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絶望世界  作者: 春夏秋冬
第1章 『避難都市脱出』
1/14

第0話 『世界の崩壊』

話の構成上、全体的に血や死体の描写は多めですので、苦手な方はご注意してください。


初めての作品になりますので誤字等あるかもしれませんが、楽しんで見ていただけたらと思います。

 世界人口の増加が深刻化する中で、ここ百年で女性の総人口が男性の総人口を上回るという特集が世界的にも何週間に渡って取り上げられていた。


 これといって男性だけが感染するような病気が流行しているわけではない。単に男児の出生率が大きく低下しており、それに加えて医療技術の進歩により平均寿命の伸びた高齢者も亡くなっていっているからだ。


 減っても増えないという少子化問題とは違い、男性のみ特化した問題に世界は悩まされていた。勿論、政府も対策を、試みたが依然として男児が生まれない。結果、年々倍の数で女児の出生率が増え続けるという現実。出産そのものが減ったわけではないのだ。


 とあるテレビ番組の特集では、そんな事態を話題にして専門家達による議論が行われるのもしょっちゅうだった。


 専門家達の見解は多種多様で『この増減で社会のバランスが崩れる恐れがある』や『一種のウイルスによる身体の異変の可能性もある』や『神による制裁のようなものだ』と未来を見据えた意見、原因の追求を込めた意見、宗教的な意見などが上がる。


 様々な見解の中で、一人の専門家の意見であったウイルスによる身体の異変について検査が始まる。血液検査や尿検査、唾液、皮膚、あらゆる可能性があるものを検査していったが、女性達からは何も異常が見つからなかった。


 今度は女性という観点から少し外れ、男性達の身体の検査をするも、何度検査しても原因の特定には至らなかった。


 原因はなんだのか。やはりもう一人の専門家が言う神の制裁とでも言うのだろうか。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが少しずつ、ほんの少しずつだが、世界に信者が増えていったのは事実だ。やがて宗教団体となり、世の中に混乱をもたらしたことも覚えている。


 そして、多くの専門家が問題視していた未来がやって来た。男性の総人口の減少は予想を遥かに超えるもので五年前の時点で最大人口の半分以上を切ろうとしていたのだ。


 これが意味したもの、誰もが見据えてきた社会のバランス。


 それが崩れた。


 こうしたことから女性を主軸とした女性社会が生まれ、法律や制度の変化が社会構造の変革に繋がり、今という女性国家が誕生した。当然、社会のバランス調整は困難極まりなく、失敗が絶えない過酷な日々が続いた。


 男性によるデモ活動も頻繁に行われ、衝突も何度かあったりする中で収束は難しいと言われていた。政治が環境に追い付けていないから、そもそも女性を主軸とする国家が間違っているなどと国民の不安は募るばかりだった。


 それでも、女性は強かった。

 どんなことがあろうと常に国民と向き合い、法律や制度の改変を繰り返し、当初と比較しても住みやすくなったという声が多くなったのも努力の証なのだろう。


 まだ、課題がいくつか残り、いつまた衝突するか分からない境界線を歩いている世界。それでも少しずつではあるが、社会のバランスが安定していっている実感が湧いていた。


 もしかしたら、それほど遠くない未来には平和な世界になるのではと思う日々が増えた。



 しかし。



 十五歳の時だった。


 二〇三五年。ようやく世界の景気も良くなった時だ。


 その年、世界は崩壊の一線を辿った。


 初めは、本当に些細なもので各国の環境汚染の話題がニュースとして報道されたのが始まりだった。環境汚染が深刻化する中で、このような話題は日常茶飯事もあってか、興味も薄れてきていたのも事実だ。


 それが過ちとは言わない。遅かれ早かれそのニュースが報道された時点で、もう既に人類の命運に判決を言い渡されていたようなものだった。



(逃れようのない悲しい未来を前に、俺はどんな顔をしていただろうか)



 事態が大きく動いたのは報道をしてから一時間後のこと、暴動事件が相次いで発生したのが次のニュースとなった。都市部で起きたため人が密集した場所での暴動に、駆け付けた警察官達は対応に追われていたであろう。


 けして、警察官達の対応が悪かったと責めたいというわけではない。ただ、真実を知った時、警察官達は一体何を思っていたのだろうか。


 ありふれた日常を壊し、恐怖や絶望を孕ませる衝撃。それは、全世界の放送局が生中継で報道していた。


 その複数のカメラが捉えられていた決定的な映像に世界は震撼し、同時にフェイクニュースとして批判的な声も上がっていた。



 人間が人間を喰らっていたのだから、疑うの無理もない。



 現地のリポーターがパニックになりながらも、全世界に出来る限りの情報を与えようとしていたことを今でも思い出す。信じる信じないは五分五分だったが、その数秒後に、そのリポーターも襲われて映像が途切れるという目を離したくなる光景に信じる者も少なからず増えただろう。


