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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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張磨蔵権③

 野盗団の拠点は酷く臭った。獣臭と排泄物と腐臭。それらが織り交ざった耐えがたい臭い。それを我慢しておれ達は捕虜が捕らえられている場所へと、道中誰とも鉢合わせないように祈りながらこっそりと進む。


 幸い火災のおかげで、拠点にいる団員が消火活動に当たっているようだった。


 捕虜となっている村の女達がいる小屋まで辿り着いた。小屋は門から反対側で、拠点の尻に位置する場所にあった。唯一の出口である門からは遠い。つまりは連れて逃げるのは難しい。仮に出れたとしても、魔物が潜む険しい山道を降りなければならない。


 日も暮れ始めた。辺りは暗くなり始めている。夜襲、火計、奪還。事はうまく進んでいる。あとは安全に逃がすだけ。


 扉を開けると、女達が七人程いた。蹲っていたりしていたが、外から射す僅かな光を目を細めてこちらを向いた。全員身形が少しだけ小汚いだけで、服もきっちり着ていて、飢餓からくる細身などは見受けられなかった。


 部屋も糞尿の臭いよりも、香油の匂いの方が強かった。


「イザベラ!」


 ジョニーが女たちの中に自分の妻を見つけたか、すぐさま抱き着いた。イザベラは震えた手で抱き返した。その時に腕に紫色の痣や、刃物を入れられた傷跡があるのに気がついたのはジョニー以外だろう。


「ど、どして? どうやって?」

「助けに来たんや。この人らは味方や」

「話すと長くなります。今から山を降ります。捕らわれた人はこれで全員ですね?」


 ジョニーが感極まって説明を始めようとしたので、カエサルが割って入った。カエサルの質問にイザベラは小さく頷く。


「動けない人はいますか? どうしても体調が悪ければ背負えます。ですができれば、迎撃のため両手を開けた状態で下山したい」


 女達は誰も手を挙げなかった。全員の身体的健康状態は良い方だと言えよう。感情が爆発して泣き出されたりしたら、どうしようかと思っていたが、誰も泣かなかったのは、泣いていられない状況だと理解してくれているからだと思っておこう。


「何をしているんです?」


 おれ達の中の声ではない男の声がした。それは小屋の外からであり、暗がりの小屋の中にいるおれ達に向けた問いかけなのは火を見るよりも明らかだった。


 全員が生唾を飲んだ。最初に動いたのは來亞だった。


「へへっ、すみませんね。ちょっと女達の様子を見に来てたんすよ」


 変身で身形を変えている來亞だけが、外にいる男と会話できる。こちらからも男の姿形を確認できないが、來亞が最初に姿を現して、敬語で話す相手となると、それはここを支配している転移者の誰かになる。カエサルと夕大もその事実に気がついているはずだ。


 一つ。転移者であるならば、ここの全員でとってかかれば、一人は討伐できるだろう。だがしかし、相手がクシロかイリオモテのどちらかは判断できない。クシロならば、魔物を従えていて、自衛の手段として近くに従えているかもしれない。反対にイリオモテならば、人心掌握系のスキルで脚を止められてしまう可能性がある。どちらにせよ、スキルを使わせる前にやるしかない。


 行動の選択はまだまだあるが最高は述べた通り。最善最高ではないが、最高。


「イリオモテさんはどうしてここに?」


 來亞のキラーパスが通った。相手がイリオモテならばスキルを発動させられる前にやれる。とくにカエサルならば來亞の陰に隠れて飛び出して、やれるだろう。やるなら今だ。


「私も、貴方と同じ理由です。愛する女性を慮ってやってきたのです」


 カエサルもおれと同じ思いで、極限に殺気を消して剣を持って飛び出そうとしている。カエサルが屈んだ脚に力を入れようとした瞬間だ。


「時に貴方は村に様子を見に行ったのではありませんでしたか?」


 看破された。いやこれは疑問だ。猜疑心を持たれてしまった。こちらからは表情は見えない。だがおれは声でわかる。こいつは、イリオモテは疑っている。目の前にいるのが斥候本人かどうかを疑っている。今、カエサルが出ていけば、スキルで人心掌握される可能性がある。


 このイリオモテという男はおれや四万十と同じように、スキルどうこう関係なく、人心掌握をするのが巧いのだろう。同属だからわかるものがある。ならば武力には長けていないという読みが通ってほしい。しかし確証はない。ここで始末しておかないと、村の女達を連れて逃げるなんてできない。


 そもそも來亞を人心掌握されるのも最悪だ。疑問を解消するならば、來亞を人心掌握して白状させればいい。もしもイリオモテのスキルが女だけを対象にしているならば、変身している來亞はどちらに属するのだろうか。くそう。考えても埒が明かない。ベストを尽くすのは無理だ。ならばベターでいい。


「・・・・」


 來亞が言葉を返そうが返さまいが、猜疑心を持たれた時点でおれ達は窮地に立たされている。


「なっ!」


 イリオモテの目を引いたのはおれ。小屋から飛び出して、拠点の中心部に向かって走り出した。イリオモテの視線がおれに向いた瞬間に來亞は小刀を取り出して、イリオモテの喉元を狙った。


