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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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高取玉枝

 その日は仰天同地な日だったのを覚えている。まずは王族の誕生祭で市井は賑わっており、その煽りを受けて、私が働く診療所には酔っ払いや、喧嘩怪我をつけた人達や、いつもの高齢者で一杯一杯だった。


 変なタキシード姿の男に異世界転生? 転移? かは知らないけど、させられてから、私は自分の元々の職業であった看護婦を生かして、貰った、使えないスキルを使わずに、この王都の診療所で働いている。


 だけども、異世界に来ても、現実と同じことをしているとはいやはや業が深いというか、夢がないと言うか。まぁなんにせよ、困っている人々を医療の力で助けるのは、嫌いではない。


「どけどけ、急患だ!」


 診療所の玄関前で立ち往生していた市民を突き飛ばすように入ってきたのは、このレヨン王国の兵隊であった。兵隊は三人で、一人が前にいる患者達を押しのけて、そのさらに後方にいる兵隊が、一人の男を背負いながら出来上がった道を大急ぎで歩いてくる。


「おい女! 医者はどこだ!」


 その兵隊は、問診をしていた私の前へとずかずかとやってきて、怒号交じりの声で問うた。


 私はこの世界が嫌いだ。皆中世の時代が好きらしいが、亭主関白だし、男尊女卑だし、階級制度があるし、現代人の私との価値観と死生観が違いすぎて、環境に慣れるのに相当苦労した。


 この兵隊も王国直属の兵隊という強い立場で、武と男という性別を合わせ持ち、自分を強者だと勘違いしている人種だ。だからお洒落もしない、埃や患者の体液で汚れた前掛けをつけている私を下だと決めつけて、上から目線で話しかけてくる。


「現在、患者さんの対応をしています」

「急患だと言っているだろうが! 今すぐ観ろ!」

「ですから、現在、他の患者さんの対応をしていますので、私が」

「お前みたいな端女如きに何ができる! ええい! 勝手に探す!」


 兵隊に肩を強く押されて、強制的に道をあけさせられる。

 ムカつく。現代ならば心の中で五百回くらい殺しているけど、ここは異世界だ。異世界では現代とは違い、スキルというものがある。私にも貰ったスキルが備わっているけど、看護婦には、そもそも異世界には一切必要のない代物を作り出すスキル。


 造幣。


 右手の中に十円玉を作って、突き飛ばされると同時に兵隊の足元へ転がした。十円玉は兵隊の踏み出した足の裏の下へと入っていき、兵隊は見事に十円玉を踏んで、少しだけ態勢を崩す。さすがは兵隊の体幹だと感心するも、態勢を崩して二の足を突き出したところに、酔っ払いの投げ出した足があり、それを踏み抜いて、そのまま酔っ払いへと倒れこんだ。


「なんじゃてめぇ! どこに目ぇつけとんじゃ!」

「貴様こそ、私が兵士だとわかっているのか!」

「なーにが兵士だ! 偉そうにしやがって、ちゃんと仕事してから威張りやがれ! この税金泥棒!」

「だったら今、仕事をしてやる!」


 あの酔っ払いには悪いけども、ずっと他の患者に悪絡みをしていたのでお灸を据えたかったのだ。殺生沙汰になる前に、一応急患の患者を診ておこうか。


「患者を診ていますから、あそこを鎮圧してきてくださいな」


 後ろにいた兵士が、乱闘騒ぎになっているのを止めに入っていったのを確認してから、患者を背負っている兵士に近づいてから、目で促してやる。


「こいつは重要参考人だ、死なすなよ」

「そのつもりです」


 三人目の兵士も乱闘の輪に入っていった。はぁ診療所内で暴れないでほしい。


 急患患者は男性だった。髭は伸びに伸びて、口髭、顎鬚が髪の毛と混在していて、まるで猿なのじゃないかと勘違いする程だった。肌も泥や土埃で浅黒くなっている。とりあえず瞼をあけて眼球運動を確認してみると、正常ではあった。脈拍も少し早い程度で異常はない。顔面の栄養状態が少し心配なだけか。


 ボロボロになった布切れを脱がしてみると、そこには立派な筋肉の鎧が現れた。おっと、見惚れている場合じゃない。胸から腹部へと軽く触診してみるも、顔を歪めたりする様子もなく、硬いのは筋肉くらいだった。


 なんだろう。この人の寝顔、どこかでみたような。


「おい、何かわかったか?」


 喧騒が少しだけ小さくなっているの気づいたところで、患者をおぶっていた兵士が帰ってきた。


「この人はどういった患者なんですか?」

「こいつはユグドラシルの腐海で見つかった人間だ」

「え、あの腐海で?」

「そうだ。警備隊の話によれば、どうやらこいつは腐海で五年は生きていたようだぞ。それが先日、外に出てきたらしい。栄養が足りてないのか?」

「栄養失調という訳でもないですね。健康状態に異常はないですから」

「医者でもないのに、分かるものなのか?」

「知識はありますから」

 

 階級制度のせいで、私のような外からきた人間が医者の資格を取ることができないのだ。だからなまじ知識だけがある下女だと思われる。実際は、ここの医師よりも医療の知識はある。無論それは現代医療の方が進んでいるから。


「ではなぜ、この男は目を覚まさないんだ?」

「それは・・・正直断定し兼ねます。ただ、五年も腐海にいたのだとすれば、この環境に慣れていないのと・・・」


 私が言い淀むと、兵士は怪訝な顔をした。


「とにかく、いきなり死ぬとかはないんだな?」

「それはないと思います」

「そうか・・・貴様、スキル保持者だな」


 どうやら私のスキル発動を見られていたようだ。この兵士は本当に強者なのだろう。


「え・・・っと」

「いや、言わなくていい。ただ、交換条件として、この男をここで預かってくれないか?」

「それは、別に構わないですけど、重要参考人なんですよね? 王城の中の方がいいのではないですか?」


 聞き返すと、兵士は私の目を見つめたまま、何も答えなかった。私の事も詮索しないが、こちらの事も詮索するな、沈黙はそういう意味だ。それが答えなのだろう。


 どうせ政争関連だし、私が築いてきた居場所が無くなるのもよろしくはない。断ってもいいことがなさそうなので。


「わかりました」

「そうか。ありがたい。では回復したら、第五師団軍長カエサルまで連絡を寄こしてくれ」


 肩をポンポンと叩かれて、カエサルは顔を晴らした酔っ払い達を連れて、診療所を後にした。


 これが私、高取玉枝の運命を変える出会いだとは、この時は一切思っていなかった。







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