 更に追い討ちをかけるようにネットにあがる動画には緊迫した状況下の映像が流れ、より信憑性を訴えるものだった。何十人、何百人、何千人以上と増えていく投稿者に世界は恐怖を刻み込まれる。


 どのタイミングで世界が動いたかは分からないが、訴える動画以外で何か動きがあったからかもしれない。


 世界は認めざるを得なかった。背いた時間を取り戻すように情報を拡散させていく。しかし、現状を知るためのライブ映像は安全地帯である上空からの映像しかない。すべての状況を知る唯一の収集源だったこともあって、脅威が一体どれほどのものかを把握するのに時間がかかる。


 これらの映像から狂気と化した人間のことを映画に出てくるゾンビの頭文字をとって『Z』と名付けられ、世界に浸透されていった。


 この非常事態に世界各国の政府はついに軍事作戦を決行しようとしたが、既に感染はアジアの大都市だけに止まらず、被害は他国にも及んでいた。たった数時間という短い時間に広がる急速な感染に世界は戦慄し、感染域から近い地域は独自で避難を始める者もいただろう。


 感染を防ぐ手立てがない今、決死になって感染を食い止めるしかなかった。すぐさま軍や特殊部隊による『Z』の殲滅を試み、広範囲に軍事展開がされる。しかし、不死身の体を持ち、圧倒的な数の暴虐によって軍もなす術なく、大勢の犠牲者を出してしまう。


 この悲惨な結果に各国の政府は同盟を結び、『Z』の脅威から防ぐ目的として対策本部をアメリカに設置した。勿論、他人事ではない日本も参加を決意し、世界が一丸となって支援し合う形になった。


 数日におよぶ戦闘は続き、各国の軍があらゆる手段で対策を練る。結果、勝利を信じた世界の希望も虚しく、それさえも破った『Z』の進行は拡大の一歩を辿る。


 二週間で海を跨いで北アメリカ、南アメリカ大陸に続き、オーストラリア大陸にも『Z』を確認。その後の感染拡大には対処も間に合わなかった。結局、六大陸の日本などを含む島々を残して、壊滅的な被害を受けてしまったのだ。


 それはもう復旧の見込みもなく、完全に国自体の機能が停止するくらいに、『Z』に侵食されていった。


 しかし、アメリカで『Z』化した人間の研究が進み、解剖や試験によって、あらゆる情報が公開されることなる。


『Z』化するのは女性限定であり、男性が噛まれると細胞が壊死し、そのまま死に至るという特異性のあるウイルス。

 空気感染はせず、主に血液感染などといった経路で拡散すること。


 更には生物であり雌である点であれば、感染は確認されるされるという。犬型や鳥類型の『Z』の目撃情報もあり、今後の経過次第で新種の数も増えていくと予想される。


 それが分かった所で対策のしようがないのも、厄介なウイルスだとアメリカ政府は頭を抱えていた。抗ウイルス剤の発明は極めて困難を辿り、日本も研究は続けているが現在でも大きな進歩は見られない。


 その僅か数日後には大陸から離れた島国に感染が確認され、瞬く間に『Z』の脅威に晒される。日本もその一つに含まれ、逃げ場のない島国では国の存亡を賭けて戦い続けた。



(鮮明に浮かぶ、絶望の地獄絵図。耳を塞いでも聞こえてくる悲鳴には、何度も苦しめられた)



 日本は最後まで武力を屈して抗い続け、多くの兵士を送り込んだ結果。国民も含め約八千万人の犠牲者が出したものの、唯一『Z』の脅威を退け、勝利をもたらしたのだ。


 ただ、その勝利を掴むために国土の九割を失い、都市から離れた地方で壁を建造して壁の中で暮らすことを余儀なくされた。


 果たして、これが勝利と言えるのだろうか。誰もが疑問に思っていただろう。




 ────それが。




「もう、十年以上前の出来事になるのか…」


 男性が昔の出来事をガラスの外を眺めながら思い出し、轟音が響く機内で呟いていた。ただ、視線の先は暗闇に包まれた世界でガラスに反射した自分の顔しか目には映っていない。


 ここは関東地方でも有数な面積を誇る工場地帯。今は廃墟と化したその上空に。七機の戦闘へリがフォーメーションを組んで、高度一〇〇メートル前後を保ちながら周辺を大きく円を描くように水平飛行していた。


