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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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雁金來亞

 自信が無かった。顔も、声も、体形も、能力も。何もかもに自信が無かった。だけどある日、その自信のない事柄は、普通ではないことが分かった。あたしの声は、普通からすれば変で、変だからこそ、需要があるのだと時期早々に理解した。


 あたしは二次元の絵の皮を被り、虚業の電子の海へと飛び込むことを決めた。そう、いわゆるVtuverというやつだ。


 普通にできないからこそ、需要がある。自分が普通だと思っていたことが、画面越しの文字達には普通じゃないようだった。その特別感があたしを認めてくれていて、心地よかった。


 文字達にも生活や自我があるのは最もだが、この放送、この場ではあたしがスポットライトを当てられたシンデレラなのだ。そこに画面外の意志なんて必要とされていないのだ。文字達を軽蔑している訳じゃない。彼らもまた普通から外れた者達なのかもしれないし、あたしがされた事を文字達にするのはどの面下げているのかと失笑したくなる。


 あたしはあたしの舞台を乗っ取るなと言っている。これはあたしの舞台だから、デウスエクスマキナの文字達には出過ぎた真似をするなと言っているだけなのだ。だが、それが理解できない文字達の逆鱗に触れた。もしかしたらあたしの伝え方が悪かったのかもしれない。


 Vtuverは身元がバレるのを防止できるのが利点だ。ブルーオーシャンの時代なので、社会性のないはみ出し者も少なからずはいる。あたしもその一人だし、そういった面を隠して活動している人間もいる。まさかあたしの出世を妬んで、あたしの個人情報を怒る文字達にコッソリと現金で売る奴がいるとは思いもしなかった。


 あたしは文字の一人に身元がバレて、激情されて、口論の末、刺された。そして死んだんだ。


 死んだ先ではイケメン流し目ホストが、あたしに異世界転生の説明をしてくれた。そっち系のアニメは全く見ないからよく分からなかったけど、とりあえずマジやべースキルをくれたらしい。


 変身。


 あたしにはちょうどいいスキルだ。別にカフカの小説のようになる訳でもないし、このスキルを使って、現実世界での教訓を生かして異世界で生きていくことにした。現実世界での教訓? そんなのは簡単だ、人を信じるな。だ。


「せ~んせ。はい、こ~れ」


 あたしは自慢の声ではない、他者の声を使って、この異世界には似合わない背広を着た男が座る、ソファーの隣に腰掛ける。腰掛けた後に、男の前のテーブルへと、依頼物であった契約書を、ウィスキーが入ったすりガラスのようなコップの横に置いた。


 男はあたしを一瞥してから、目の前の契約書へと視線を戻した。一瞬眼鏡に反射したあたしは、娼婦のような派手で淫らな赤色の服を着て、ドのつくほどの金髪の姿をした女であった。あたしとは似ても似つかないな。


「確かに」


 男が契約書に手を翳すと、契約書から沢山の文字が浮き上がる。それはあたしでも読める日本語で書かれていて、形式ばった書かれ方ではあったが、この契約書の契約者である、エヴァンス卿の名前から、お尻の穴の秘密まで書かれているようだった。


「これってぇ、わたしも見てもいいんですかぁ~?」

「別に構いませんよ。漏洩したところで、貴女の首が閉まるだけですからね」

「いや~ん。こわ~い。わたしはそんな事しませんよ。先生は知的で、わたしの裏切りにさえも先回りして先手を取っているんでしょ? だから裏切るなんてありえな~い」


 先生と呼んでいるが、この男の名は四万十。あたしと同じ転移者で、日本人。エヴァンス公爵領にある繁華街が栄えている街で出会った。ファーストコンタクトは最悪だった。あたしが変身のスキルで、四万十をカモろうと思ったら、この男はスキルも使わずに、あたしを看破してみせたのだ。その時点であたしには敵わないと思い知らされた。


