こうぜー」
「そうですね。今は丁度混む時間ですし、急ぎましょう」
ゆい の言葉を無視して、南奈は売店がある食堂へ向かう。それに続いて「スルーされた」と激おこプンプンな ゆい と慰める舞花。
三人の現在地は校舎から少し離れた人気のない場所。中庭でも校庭の隅でもなく、木々と人工的に敷かれた多年生植物が植えらていた森林公園。そこから舗装された道へ出るだけで、世界観は変わって現代的な建物が並ぶ。
丁度良いタイミングで停留所にやってきたバスに乗り込み、八つ先の停留所までのんびりと揺られる。
この学園は幼児から大学生までの教育機関の集合体であって、総面積もそれなり広大なものとなっている。目的地に行くまでも場所によっては数十分と長時間の移動となる。ましてや、交通機関であるバスを使用しての時間表示となると学園の広さも何となく全貌が判明する。
今、見えている普通科の校舎でもほんの一部に過ぎないということだ。
ここから食堂までの時間は七分、もちろんバスの使用込みで。停留所の多さも関係しているだろう。
「遠いとはいえ、歩いて数十分…バスで数分って、どんだけ広いんだ。色んな物を詰め込みすぎなんだよ」
「私達は普通科だけど、高校だけでも工業とか福祉とか水産とか…いっぱいあるの。それに加えて大学はもっと科が分かれるから敷地面積は広い方がいいんだと思うの」
「だな。こんな避難都市で隔離された状態じゃ、広い範囲にあった学校を取り壊して一つにまとめた方が色々と楽な部分もあるんだろうな。………それにしても、校舎沿いを走ってから数分、あたしが見る景色がずっと森なんたが。はぁ、座る所をミスったな。てなわけで、お隣に失礼する」
ゆい と舞花の反対に座る南奈が代わり映えのない景色に飽き飽きして席を移動する。確かに反対側に振り向くと、先程いた森林公園がまだ続いている状態だった。学園を囲むように植えられた木々にはどんな意図があっての配置なのか。
「まぁ、仕方がありません。幼児から大学の一貫校なのですから仕切りは必要なんだと思いますよ。それに現代的な建物ばかりですので、学生の息抜きの場所としての役割もあるかなと。でも、季節によっては風通りは悪いですし、虫の鳴き声も騒音レベルですので色々と対策は必要ですけど」
舞花の推測には二人は納得する部分もあり頷く反面、欠点も指摘されると森の必要性が分からなくなってきた。
「ああぁ駄目だぁ…今の私にこれ以上頭を使うと頭痛が…!これは早く糖分を摂取しないと私だけ置いていかれそうなの」
徐々に考えることに疲労を感じ、頭を抱える ゆい。疲れた脳には糖分、ということで自分のお目当ての物を想像しながら涎を垂らす。
「いや、糖分を摂取したところで ゆい の壊滅的なテストの点数は変わらないと思うぞ」
ゆい のことをよく理解しているからこそ、隣に座り込む南奈は直球的な言葉を返せる。
「入試の時はとても悲惨な結果でしたね。あれほどの勉強を積み重ねてきて、取れたのは二百点くらい。さっちゃん、泣いてましたね」
それは、その隣に座る舞花も南奈と同じ土俵の目線であった。ゆい をフォローする者は現れず、二人の内容が事実とバスの中にいた複数の生徒達に知られてしまったのだった。
「やめてぇ!話が逸らされただけじゃなくて、私が馬鹿っていうことを再認識させないで!」
二人の笑い声がバスに響く。時にはふざけたり、時には真面目にと、そんなやり取りが続ていると。
「お?さっちゃんから連絡が来たぞ。なになに…『今日の昼食一緒に食べられなくてごめんねm(_ _)m。お詫びに今日の夕飯は三人の大好きなすき焼きにするから楽しみにしてね♡』だそうだ」
