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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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上益八常

 切る。その行為は僕にとっては、箸で飯を食べるくらいは日常的な行為だ。子供のころに親の背中を見て育ったからか、それとも親がその職業だったからか、どちらにせよ、僕は敷かれたレールに沿って、この職業になっていたと思う。


 美容師になってから、理容師資格も取って、親の店を受け継ぎ、日々近所のおじさんや、美容師時代のお客さんの髪を切っていた。僕は誰もが口を揃えて言うほどにお人よしらしい。自分ではそうは思わないだけどね。


 誰かが困っていたら引き受けるし、僕の手の届く範囲ならば誰かの役に立ちたい。関係を断ち切るなんてもってのほかだ。


 そのせいで僕は、僕の沸点がどこにあるのかを理解していなかったんだと思う。僕の許せないこと、それは、虚偽だ。ある古く長い付き合いのある友人が僕から大金を借りて、返さずに五年経った。その友人は返せる余裕があったのに、返さなかった。


 僕は憤慨した。そして憤死したらしい。


 怒り狂いそうになりながら、髭がもじゃもじゃの老人からスキルとやらを貰った。このスキルというのが僕とは相性が良くて、なんと切断というスキルだ。髪切り屋の僕としては儲けものだと思った。実際にこの切断は使用期間が一か月以上の鋏でないと発動しないスキルで、その条件をクリアすれば、なんでも切ることができる。


 相性は良くても僕はそのスキルを使わなかった。なぜなら僕の鋏は髪の毛を切るものであって、他のものを切るものではないからだ。


 最初に流れ着いた村では転移者だと蔑まれていたけど、そこで事件に巻き込まれて、最終的にその村の村長の養子になった。晴れて僕は異世界で市民権を得て、上益八常という名前を変え、カエサルという名を貰った。


 現在はレヴリス王国の兵士であり、師団長を務めている。ここに来た時よりも筋肉量もついたし、髭も生やしたり、生傷なんて数えきれないくらい増えた。もう立派な兵士になってしまった。だからか余計に義憤に駆られやすくなってしまったのだろう。


 兵士と言う立場を利用して、レヴリス王国に蔓延る犯罪を取り締まりを強化した。不定住者の喧嘩から、貴族の汚職まで。できる範囲ならでだけど、それなりに貢献している。おかげで特定の層からは白い目で見られるけど、それ以上に高評価を貰っている。


 ただ最近になって、同じような異世界転移者が犯す犯罪が増えてきている。僕が転生者だとは村の人間しか知らないし、軍の中では同郷の者もいないので、誰も知らない。しかし僕はそんな異世界転移者の犯罪者を取り締まる仕事を押し付けられた。僕を目の上のたんこぶだと思っているエヴァンス卿の仕業だろう。


 師団員は全員僕の事を尊敬してくれている。荒くれ者も多いが、規律を重視する面をおいては第五師団は優秀だ。ただ、異世界転移者にはスキルとの優れた、こちらの元々の世界の住人には持っていない代物を持っているのが厄介であった。殺生沙汰の物取りとは違い、スキルで抵抗してくるので、ものによっては人死にが多く出る。


 第五師団から死人が多く出ると、現在王位争いをしていて、その渦中にいる僕としては人数を減らすことはできなかった。かと言って、この仕事を投げ捨てるわけにもいかない。そこで同じ転移者である男に助言を貰った。その男はエヴァンス卿が統治する領土のお膝元のギルド統括である。


 男は言う。同じ仲間を集めてみたらどうか。


 転移者は確かに存在する。過去に遺恨を残したせいで、迫害対象なだけで、それを身をもって知った転移者達は秘かに暮らしているだろう。犯罪者に成り下がっていない、または改心の兆しがある転移者を集めて、一個小隊を作ればいいのだ。対スキル持ちの小隊。目には目を歯には歯をの精神だ。


 僕は公務を熟しながら、東奔西走した。転移者は現れても、この世界に馴染めずに自殺するものも多い。スキルが驚異的なものならば、それを自己利益のために使うものも多い。善性があるものは、知性と運があれば生き残れるが、どちらもないと目と耳にするまでに死んでしまう。


 三か月かかって、やっとのことで四人見つけることができた。一人は地元の住人さえ立ち入らず、人間が侵食を止めることしかできない腐海から一人で脱出した比類なき生命力を持った、青空夕大。一人はこの王都レヴリスの診療所にいた女医、高取玉枝。一人はせこいスリをしていたが、改心した青年、出町柳京介。一人は。


「おーい、大将! 酒飲もうぜ酒!」


 ノックもなしに執務室の扉を開け放ったのは、青空夕大だった。片手には酒樽を軽々と持って、僕と自分用のジョッキまで持参している。腐海から脱出した彼は、どうやら五年もの間腐海で暮らしていたらしい。普通は腐海では人は一週間は持たないとされているので、彼の生命力は国を揺るがすものであった。


 沢山の人々が彼を欲しがったが、僕が手を回していたので、最終的に僕の手元へとやってきた。


「まだ公務中だ」

「いいじゃないか。所詮は現代に劣る、中世の蒸留酒、まずい水だぜ。飲めるときに飲まなきゃ損々」

「全く、君って奴は。今日はどんな奇想天外な話をしてくるんだい?」

「へへっ、大将はそうでなくっちゃ。今日は、一つ目の巨大トンボの話でもしますか」


 師団員の前ではカエサルだけど、同郷の志ともなれば、僕は上益八常に戻れるものだ。





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