 そんな数ある中の一機に男性は搭乗していた。ガラスから変わりばいのない反射される自分の顔に見飽き、重い扉を開けて身を乗り出しては、下の状況を受け取った暗視装置が取り付けられたゴーグルで確認する。


 扉を開けたことで容赦なく入り込んでくる強風で乱れる髪さえも気にせず、揺れる機体に悠々と座り込む。そんな姿に同席していた七名の女性達は何故か顔を曇らせる。


 恐怖というよりも悲しみに近い色を見せて、ヘッドホンに取り付けられたマイクに一人の女性が言葉を放つ。


雲雀ひばり先生…まだ病み上がりなんですから、あまり無理はしないでください。本来でしたら先生は治療に専念しなくてはいけない状態のはずなのに…。何度も言いますが、私はまだ先生が参加することに賛成したわけではありませんから」


 機体の照明が消されているため、はっきりとした顔立ちは見えない。しかし、雲雀と呼ばれる男性はその声の持ち主をすぐに判別すると、自身にも取り付けられたマイクで応答する。


「心配されることは承知の上でもみじさんには許可を貰っているが、帰ったら絶対安静って怒られそうだがな」


「椛さんは雲雀先生に甘いんですから…」


 皆が心配してくれている気持ちは分かっているつもりだ。しかし、雲雀の参戦に納得していない者は少なからず彼女以外にもいるだろう。そういう視線も感じ取れる。


 それでも、彼が参戦する理由がある。


「……これには何か企みがある。敵の罠にかかりに行っていることは皆も理解しているの思う。それが、どれほど危険で不利な状況なのか…今日でまた大勢の人が死ぬかもしれない。親友や恩師だって死ぬ時は一瞬…それでも残った者にとっては一生の心の傷を負わされる。俺はそれに負けた………だけど、皆が立ち上がらせてくれた。そんな皆を助けたい、守りたい、失いたくないという気持ちだけじゃ足りないかな?」


「…確かに雲雀先生の手助けは喉から手が出るほどのものです。私達は決して強いわけではありませんから。でも、それはあくまでも雲雀先生が万全の状態であればの話であって今の状態じゃ私は反対です。今の先生に戦いなんて…」


 表情が読み取れなくても声の調子でなんとなく思い浮かぶ。彼女が言うように体はいつ壊れてもおかしくない程まで重傷を負っている。見える範囲でも顔や腕から手にかけて包帯が巻かれている。こうして機体に揺られていることさえ、激痛を走らせている状態なのだ。


 心配されるのも無理もない。


 男性はそんな激痛にも耐え、優しく「大丈夫だ」と答えるが、黙り込む女性は未だに納得の表情には至らない。


「はぁ…」


 何度言っても彼の意志が変わらないことは、今まで背中を追ってきた彼女からしては分かりきっていたこと。ため息を吐きながら女性は持っていたタブレットを操作して、隊員が被っているプロンプター内蔵型の透明シールド付きヘルメットに画面を映す。


「それでは、改めて今回の作戦内容を確認します」


 今回の作戦は第一陣、第二陣という構成での展開で、()はかなりの強者と予想して複雑で濃密な作戦内容になっていた。ミーティングで設けた時間だけでも足りず、タブレット型端末に一斉送信して各自で確認してもらっていた。


 補足も入れた女性の説明に周囲の隊員も頷き、質問も交えながら再確認していく。


「………」


 男性は今回の作戦に、多くの隊員を動員したことに不安があった。一ヶ月前に起きた悲劇を繰り返したくないという思いの中、今回の作戦には皆の力が必要なことが複雑なのである。


「…不安な気持ちは分かります。…今回の作戦に関しては皆、怖いと思います。囮と偵察の両方を担う役割である私達は、死の覚悟をしなければならない。ですが、ここにいる皆はそれを理解して志願しています。仇を討ちたい…死んでいった者のために……。私だって、その一人ですから」


 声に含まれる怒りの感情が伝わってくる。


「仇を討ちたいか…気持ちは分かるが、一つしかない命をもっと大切にしてほしい。あれは…誰にも予想ができなかった奇襲だ。作戦もない状態では自分自身の判断で動かなければいけない。命が危ないと思ったら逃げたって誰も責めないのに…」


 声が震えてしまう。思い出すだけで感情が揺さぶられ、強烈な嗚咽を我慢せざるを得なかった。


「不安にさせてしまったのでしたら、すみません。でも、それは私からも言わせてください。一人で抱え込んで、自分を蔑み、傷付け、死のうなんて思わないでくださいね?…もう一人で抱え込まないって言われた時、私…すごく嬉しかったんです。やっと先生に必要とされたんだって」