取り出した携帯電話を見るなり、南奈のさっちゃん似の声で内容を読み上げる。返信には三人の総意見で「わーい!」と送り、怒っていないよの意思表示をする。
「まぁ、教師ですから都合が悪くなることもあると思いますし、仕方ないです」
舞花は窓の外を覗きながら、教師である彼女が来れなかった理由を察する。
「生徒や教師に信頼される人気者だしな。こうして休憩時間を使ってまで生徒の為に尽くせるのって好きじゃないと出来るもんじゃないさ。優しい人だよ、さっちゃんは。だけど、どうしてあんなに優しい人が異性と付き合ったことがないなんて、世の中はどうなっているんだか」
携帯の画面をスクロールをして、これまでのやり取りの履歴を見ては、優しさに溢れた内容もいくつもあって思い出し笑いをする南奈。
命の恩人だけでも救われたというのに、家族として一緒にいてくれたこと。
そこまでして他人の彼女達に尽くしてくれた『さっちゃん』と呼ばれる女性に、彼氏でも作って幸せになってほしいと心から思う。これは、少なからずの恩返しという気持ちとして受け取ってもらいたい。
しかし、彼氏一人ですら出来ないまま、年齢=彼氏なしの更新だけが進んでいる現状。
「男女問わずに寄り添うのは昔から変わりませんが、付き合っている話の噂もないですし、私達にもそんな素振りは見せてませんね。そもそも、さっちゃんは隠し事だけは下手っぴですので、すぐに私達にバレてしまいそうですけど」
十年という親達よりも長く過ごした彼女達にとって、親の癖よりも覚えているくらいだ。
「今は誰とも付き合う必要がないというか…概ね、あたし達が原因だろうと思うが」
三人の子持ちというのは男性から見ても、いくら自分の年収が高かろうと子供の人数によっては躊躇い避けてしまうことが多い。仮に近付いてくる相手が脈ありのような態度をとっても、注意は必要ではある。相手が遊び半分で近付いて来たのなら、今後の関係が良い方向にいくかと問われれば、難しいものだろう。
勿論、そうじゃない人も中にいるもの。しかし、現状はそんな簡単なものではなかった。
給料の減額に加えて物価の高騰。これが結婚すること自体を躊躇い、いつかの日に備えて自分の命を優先したいという考えを持つ者が多くなりつつあるからだ。
その結果、結婚に対しての意識が変わり、出会いの場があっても交際から結婚までに至る割合は少なくなっている。それ以前に交際をしない者も多くなっているのも数字として表れている。
「恋愛をしたいのに出来ない…だから、そのためにも大学からは一人暮らし又は三人で暮らす事がさっちゃんのためになると思います。まぁ、もう一人の同居人に関しては考えないといけません」
「なっちゃんかぁ…男遊びしてばっかりだから、そのうち運命の人とか言って勢いで結婚すると思ったけど。外れとか言って付き合っても数日くらいだからなぁ」
同居人は三人の他にもう一人いる。三人ともこの人物に対しては、さっちゃんと同じように感謝をしているが、男関係となると反射的に関わることを拒絶してしまうほどに癖は強め。
ただ、そういう人達もいるということは仕方ないと思っている。体の関係だけの付き合いが多くなっているのも事実。ストレスを発散させる方法は色々あるが、快楽という意味ではそれは人間味を感じる。
結局、委ねられるのはお互いの気持ち。少なからず、さっちゃんに本気で好意を持ってくれる人はいるはずだ。彼女がその出会いに幸せと感じるのであれば、南奈達は幸せなのである。
前提が結婚願望がありで話は進まれているが、彼女に直接、結婚願望があるかどうかを聞いたわけではないが。
「……ゆい?さっきから黙っていると思ったら、涎が垂れそうになっているぞ」
