九人はポンコツスキル持ち
「四万十さん、尻拭いありがとうございます」
拍手喝采の群衆を後にして、転移者八人と第五師団はファルガ村に住まう野盗団を討伐するために、ギルドの待合室を借りて、ファルガ村の村人ジャックと、後から合流したジョンソンから聞き出した情報をまとめていた。
「いえいえ。大したことはしていませんよ。国もギルドもファルガ村を救えていなかったのは事実です。だからこそ、今まで聞こえなかった声を聴いて、手を差し伸べるべきなのですよ」
国の不正で国に仕える人間達へと不満が爆発する雰囲気だったのを、明確な敵を民衆に示して、攻撃対象を変えさせた四万十の手際にはカエサルも感謝していた。
「めっちゃ役者さんやん。偉い人ってなんでこうなんやろな?」
「信頼を得るためには心の警戒を解かなきゃならないからだろ?」
聞こえないように蔵権が隣にいる夕大に振ると、的確な言葉が返ってきた。
「心象心理学ですね。たしか」
「京介君、静かに」
夕大の隣にいた京介が会話に参加しようとしたけど、更に京介の隣にいた玉枝が釘を刺した。なんでボクだけと、不貞腐れた顔と、自分だけが注意されたのが恥ずかしかった京介は俯いてしまう。夕大は京介の肩を叩いてやり、蔵権は隣にいた奇礼に、しーっとジェスチャーをしていた。
この会話は全て四万十とカエサルに聞こえているが、二人共空気の読める大人なので、嫌な顔一つせずに会話を続けていた。
「ファルガ村の現状は芳しくない。ジャックさんの情報とジョンソンさんの情報を照らし合わせると、三十人程度の元冒険者の野盗くずれ、それをまとめて居るのが、三人の転移者だ。一人は柔和な笑顔が張り付いた長髪の金髪で、長身細身の男、クシロ。第五師団の資料の中に類似する犯罪者がいます。彼は数多の女性と関係を持って、殺す」
「糞やろうやん。ちょい悪い男に惚れるのは分かるけど、ガチアウトローに惚れたら終わりやね」
「不可解なことに、全員が彼に惚れこんでしまっていたらしい。おそらく彼の能力は人心掌握の類だと思われる。それらのスキルは感覚器官を通して発動することが多いから、クシロのような男には警戒するよう」
「突然挨拶されたら無理ですよね・・・」
「無視すればいいんじゃ」
奇礼の疑問は晴政によって解消されるが、人心掌握系統のスキルはファーストコンタクトをされた時点で発動するから、答えなくても、聞いた時点で掌握される場合もある。晴政は知っているが、あまり情報を与えるとかえって混乱させると思い言わなかった。
「もう一人は黒髪で青と緑のインナーカラーが入った短髪で小柄の女、ヒミ。彼女はこの国に現れてからは魔女と呼ばれて迫害されていたようです。ジョンソンさん曰く、彼女が触れた部分は腐るようです。おそらく最初はスキルが任意で使えなく、だからこそ畏怖の対象として迫害されたのでしょう」
「常時腐らせるんだったら生きづらそうですね・・・」
「ですが、どうやら自分の意志で調整できる様になったらしく。人間を腐らせてから、手に持って物を食べたらしいですよ」
「どんな神経しとんねん・・・」
「三人目が整えられていない長髪に中背の男。この男は情報が一切なくて、要注意人物です。ジョンソンさんによると、この男が野盗団をまとめているようだったと」
「情報がないってのが不気味ですね。スキルを使っていないんですかね」
「まぁ何にせよ、我が国の法によって、彼らは討伐対象になる。一時的な生活困窮による犯罪ならば情状酌量の余地もあったが、彼らは民を虐げ、奪い続けた。第五師団とギルドを持って討伐する」
「あぁ、そのことですが。第五師団の部隊は転移者だけにしてください」
カエサルが意気込んで言ったところに水を差すような事を言うのは四万十だった。
「なぜですか?」
不服の申し立てをしたのはカエサルではなくルファニオスだ。
「大勢を連れて、村へ行けば、彼らが警戒して逃げてしまうかもしれませんからね」
「お言葉ですが、村で籠城戦をするつもりはありません。ジョンソンさんが本拠地の位置を把握している以上、討って出るのが得策です」
「それが本拠地と本当に言えるのですか? 彼を疑っている訳ではありません。野盗団は山の中にいます。その山に点々と拠点を作っていて、偶々彼が三人が会合している拠点を本拠地だと思ったのかもしれませんよ。もしも私の言っていることが当たったとして、本拠地を探すために、地図のない山の行軍の苦しさは貴方方が身をもって知っているはずですよね?」
「仮にシマントさんの通りになったとしても、我々はそこまで軟弱ではない」
「精神論の話ではなく、リスクの話です。本拠地が最後に見つかって、疲労が溜まった状態で転移者を討伐できますか? 襲撃の最大の利点は即効性です。相手が状況を把握できないまま制圧するのが襲撃ですよ。私はリスクは極力避けたいんです」
「では籠城戦をお望みで? その方が相手が警戒して近づいて来ないのではないですか?」
「襲撃も、籠城も最初にしません。まずは物見からです。その為に私達スキル持ちが最初に村に入って偵察します」
「スキル持ち達で斥候を務めると・・・それはあまりにもリスクがあるのではないんですか?」
「貴重な人員の命を無闇矢鱈に消費する方がリスクです。私達ならば、変装をすれば旅人にでも、浮浪者にでも見える。あなた達では背筋が伸びすぎているし、野盗団も学がないわけではない。同属だと見破られる可能性もある。ジョンソンさんの話では奴らはそろそろ下山してくるようです。だから私達が物見として村に入って、転移者の一人でも捕えましょう」
「私からすれば貴方達九人の方が貴重です・・・我が隊を徐々に村に入れて、隠しておけばいいのではないでしょうか」
「隊を賄うほどの物資は生憎私は持っていません。貴方方も籠城戦をする物資はありませんよね? それに辺境の村に急に人の出入りが激しくなったら怪しまれます。野盗団もまた斥候を放っている可能性がありますからね」
「ではスキル持ち九人が先に村に入り、野盗団の一人を捕獲後、第五師団に増援を要請するということでどうでしょうか」
お互いが意見を譲らないので、カエサルが折衷案を出した。ルファニオスは転移者を尊重しているが、四万十は命を駒と考えているだけで、手持ちの駒が落ちるのが気に入らないだけなのを理解しているのは、この場では來亞一人だ。
「えぇ、私もそうなるのが最適だと思います」
四万十は意見が通ったので、それ以上は自分の意見を通そうとはしなかった。ルファニオスは戦の初動が大事なのを知っているが故に、素人意見を受け入れるのがままならなかったが、カエサルの顔を立てるために渋々頷く。
「・・・団長がそう仰るなら。しかし、期限を決めましょう。毎日伝書鳩で連絡を取り、その連絡が途切れたら我々第五師団は突撃します。何か予期せぬことが起こった場合は、我々が到着するまでに逃げてください。決して戦わないでください。素人の村人といくらスキルを持っている人間が九人いても、四十弱の人間には犠牲無くして勝利などありません」
「あぁ。真っ向勝負なんてする気は私にもないよ。シマントさんもそうですよね?」
「えぇ。搦め手が好きなんでね」
団長とギルド長達により話はトントン拍子に進んでいく。三人は流れに身を任せながら、一人は仕事に準拠しながら、二人は恩赦を求めながら、そして一人は未だに納得がいっていない表情で四万十を睨みつけていた。