「…そんなことはないぞ、心望このみ。逼迫した状況が続く中で、心望の存在は大きかった…。疲れた心を癒してくれて、この子がいつまでも笑顔で楽しそうにできる未来を望みたいっていう思いが強くなっていった。俺の士気を高めるには十分すぎるものだ。でも…そんな子が、今じゃリーダーを任せられるほどに強くなって…皆をここまでまとめ上げたことは凄いと思う。ありがとう」


「……っ!!い、いえ…そんなことはないです。私がここまで強くなれたのも雲雀先生の背中を追いかけて育ったからだと思います。雲雀先生だからこそ、今の私…ううん…今の私達がいるんです」


「…本当に強くなったな。俺も皆に救われた…」


 体を座席の背もたれに預け、自然に天井を見上げる。流れ込んでくる記憶に頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されていたが、その網目状の記憶から一際鮮明に浮かぶ光景が映る。


 感謝しても仕切れない。死の境地にいた自分を仲間が救ってくれたおさげで、今こうして前へ進むことができた。


 雲雀はこれ以上は涙を堪えられないと悟って、天井に向けていた視線を女性に戻す。


「…これから先、どんな未来が待っているか分からない。だから、もし…俺────




 ゴシャアアアアアア!!!!!!と目映い閃光、鼓膜をつんざくような轟音が間近で響く。熱と衝撃波をもろに受けた人体は五感のうち三つの機能に影響を与えた。




 機体は激しく軋ませながら大きく揺れ、同乗していた者は投げ飛ばされないと必死に掴まる。赤く明滅するライト、異常を知らせる警告音が目と耳が無事であることを認識させる。


 自分達の機体がどのようなダメージを受けたのか、墜落しているのか。様々な不安が表情に刻み込まれ、悲鳴が機内を木霊する。


 男性は微かに見える光景から何とか情報を得ようすると、すぐ隣で燃えた機体が一機落下していたのだ。頑丈な装甲は爆発の威力をもってひしゃげ、燃える機内には同士の遺体が転がっていた。


 出発前に整備は済んでいた。何か整備トラブルしても異常を知らせる連絡は来ていない。



 否、爆発の原因は分かりきっている。



 あの機体にどれほどの人がいたことだろうか。それぞれ抱える思いを、覚悟を胸に。これから起きる戦闘に信念を燃やしていたはずの隊員が一瞬で命が絶ったのだ。


 これが戦場なのだと思い知らされる。


 一面が金属の建物で出来ている工場地帯にヘリが墜落すると、重要なパイプラインさえも巻き込んで大爆発する。一発目の爆発で近くにいた雲雀達のヘリも衝撃波で大きくバランスを崩し、高度が維持出来なくなっていた。そこに今の爆発が襲うと機体はいよいよ操作が難しくなる。


 状況は更に悪化し機体が回転を始めた。機内にかかるGは体を座席に固定しているとはいえ、振り落とされるような感覚には反射的に何かに掴まってしまう。


 状況把握をしようとしても時間が経って目や耳は回復しているはずなのに、機体の回転に景色が流れては正確さに欠ける。


「着陸は出来ますか?!」


 機体のバランスが安定しないことは、着陸ではどうなるのか理解できてしまう。工場地帯とあって平らな場所も限られる中で、周囲が金属の建物で連なっている。そこに墜落すれば、重要なパイプラインを巻き込んで大爆発の可能性だってある。


「やるしかないっしょ!!」


 操縦士の腕が試される。彼女の言葉に女性達は更に体を固定して、自分の身を守る体勢に入る。男性も自分の席に戻り、衝撃に備えた。顔の覗かせてはヘリの高度を確かめようとした───その時だ。


 凄まじい衝撃が襲った。

 同乗者の悲鳴なんてものはない。口を開けば舌を噛み千切り、踏ん張った力も吐き出した息と共に抜けてしまうからだ。焦げた臭いに燃料の臭いも増して、常に不安と恐怖の協奏曲が体全体で感じ取る。


 何度かバウンドするような衝撃の後に金切り音が機内に響き渡り、遂には機体が回転を始めた。一瞬だが何度も訪れる天地が逆さまになる独特の浮遊感が体を包むと同時に、何度も上下左右に持っていかれそうになる。


 脳が震え、明滅する視界の中で窓から機体が大破していく光景が映り、その衝撃さに冷や汗が噴き出す。


 長く短いような時間の後、機体の側面が地面に着いた状態で止まった。散々、回転したことで目の焦点が合うまで少しの時間が必要だった。次第に物の輪郭がはっきりしたところで、自分が置かれている状況を理解する。