二人の会話の中に入ってこない ゆい に南奈は気にかけると、何やら上の空状態で座席に座っていたのだ。
「はっ…!危ない危ない…危うくスイーツを食べる前に妄想でお腹いっぱいになるところだったの」
涎を拭いながら、なんとも拾いづらいことを言い出した ゆい に、南奈は慣れたようにすぐさま状況認識する。
「さっきの、すき焼きの話か?」
「嘘でしょ!?さっきまで、お腹いっぱいになるまでお昼ご飯食べていた人の発言とは思えないですよ?」
驚く舞花も無理もない。ちらちら、と ゆい の膝の上に置かれた三段弁当(大サイズ)にはさっちゃんの手作り料理がぎっしり詰まっていた。それを、ものの数分で平らげた胃袋は、まだ主食を求めていた。
流石の親友である舞花でも化け物と認識するしかなかった。
「いやぁ、すき焼きと聞いて妄想に火が付いちゃったの。でも、想像してみて。まず、すき焼きをやる前に焼いた肉だけを頂いて…卵を絡ませ、湯気を立たせながら香りも楽しんで口に運ぶのよ。その後は勿論すき焼きが完成して、まずは熱々の豆腐に卵を絡ませて味わい…更には白菜などの野菜とうどんを卵に絡ませて、うひょおおお!最後にご飯を一口…これが堪りません。口の中に広がる卵の風味を米に浸透させて、噛み締める……最高とは思いませんか!」
自分の想像したものが、まるで目の前にあるかのように興奮する。奇声を上げたりする彼女に周囲を気にする舞花だが、幸運なことに乗客は彼女達以外に数名しかいなかったため無理やり止めることはしなかった。
「はぁ…お腹いっぱいの状態で更にお腹いっぱいさせるようなことを言うな。ゆい の妄想癖には毎回うんざりしているんだよ。お腹空いていないのに飯テロのような妄想を言うから、こっちまで想像して食べたくなるだろうが」
南奈は呆れた物言いでため息を漏らしつつも、内心で思っていることがダダ漏れていた。
「どうして ゆい は、そんなにも食いしん坊なのに太らないのですか?私なんて…その体質、分けてほしいですよ」
実際に南奈と ゆい は食欲旺盛な育ちっ子というくらいに、中学の時からよく食べていた。成長期とも重なって体格も身長も、大食いとまではいかない舞花は三人の中でも小柄なことにコンプレックスを抱いている。
更に ゆい は食べても太らないという女性にとっても魅力的な体質の持ち主。だから、対照的な自分の肉付きを気にしながら ゆい の体質を羨ましそうに見つめる。
「でも、舞花ちゃんの方がスタイルも良いし、成長しているところも成長していると思うんだけど」
ゆい の体質はあくまでも体質だけあって、体型に関してはスタイルがいいわけではないと思っている。激しい運動をしている南奈は程よい筋肉もあってスタイルも抜群、舞花は体重の増減は激しいもののスタイルは三人の中ではダントツで綺麗な体型なのだ。何より胸が大きい。
「ゆい の場合って栄養はどこにいっているんだろうな?脳でもないし、胸にしてもあたしより少し大きいくらいだし………んでもってやっぱり脳でもないとすると、やっぱ脂肪?」
頭から舐めるように体を眺めるだけじゃ飽き足らず、胸や腹などの感触を確かめ、結論からお腹周りの脂肪ではと摘む南奈。
「…馬鹿にしてんのか?」
数秒の沈黙の後。ゆい は二回も頭の悪さに対して馬鹿にされていることに圧をかけた言葉を返す。
「「「wwwwwwッ!」」」
笑い声が車両に響き渡る。
これが彼女達が必死で掴んだ日常。
皆に愛され、時には弄られる三人の中心的存在である神栖ゆい。運動や勉強が断然トップの成績の持ち主で、ゆい をからかうのが大好きな綾代南奈。温和な性格でちょっと自分に自信が持てないお姉さん的存在な九条舞花。