 だが疑っていたイリオモテは背後へと飛びのいて避けた。襲撃に失敗した來亞も小屋の中へと姿を消す。


 それを横目で見ながらおれは大きく息を吸って噺を始める。


「『おう何探してんだ。落とし物か?』」


 噺始めると同時に小屋の方で木が倒れる音が何度か聞こえた。おそらくカエサルが小屋をスキルでぶった切って破壊した。その破壊と粉塵に紛れて囲いもぶった切った。


 イリオモテは疑問に思うだろう。偽物の存在。偽物が拠点に侵入しているならば、情報は全て取られている。表のボヤ騒ぎも陽動だと理解する。この用意周到さと、普通の人間ではありえない技術。敵は同じ転移者だとも理解しただろう。理解した上でまた思考を巡らせるだろう。


 おれ達の目的、それは捕虜の奪還。だとしても捕虜のいる小屋を破壊するのは意味が不明。しかもおれが勝手に単独行動で何かを叫んでいるのも意味が不明。


 おれと同属ならば考える時間が長いはず、そうすれば報告までの時間を遅らせられる。じっくり悩め。そうすることでおれは活きる。


 おれの予想ではイリオモテはおれを追ってくる。そう合理的に判断せざる負えない。


 ほうら、来た。


 予想通りにイリオモテは倒壊した小屋を無視して、おれを追ってきた。イリオモテが予想したのはこうだ。小屋を倒壊させたのは目晦ましであり、何回かの倒壊で拠点の囲いを破壊し逃走を図っている。人員を呼ぼうにも、表に人員を割きすぎて声を上げたところで到着は遅い。そもそも逃げられたとしても、残った人員で村を襲えばいい。今一番脅威なのは、同じスキルを持った男が、自身のスキルを発動させようとしていること。それを止める事の方が大事。


 イリオモテの脚力は意外に速く、逡巡させた時間分の距離をだんだんと詰めてくる。曲がり角を使って距離をとろうとしても、距離は詰められる。どうやらあいつは地頭も回る癖に、体育会系ときた。下種の癖におれよりも身体的にも思考力も上なのが悔しい。


「『待て、待ちやがれ! と、いきなり頭をポカリときた。』」


 全速力で走りながら噺をしてるんだ。体力的に劣っても仕方ないなと自分を慰めておこう。もう噺は中盤だ。


 角を曲がって、持ってきていたボウガンに矢を装填する。後ろを振り向いて、角を曲がってくるイリオモテの顔が見えた瞬間に撃ったが、体幹も態勢も整っていなかったので矢は曲がり角になっている壁に突き刺さっただけだった。


 これでこちらが飛び道具を持っていると警戒してくれれば、それでいい。


 おれは火の手が上がっていて、野盗団の数十人が消火作業にあたっている背中を捕らえた。


 あそこまでいけばおれの勝ちだ。


「どっあっ!?」


 左足に衝撃を受けた瞬間に、急に左足に力が入らなくなり、おれは態勢を崩して、地面と激突して全速力の余韻で受け身も取れずに、四回転程地面を転がってしまった。


 地面への直撃の痛みの中、左足に何が起こったのかをひりひりする瞼を開けた目で確認する。左足には先ほどおれが射出した矢が刺さっていた。


「私、投擲の心得がありましてね」


 獲物を捕らえたと言わんばかりにイリオモテがゆっくりとこちらに歩きながら、そう言った。


 背後では人の気配がする。消火活動を行っている野盗団達が、こちらの騒ぎに気がついて集まろうとしているところだった。矢を抜かずに、片足でも火の方へとずるりずるりと身体を引きずっても向かう。


「貴方の目的は私達の人数を削る。もしくは私やクシロの暗殺でしょう。貴方は目的も果たせず、死ぬ。勇ましいですが、虚しい人生ですね」

「『よーし、その金持っていけ。次は吾妻橋だ』」

「先程から何を仰っているのです?」

「・・・いやぁ、知らへんか。まぁそないに有名な噺じゃないからな。どうや? おもろかったか?」

「いいえ。私が面白く感じるのは貴方との会話ではない。さようなら」

「会話・・・ね。どちらにせよ、おまえ聴いたんやろ? 後ろの奴らも、こだまする声で聞こえているはずや。オチまでしっかりとな」

「最後まで時間稼ぎですか・・・殊勝な方ですね」


 イリオモテは後ろにいる野盗団の一人に指示をする。おれの首でも致命傷に至る部分を斬れと。


「ほな『身投げ屋』ご静聴ありがとうございました」

「それが最後の言葉ですか」


 胸に強い衝撃を感じて、物体が突き刺さったのを理解した。物体が抜かれると同時に、口からは血が噴き出し、胸からも暖かい何かが噴き出した。


 おれは這いつくばりながらも火を目指す。


「哀れですね。皆さん笑ってあげなさい」


 嘲笑の雨が降る。それでも、火を目指す。それがおれにできる最大限の仕事。


 イリオモテよぉ。おれがなんで直線的にこの火まで走らなかったのかは疑問じゃなかったのかよ。どうして何度も曲がり角を曲がって、遠回りをしたのか疑問に思わなかったのか。


 力を入れていられなくなり、おれの手からは香油の瓶が転がった。


 イリオモテはハッとした表情に変わる。おれの意図を理解したようだった。その驚いた顔が見たかったんだよ。高座の上から見る、客の顔が変わる瞬間ってのが一番面白く、遣り甲斐があるってもんだ。


 もう遅いぜ、火の手まで辿り着いた。油まみれのおれに、ここまで同線のように引いてきた油。そしておれの噺を聴いたんだ。噺を聴いた全員に身投げの言霊が発動するぜ。


 燃え盛る櫓が音を立てておれの方へと倒れてきた。


 ふっ・・・お前の炎にやかれるのは話のオチとしては、ちょっと熱いかもな。





 薄れゆく意識と共に、蔵権と拠点は火に包まれた。






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