 地面に背を向ける男性の向かい側に複数の隊員が宙吊りの状態にあった。その中に心望の姿もあり、額に血を流してはいたが、骨折しているような素振りもなかった。


 しかし、生存していることに安堵している暇なんてない。燃料の独特の臭いが鼻を突き、爆発の可能性が急激に浮上したことで、急いで機体から離れなければならかった。男性はシートベルトの固定を解除して立ち上がると、身体に襲う強烈な立ち眩みが意識を奪いにくる。


「ひ、雲雀先生!」


 呼ばれていることにワンテンポ遅れた男性は、宙吊り状態の心望のシートベルトを外して抱き寄せる。他の隊員も彼女と同じ状態の隊員達を救出していくが。


「隊長…伊吹さん、が……」


 操縦室の方から呼ぶ声が聞こえた男性はそちらへ駆け寄る。そこに一人の隊員が泣きそうに寄り添っていたのは、この機体の操縦を任せられた女性だった。彼も寄り添って初めて分かる事態に顔が歪む。


 落ちた衝撃によるものか、機体の損傷が特に大きい箇所に女性が座っていたのがまずかった。変形した残骸の一部が女性の肺と腹を貫通していたのだ。


「ひ、雲雀………」


 止まらない血の量を見て、助けられないことを理解したくなかった。彼女には家族がいる。家庭がある。今回の作戦が勝利だと信じて母の帰りを待っている子供もいるのに。


 それを成し遂げられなかった。男性は悔しさを胸に、冷静を装って優しく声をかける。


千尋ちひろさん、ゆっくりでいいです…俺はここにいますから」


 呼吸も辛いだろう。痛みで頭がおかしくなりそうだろう。それでも自分の死期を理解した上で、それでも女性は言葉を一つ一つ紡いでいく。


「負け、なぁ…いで…。かっ………て、未…来を作っ…でぇ──」


 彼女のおかげで他の隊員が生き延びることができたのだ。感謝をしてもしてきれない。


 そんな命が絶えようとしている彼女からの最後の言葉に隊員一同は涙を流しながら敬礼する。


 これまで人類のために戦ってきた功績を讃え、如何なる状況にも消沈した隊員を奮え立たせてくれた彼女の言葉を忘れない。


「千尋さんの思いを受け取りました…だから、安心して目を瞑ってください」


 握り締める手は冷たく、弱々しい力が返ってくる。本当は生きたいと誰よりも強く思っていたに違いない。それこそ、我が子の成長を見届けれなかったことを悔いているだろう。


 それでも、彼女が男性の言葉に否定的な感情を抱かなかったのは、この崩壊した世界をきっと彼がより良い未来を作ってくれると信じていたからだ。それは今まで背中を見てきた彼女だからこそ、子供のことも任せられると確信していた。


 だから。


「ん…」


 そう反応すると、安心したかのような顔をして女性の命が失われた。


「………」


 力なく落ちようとする腕をゆっくり下ろす。男性はおもむろに立ち上がったが、闘志満々な殺気に他の隊員が息を呑む。彼女のことをここにいる誰よりも知っている彼から伝わる怒りには、他の隊員さえも寄せ付けない圧を感じる。


「雲雀先生…」




「敵襲です!!」




 周囲を警戒していた隊員が声を上げる。浸っている時間も与えさせない。爆発で奴らがこちらに向かって来ることは分かっていたことだ。


「総員、武器を持つんだ。このまま作戦を遂行するためにも俺達が敵を引き付ける。どんな手を使っても錯乱させるんだ!」


 男性は別れを惜しみながらも先陣を切って行動を移す。すると、去り際に男性は亡くなった彼女の左親指にはめられた指輪を取る。何の変哲のない銀色の指輪だが、それには名前が彫られており、軍で言うところの身元が分かるドックタグのような役割をしている。


 この遺品だけでも家族に渡さなければならない。


「「「はい!!」」」


 燃え始める機体から離れ、高台に移動した途端に機体が爆発した。その音に群がる『Z』を睨み付ける中で、男性は群がる『Z』とは別に、向かい側の高台にいる個体に睨む。



「…リベンジ戦だ」



 静寂に包まれた工場地帯が戦場と化した。

ご覧いただきありがとうございます。


初めての作品で区切りが良かったので今回は0話から13話のみ投稿します。


今後の更新については、仕事が多忙ですので頻度はかなり悪いと思いますのでご了承ください。m(._.)m

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