ずっと離れずにお互いを信じ合い、時に食い違いもあったが、それでも共に生きてきた大切な親友。三人一緒にいるからこそ、彼女達の一日は幸せで始まり、幸せで終わる。それを作ってくれたさっちゃんやなっちゃんには感謝してもしきれない。
そんな毎日が続いて、守り続けたいものがこの場所にできた。一つでも欠ければ、彼女達の人生を再び大きく変えてしまうだろう。
「今日も、あと半日なんだね…」
ゆい は、外を眺めながら今日がもう少しで終わることに惜しむように呟いた。
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全周数十キロの壁によって隔てられた学園の正門前に、黒服に身を包んで一人の男性が息を切らしながら電柱にもたれかかっていた。彼の前を通り過ぎる通行人は、普段見慣れない格好に戸惑いが隠せず、表情に警戒の色を見せる。
一部の通行人はその異様な光景に警察を呼ぶ声も聞こえ、それに集まった人々で歩道は埋め尽くされる。
男性はそれを避ける為に移動しようにも、人だかりを作った張本人が簡単に移動できるほどの隙間はない。それでも、彼は移動を選択する。道路を跨いだ先の学園を見据えて、僅かな隙間を掻き分けて進む。
「…鳴海学えあがぁはっ…ごぼぉっっ…!」
息を吸って吐く度に血の塊が溢れそうになるのを抑えていたが、結局は路面は真っ赤に染め上げて赤黒く汚していく。その結果、周囲にいた人々は血で汚れまいと跳び避ける。
(この中に…いるの、かァ……)
視界が明滅しようとも、血を吐こうとも、それでも彼は特別な想いを秘めて学園を見つめる。別に自分を中心として人々が集まっている認識がないわけではない。
注目されるのは避けられない。それは重々、承知である。
「……がっ、かっ………」
血に溺れ、粘ついた呼吸を漏らす男性の体は地面へ倒れかける。両膝と片腕で倒れる体を支えることが出来たものの、その衝撃で襲う激痛にもう片腕は腹部を押さえ付ける。
周囲にいた人々も警戒を弱め、瀕死状態の彼に心配の声をかけてくるのも、やはり性別が関係してくるのかもしれない。
これが女性なら『Z』化する恐れがある中で、話しかける行為は危険と判断される。映画でもそういったシーンは大抵、誰かが襲われる在り来りなものだ。しかし、実際に『Z』を生で見ていない者でも、そういう映像体験で知恵を身に付けていく。
先人というよりも、妄想の知恵と言うべきか。
すると、耳に取り付けていた小型無線機から通信が入り、それが頭を沸騰させた。
「心望かァ…げぼっ、ごぼっ……それで現状は?」
『そ、そんなことよりも大丈夫なんですか!?雲雀先生…やはり傷が痛むんですね。私もそちらに行けたら手伝えますのに…』
イヤホン越しから、心配そうに顔を曇らせる女性が浮かぶ。
その言葉に甘えたくなる自分を押し殺し、雲雀は唇を閉ざして沈黙を選んだ。もし彼女がこの状況を見たら、間違いなく連れ戻すと聞かないだろう。
だから、彼女の前では強い自分であり続けなければならない。その優しさを噛み締めながら雲雀は口元から垂れた血を拭い。
「避難都市ィ…全てとなると、その都市のォ自衛隊や警察官だけ…じゃ足りないし、当、然だが俺達の人員も不足してっ、げぼっ…いる。ここの避難都市の規模が大きいとはいえ、人員を優先することは出来ないだろう。だから、静輝や春霞もぶふっ…えぼァ!…はあはあ、こ、子凪に麗奈だっている」
他の避難都市を捨てたわけではない。少人数とはいえ、訓練を積んだ精鋭部隊の面々だ。銃を極力使用しない戦闘が出来る。振り分け人数は都市の規模に比例しないが、代わりにそのような隊員を多めにしてくれたのだ。
