四万十
「貴方が・・・いえ、コレが神ですか」
目の前に立つ背の折れた老人に向かって、私は残念そうに呟いた。
私の信条としては、神は概念であって欲しかったのだ。これでは形骸化してしまうではないか。確かに色んな神がいるが、私は私の中に神が居座っている。むろん、形骸化などしない。不変で不滅な存在だ。
「それでは、こちらは異世界転生においての必需品、スキルとなっております」
偽神である老人が、私に光る球体を差し出してきた。それを受け取ると、グラスの中に入る氷のように体に溶け込んでいった。少し動揺したが、これが何かの授与の儀式なのは明白だった。
何を譲渡されたのかは、その後に偽神から説明された。
私のスキルとやらは開示。相手と契約を結ぶことで、相手方の出生から生い立ち、様々な経歴や信念までもを閲覧することができる。ただしその契約を結ぶという行為は、契約書に直筆の名前を書くだけではなく、血判も必要であり、口頭と紙面での二重契約をしなければ発動しない代物。私が異世界に送られて、まず直面した危機は、戦闘面ではこのスキルは無に等しい。ギルドの人間に助けて貰わなければ死んでいただろう。
次にこの世界では紙が高級品であること。これにより市民権を持たない一市民でもない私が紙を扱えることもない。ギルドへ入るのに逆に契約させられたのは良き思い出である。
この弱点を克服するために私はまず、紙を作ることに決めた。なぜこの世界で紙が高級品なのかは、現代の歴史と全く同じであった。技術を独自で生成し、その時に技術者と契約し、言葉巧みに誘導し、需要と供給を生み出した。おかげで今では紙の生産国第二位には入る国になった。
その過程で私は地位を得た。総合ギルドエヴェンス領統括。ギルドは行政が関与しない民間の集いだったが、現在は出資者や土地主が頭にいる。行政機関よりは少し融通が利くだけの団体であり、民間を謡いながらも行政とはズブズブの切っては切れない関係である。そんな団体の統括に、あくどい手で成り上がった私は、常々命の危険に狙われている。
だから次は良き友人を作ることにした。丁度その頃に、異世界転移した人間だけを集めた師団を作ろうとしている者がいた。その人間が語る本質的な師団は、転移した人間達で徒党を組み、共に助け合い、悪質な転移者達を処刑する団体とのこと。下にも末恐ろしい団体だ。私は鳥肌が立った。その思想にもだが、それを笑顔で語る男にもだ。
理想を共にするならば敵にはならないが、反した場合はこの男はやる。数回の顔合わせで一番敵に回してはいけない人間だと理解した。だからこそこの男とは良き友であるべきなのだ。私と男は協力関係になった。ギルドと王国の兵団。またここに切っても切れない関係が出来上がったのだ。
私の殺害を試みようとすれば、男が動く。逆に男の兵団に害なすものがいれば、私が動く。両社の利害は一致し、私の安然は軽く保証された。信頼できる部下。そんなのは要らない。私が信じるのは、その人間の信念だ。信念を解読し、理解し、把握し、掌握する。信頼を掴み取っておくのだ。そうすれば対人関係で窮地に陥ることはない。
朝日の射す窓に祈りを捧げてから、私は部屋の扉を開ける。
「おはようございます先生」
扉を出ると、すぐ隣に待機していた、信頼できる部下の雁金來亞が、まだ昨晩の姿のまま立っていた。
「おはようございます。早起きですね」
「ショートスリーパーですから~」
「健康によろしくないらしいですよ。深く寝れるお茶を差し上げましょうか?」
「結構です~」
昨晩の事を根に持っているようで、不愛想な態度だ。この女も私のスキルの事を理解しているのに、どうしてどの契約者も私のスキルの完全な弱点に気がつかないのかが不思議でならない。私は内心どこかで、もしかして気がついていてこの態度ではないのかと思ったりもする。
私のスキルの使い勝手の悪さはもう一つある。それは契約した場合、私の方の契約書で相手も私のすべてを開示することができることだ。まさか私のスキルを相手が使えるとは思ってもいないのだろう。人間の認知能力とは面白いものである。
この使おうにもリスクの高すぎるスキルを授けた、あの偽神はこの状況をどう見ているのか。私の見たではワザと使い辛いスキルを渡して、その成り行きをエンターテイメントとして鑑賞しているのではないかと思えて仕方ない。あれは偽神であり、悪神なのだろう。
私はあれの思い通りにはならない。