 あたしは四万十と契約した。悪魔の契約だったのは後に分かるのだが、とりあえず現状は仕事仲間と言ったところだ。あちらがあたしのことをどう思っているかは知らないが、お互いに信頼関係は一切ないとは言える。


 四万十は流し目であたしの事を見つめる。あたしが流し目好きなのを知っての所作なのかは知らない。


「私も貴女が愚かではないのは知っていますよ」


 四万十がふふっと嘲笑じみた笑いをする。格付けは終わっているので、笑顔を絶やさずにしておく。


「せんせ~、報酬は~?」

「こちらですよ」


 契約を履行したことにより、さっさとこの場を去りたかったあたしは、現金ながらも報酬を要求すると、あたしとは反対側に置いてあった革袋をテーブルに置いた。テーブルに置いた時の金銭が擦れる音と、重量感のあるドサッという音が、あたしの達成感を満たしてくれる。


「わ~、今回は先生太っ腹だね~」


 いつもよりも報酬額が多いのは、エヴァンス卿の弱みを握ったからだろう。次期王候補の立役者でもあるエヴァンス卿。そんな官僚のような男の弱みを握っている。四万十がどう料理するかは甚だ知らないが、有効活用するのは間違いないだろう。あたしには関係ないけどね。


「暫く会えなくなりますからね」

「え~、せんせ~どっか行っちゃうの~?」

「ファルガ村の調査依頼が来ましてね。少し、厄介なのですよ」


 四万十は元々の素性は知らないが、現在の素性は総合ギルドのエヴァンス領統括者だ。あたしは別にギルド員でも何でもない、ただの雇われのスパイ。都合の良い手足であり、耳と目でもある。ただ都合がいいけど、変身のスキルのおかげで変えはききにくいので、重宝されているのだろう。


「へぇ~そうなんだ~、大変だね~」


 会話を流す。もう報酬を貰ったし、これ以上訊いたところであたしには関係ない話をされるだけ、それにこの口ぶりからして。


「その報酬金の倍を出すので、同行しませんか?」

「・・・倍ってことは~、命の危険が伴うってことでしょ~?」

「そうなりますね」

「それは嫌」


 命があってこその生活だ。この金も死んでしまえばあたしのではなく、誰かのものになるだけ。あたしはあたしが決めた分の仕事しかやらない。それがたとえ危険だとしても、あたしの技量に見合うならばやるだけだ。


「同行するギルド員になってくれればいいだけです。私も戦闘向きではないので、兵士も一緒に護衛として同行するので、比較的に安全ではありますよ」

「嫌。あたしも戦闘向きじゃないし、兵隊も信用できない」

「そうですか。ではそれらの同行者が転移者であってもですか?」


 その言葉を聞いて止まってしまう。あたし達以外にも生存している転移者がいるのだと、それがもし同郷の人物だったら、グループの輪は広がるだろう。だがあたしにその言葉は刺さらない。他人など信用に値しない。


「先生は嬉しいかもしれないけど、人が増えれば秘密も保持するのが難しくなるよ。あたしのように清濁併せ吞む人間ばかりじゃないでしょ?」

「そうですね。では寛容的な貴女は私の味方ですよね?」

「・・・」


 脅しだ。あたしがこの男と交わした契約は、四万十の仕事を手伝うとだけ。ただこの男のスキルは契約したら、ありとあらゆる情報を開示させることができる。そのせいであたしの素性はバレている。こいつのお願いを断ると、あたしの不利益な情報を吐かれる可能性がある。それを今後出会う転移者に語る可能性を示唆している。もしかしたらあたしの代わりになる人間を見つけるかもしれない。そうなればフリーランスのあたしは、国賊として追われる立場にもなりかねない。


「わかった」

「よかった。大海のように広い心を持っている清い貴女ならば、断るとは思ってもいませんでしたよ」


 この言葉を文字として捉え、文脈を読める技能があれば、あたしはこいつと契約などしていなかっただろう。



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