『でも、今は一人ですよね?』
「…」
隠し事は通じず、すぐに見破られた雲雀は詰まった言葉を漏らす。現在位置の彼の周囲には同じような服装をした者達もいなければ、自衛隊員達もいない。完全な彼の独断行動になる。
少しマイクを遠ざけたところで溜め息を吐いた心望は再び口をマイクを近付けさせて。
『分かりますよ、ずっと背中を追っていたのですから。だから、何を言っても一人で向かうことも分かります…』
「…………」
どんなに正論を並べても彼の意志は揺らがない。何故、ここまで頑固一徹なのか。彼女にはその理由に察しがついていた。
押し黙っていた雲雀は「すまない」と呟き、数秒の間が空いて決心をつけた心望は最初の質問に対して報告する。
『現状では街で『Z』が確認された情報はありません。もし、彼女が言っていたことが正しければ、警報が鳴るのも時間の問題かと…』
「あんさん、大丈夫かぁい?」
報告の途中に雲雀の耳に音声とは別の声が入ってくる。顔を上げると高年齢のお婆さんが警戒の色を解いて、血に汚れることを躊躇わずに手厚く介抱しようとする。その勇気ある彼女の行動が、他の人達もそれに便乗するかのように駆け寄る。
「だ、大丈夫です…。大丈夫ですから……」
「何、言っているんだ?!そんな状態で大丈夫なわけないだろが!」
今の状態で言う雲雀の言葉には説得力なんてない。
『雲雀先生、そこにいる皆さんは貴方が何者かも知りません。淡路とは違うので心配されるのは当然です。…報告を続けます。今、私のいる淡路で不審な動きがないか、陸空海で捜索しています。他の場所にも今のところ異常はないと報告を受けています』
「そうか…」
『…雲雀先生が知らないと言うことは私以外の通信は遮断しているのですね?はあ…単独行動にも程があります。私は鬼ですから静輝達には伝えておきますので』
仮にも隊長である雲雀には、もう少し自覚の持った行動をとってほしいものと心望は思っていた。
「わ、分かった…引き続き注意して捜索し、何か動きがあればァッ…迅速に対処をするように。ただ、無理はするな。今回の作戦はあくまでも国民……の避難を優先すること。戦闘は避けるように」
『はい、雲雀先生も気を付けてください。それと…死なないでください』
彼女の想いをしかと受け取った。
通信が切れると、膝をついた体を起こそうとするだけで、骨がメキメキと音をたてる。全身を支配する高熱は、たったその動作だけでも汗が噴き出して気持ちが悪かった。
周囲の人々は急に立ち上がる彼に後退る。最後まで彼の側を離れなかったお婆さんの手を握り、優しく振り解くと再び人混みの中を突き進み始める。
汗が指先から滴る感触を味わい、男性の目玉は手に向けられると衝撃が走る。
汗だと思っていたものは一定の粘土を持った鮮血だったのだ。その事実に納得いく自分が恐ろしく思え、苦笑を漏らす。
(これで、よく立っていられるな)
その気であれば意識を失うのも容易い。この現実から今すぐにでも終わらせ、解放されたいという心が何処かにあるに決まっている。それでも使命感が鞭を打ち付け、体に力を注ぎ込む。
しかし、他の場所を皆に任せて、自分は一人で私情を突き通す。なんて最悪な人だろうか。本当に人々を救う気があるのかと疑いたいくらいのもの。
そんな、わがままを承知した上の心望に感謝をしなくてはならない。
(静輝達を待っている暇はない。皆が来るまで俺が何とかしないとな…より多くの人を助けるために行動を移さければ。避難指示が出せないのは辛いが…)
「とにかく騒ぎが起きる前にまずは見つけない、と…」
人だがりの中心人物の彼は人混みを縫うように歩き抜き、車が行き交う道路を渡って立派な正門をくぐる。さっきまでの苦痛染みた状態から一変し、力強い足取りで校舎へ続く路地を歩き進む姿は最早別人のように見えた。
すると、正門をくぐって少し歩き進んだことだ。歩んでいた足が止まり、視線の先がある一点に向けられる。
正門を通るための手続きを行う施設か何かだろうが、雲雀が違和感を覚えたのはそれを行う警備員がいないことだ。警備員なら学園中だけでなく、唯一の出入口の安全面は考えて様子を見に来るはずだ。この騒ぎで来ていないということは、警備のために学園内を循環している可能性だってありえる。
自然と歩み寄る雲雀が抱いていた感情が近付くにつれて、確信へと持ってかれる。心臓の鼓動が激しさを増すのは恐怖からではなく、次第に見えてくる現実に絶望をしていたのだ。
窓には何も付着していない。しかし、遠くから見るより近くに行けば行くほど、警備員らしき服装をした身体の一部が見え始めた。
そして、ガラス張りの正面の窓から覗いた瞬間だった。
「……あ」
──二人の男性警備員が喉や腕、足などの数ヶ所をえぐり取られた死体が転がっていた。床は鮮血に汚れ、比較的まだ新しいもので警備員からは絶えず血が滴っていた。
理由はどうあれ、周囲の者は誰一人として気付いていない。単に授業中は人通りが少なかったからか。そうなると、事業者の搬送先の指定はどうなるのか。警備員が管理をしているなら手続きは必要になってくるはず。
もし、仮に今日来た事業者全員が敵だとすれば。
(す、既に奴らは…!)
喉が干上がり、その衝撃さから背筋に悪寒が走る。訪れる短い空白から第一に彼の思考が指したのは、この場所にいる理由である人物の安否だった。
(頼む…頼む、無事でいてくれ…!)
男性の脳裏にはそれ以外の思考を全て捨てていた。走っていることにも気付かず、自分が重度の怪我を負っていることにも気にも止めない。
神室雲雀はひたすら校舎へ向かって走り続ける。
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賑わう食堂を想像した。潮騒のようにざわめく話し声、上機嫌な笑い声が絶えず、定番から旬の食材をふんだんに使ったメニューが並び、毎日が食べる喜びを感じされることだろう。
それが恋しい。
今ではその賑わいは遠い過去のように、面影はどこにも残っていない。
その広々とした食堂の一角、少人数の生徒が売店の前で楽しく食事をしていた。
輸入に頼っていた日本はこの非常事態によって外部との交易路が断たれ、今では数個限定で品物が取り揃えられている。何もかも不足に追いやられ、こうして売店が設置されていること事態が稀なのだ。
これも、生徒達の声に応えた結果なのだろう。
ゆい が狙っているのはこの売店でナンバーワンの人気を誇るスイーツではない。そもそも狙っているのであれば、こんなに遅くに来ない。
お目当ては『ブリオッシュ』というフランスで食べられている菓子パン。こぶのある形と、バター、卵、牛乳などをたっぷり使用して作る生地が特徴。発酵にかなり時間を要するので、ここの売店の中で一番個数の少ない十個で販売されている。
ただ、その分お値段がお高いこともあって、生徒達は手が出せずに毎回売れ残りそうになっている。しかしながら、ゆい には関係ない。
初めてそれを口にしてから、いつもこの『ブリオッシュ』を食べている常連客。お金が高かろうが普段使うお金を減らせば、毎日買える。というくらいまで、このスイーツを求めている。
本人いわく、これを食べないと午後の授業が持たないと言っているが、それは本人のやる気の問題ではと二人は思っている。
そんな『ブリオッシュ』大好きな ゆい は軽く絶望に浸っていた。
「そ、そんな…そんなことが、だって…今までそんな事なんて…!」
売店のカウンターに『ブリオッシュ』売り切れという文字が書かれた札が置かれていたのだ。既に自分の欲しいものは手に持っていた二人も売り切れには驚いていた。
「ごめんねぇ、ゆい ちゃん。さっきね、最後の一個が売れちゃったのぉ」
購買のおばちゃんが常連客の彼女に申し訳なさそうに言う。恐らく、最後の一個を手に入れたであろう女性は、一口食べただけで幸せそうな顔をしているであろう。
また、一人。常連が増えるかもしれない。嬉しいようで嬉しくないような気持ちだった。
「おろろ、珍しいこともあるんだな。可哀想に午後の授業が忙しくなるな、ゆい 」
「ゆい、代わりになるかは分かりませんが私のアップルパイを半分あげますので、どうか泣き喚かないでください。ま、周りが注目して恥ずかしいのです…」
カウンターに手を置いて、空のトレーを悲しそうに見つめる ゆい に集中する視線に、舞花が恥ずかしそうにしながら体を揺する。その横では視線をもろともしない南奈がメロンパンを頬張っていた。
舞花の優しさに目を輝かせ、聞き間違いではないかと何度も何度も確認をとっては舞花は頷く。もの凄く恥ずかしそうに。
そんなやり取りを見ていた南奈が、舞花の頭を撫でる。
「助け船を出しているのに、逆に助けを求めているようにも見えるぞ舞花。ま、そんな舞花は可愛い可愛い」
「うぅぅぅ…可愛くなんてありませんよ。二人の方が可愛いですし、他と比べたら私は地味なので」
口を尖らせ、ネガティブに考え込む舞花。南奈はその様子に溜め息を漏らしていると、ゆい が長い横髪を弄りながら。
「やだ、可愛いだなんて照れ照れ」
「フォローしてあげなよ ゆい 。真実を知らない舞花にこれ以上ない賛美を送ろうぜ」
「それって…舞花ちゃんが多くの男子からマドンナって言われてること?」
南奈と ゆい が顔を見合わせた会話の中で、ネガティブ思考を持っている舞花を元気付ける一言が放たれる。
「ふぅえっ!?」
拗ねていた表情が剥がれると、一瞬にして耳の端まで真っ赤になる舞花の手が小刻みに震えていた。
「そ、そんな事なんてあり得ないよ。だって私、二人よりも口下手だし…二人以外と全然話したことも。…も、もう、そんなこと言うとアップルパイをあげませんよ?!」
頬を膨らませる姿は愛くるしさに溢れるも、ゆい はその言葉にすぐさま彼女に涙目になりながら抱き着く。
「それだけは勘弁してください。『ブリオッシュ』がない今、舞花ちゃんのアップルパイが私の救いなの」
「そんなに大袈裟に言うことなの?別に ゆい の体が停止するわけじゃないのに…はい」
紙袋に入ったアップルパイを半分に毟り取って渡すと、美味しそうに頬張る ゆい に南奈と舞花はお互いに見合せる。
この街に来て、一番立ち直りが遅かったのは実は ゆい なのだ。昔の彼女は明るく、お茶目な所など一切なく、引っ込み思案で人見知りという今では真逆の性格だった。
そんな彼女に衝撃を与えたのは、やはり十年前の出来事が全てを変えた。両親や姉、南奈や舞花に迷惑をかけたせいで両親や姉を殺してしまったことに罪悪感に責められ、なかなか立ち直ることが出来なかったのだ。
詳しいことは話されていないが、「自分はもっと強くならなくちゃ」とか「今のままじゃもう一度過ちを繰り返してしまう」や「さっちゃんのようになりたい」などと言葉を並べていたことを今でも鮮明に覚えている。
だからこそ、今の振る舞いには心配でならない。いつか、何かのきっかけで今の自分を否定すれば。彼女はもう二度と立ち直れないかもしれないからだ。
そうなってしまえば、今後の人生が如何に辛いものになるか。先が分からない恐怖に怯えてしまう。
でも、敢えて何も言わないのは応援したい気持ちが現れているからだ。自分の気持ちを言動で表現するなら、進む以外の道はない。それを止めるということは彼女を否定することになる。
だから、必死に自分を変えようしている者に壁を作くるような真似は出来ない。
「本当に美味しそうに食べるなぁ ゆい は」
「えぇ、幸せそう」
本音を隠しながら南奈と舞花はそう言った。
サクッと香ばしい口当たりは最高なものだった。香ばしい焦げの風味と甘酸っぱいジューシーな林檎の果肉が中和してうまくまとめあげる。噛めば噛むほど果汁が口いっぱいに広がり、最後まで残る林檎の風味に満足する ゆい はそんな二人に向けて笑う。
「甘々の旨々だよ♪」
こんな幸せそうな笑顔を見ると、本当に可愛がりたくなってしまうほどお姉ちゃんをしたくなる。姉妹で表すなら南奈が長女、舞花が次女、ゆい が末っ子というポジション。そんな、お姉ちゃんの舞花はハンカチで ゆい の口元を拭ってあげる。
「もう、そんなに急いで頬張ったら喉に詰まらせちゃいますよ。はい、これ買っておきましたから」
パン一品だけでは、喉が渇いてしまうかもしれない。それを考慮して、あらかじめ買っておいた飲み物を差し出す。これなら喉が詰まっても大丈夫であり、水分補給もできる。一石二鳥だ。
「いや、でもそれって…」
差し出した飲み物に苦笑いで見つめる南奈。まさか!!と ゆい も嫌な予感を感じ、恐る恐る飲み物のラベルを見ると唖然とした。
「おぉう…せんぶり茶」
苦くて、健康的と有名なお茶が置かれていた。別に舞花が面白半分で買ってきたのでなく、これが自然体なのだ。いつも健康的な体を目標にしており、こういう健康食材は目を輝かせるほど好きで二人にもしょっちゅう勧めてくる。
舞花は「美味しい美味しい」と幸せそうに言っているが、二人にとっては「どこが美味しいのか分からない」ほどあまり馴染めていない。とはいっても「不味い」と言って舞花が悲しむのは嫌で、顔は引きずるものの「美味しい」とは答える。その分、あとで悶絶するが。
「あっ!私としたことが、アップルパイにはお茶は合いませんでしたね」
「「おっ?」」
回避できるのは、と ゆい と南奈が見つめ合う。
「これは、南奈にあげるとして…」
「オウ、ノー」
自分で飲むのではなく、南奈に向けたその言葉に棒読み口調の英語を吐き、軽く絶望する南奈。小さなガッツポーズをする ゆい は彼女の不幸さに若干にやつき、それを見た南奈は歯軋りして悔しがり顔を歪めていた。
しかし、そんな都合のいい展開なんて今まであっただろうか。
「ゆい には新作で私のオススメの青缶を買ってきてあげます」
「えっ…ちょ…あの、舞花ちゃん青缶とは?」
不穏なネーミングが脳に疑問と不安が同時に刺激される。そんな ゆい の動揺に気にもとめず、舞花は自慢げに調べあげた情報の中の一際分かりやすいものをピックアップして。
「青汁とコーヒーを混ぜた幻のコーヒーなんですよ」
「オウ、イエイ」
南奈のが伝染したのか彼女もまた、棒読み口調で英語を吐き、軽く絶望した。未知なる味を求めてるのは新しい味の誕生を意味するが、何でも混ぜるのは無理がありすぎるようにも思える。
生野菜を搾った汁の苦味のある青汁とコーヒー豆を焙煎して挽いた粉末を湯または水で成分を抽出するコーヒーの苦味とでは、方向性が全く違う一缶。何を追求したものか、それすらも理解できない。
味の想像が難しい『青缶』を買いに舞花が立ち上がった時だ。
────それは、起きた。