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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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五人はポンコツスキル持ち

「金持ってこい! じゃなきゃこの女を殺すぞ!」


 無精髭に泥汚れで浅黒く染まった肌、野生動物のようなギラついたギョロ目で、こけた頬が特徴的な男が、ダガーを派手な召し物を着た金髪女性の喉元に突き付けながら要求を叫んだ。


 数分前までは陽気な酒場であった場所は、人質立てこもり事件現場へと変わっていた。男は複数の丸テーブルをバリケードにして、店の出口、裏口とは一番遠い壁側に陣取って、酒とつまみを持ってこさせながら、人質を取り立てこもっていた。


 すでに対応に当たった警備兵は、交渉の末に両足を負傷して、外で治療を受けていた。国家権力を制圧した男は助長し、この酒場の王になったと勘違いしていた。


 酒場の外は人だかりができていて、ギルドの人間がやってくるか、警備兵の増援がくるのを待っていた。決して、自分達がなんとかしようとは思わない。人質の女性には気の毒だが、それは自分たちの仕事ではないと理解しているからである。


 野次馬達の中から、一人の男が酒場へとぬるりと入っていった。誰も止める者はおらず、状況を見守るだけだった。


 男は人質を取っている無頼漢のような男であったが、逆三角形の体格に少しの猫背、強面だが、どこか人を惹きつけるようなニヤけた面であり、どこか渦中の男とは違う雰囲気を醸し出していた。男の名前は張磨蔵権。


「んだぁ、てめぇ」


 謎の男が侵入してきたことにより、ダガーを強く突き付けると、突き付けられた女性は「ひっ」っと小さく悲鳴をあげて、涙の線ができた頬に、また涙を少しだけ流した。


「まぁそうカリカリせんとさ、おれとお話ししようや」


 転がっていた椅子を足で雑に起こしてから、男は少し距離を置いて対面するように座った。


「てめぇが金を持ってきたってことかよ」

「いや。金持ってるように見えるか?」

「じゃあ何なんだよてめぇわよぉ!」

「やから言うてるやん。話しに来たって。一人で酒飲むのもおもんないやろ。可愛い姉ちゃんはおるけど、ビビっとるやん? せやからおれが飲みの話し相手になってあげようとおもってな」


 スコン。と蔵権の横をダガーが投擲されて、後ろの方の壁に軽快な音を立てて突き刺さった。この男が王国兵士を無力化できたのは、ダガーの投擲技術が高等であるからだ。片手でダガーを投擲して、警告の投擲を軽々としてみせた。


「次は当てる」


 それでも蔵権はニヤけ面をやめることなく、立ち上がって、カウンターにあったジョッキと安酒を入れてから、再び対面して座る。


「ほな乾杯しよや」


 男はダガーを投げることはなかった。ダガーはまだ三本は残っていて、中てる自信しかなかったが、蔵権の得体が分からなすぎるからだ。破れかぶれに金を要求しているが、金を要求すると言うことは、それを使う為に生き残る必要がある。国に喧嘩を売り、金を持って逃げきらないといけない。この男が国を、国境を越えてくる闇の住人である場合、闇に生きる場合売ってはいけない喧嘩もあるというものであった。その思いが男を躊躇わさせた。


 男は仕方なく、蔵権が酒を煽るように飲むのを見届けた。


「ぷはーっ、夕方に飲む酒は、昼間飲む背徳感のある酒とはちゃうくて、仕事終わりの達成感が味わえるってもんやな。ま、おれ仕事してへんプータローやけどね」

「仕事なんてやってられっかよ。タダで飲む酒が一番うめぇんだよ」

「それな! 人の金で飲み食いするのは最高や! 師匠の金で焼肉腹いっぱいなるまで食うたんが懐かしいわ」

「お前も俺と同じか」

「せやせや、おれはあんたと同じや。同じ穴の狢や。タダ酒やらへんとやってられへんわな」

「・・・お前は、酒を飲むために、ここに来たってことか?」

「・・・・・・そやで? って言ったらどうする?」


 蔵権の目は男を見据えており、ニヤけた表情のたるみきった頬が、まっすぐになり、真顔を作り上げた。男は初めてみせた表情の変化に、得体の知れない恐怖を助長させられて、生唾を飲んだ。


「お前、一体何もんなんだよ」


 今度は本当に命を奪う為にダガーを構える。警戒心が剥き出しになって、目の前にいる得体の知らない物体をすぐさまに排除したくなった。理解できないものを理解しようとするよりも、排除した方が楽だからだ。男はどちらでもよかったが、とりあえずどちらでもできる手段を講じている。


「おっ、よう訊いてくれたな。おれの名前は張磨蔵権。噺家や」

「噺家? 吟遊詩人ってことか?」

「まぁ起源を辿ればそうかもしれへんけど、そんなもんやな」

「んだよ、日銭稼ぎ野郎かよ」

「日銭稼ぎ。ええね。ほな、日銭稼ぎにちなんだ話でもしよか。芝浜ちゅうねんけど」

「んだそれ?」

「裏路地街に住む棒手振りの魚屋のジョエルは、腕はいいが酒好きで怠け者」

「へぇ落語できんだできんだ。すげぇな」


 蔵権が話し始めた瞬間に、カウンターの方から声がして、いきなりの発言に男も蔵権もカウンターの方へと顔を向けた。


 カウンターには青空夕大が背中にラウンドの盾を背負いながら、男と蔵権に背中を向けて、中腰で酒を物色していた。男は咄嗟にダガーを夕大の首筋に向けて投げたが、運良く立ち上がったり盾に突き刺さった。


「おん? おいおい物騒だな。俺だってそこの噺家の兄ちゃんと同じようにタダ酒貰いに来ただけなんだけど」

「おめぇ等状況分かってんのか!?」


 ダガーを突き刺したまま、ジョッキを持っている腕に嵌めてから、蔵権の横に座ってから、蔵権と夕大は顔を見合わせる。


「タダ酒が飲めるんだろ?」

「せやな。誰もみとらんし、会計係もおらんし」


 至極真っ当ではないかとの顔をして言う二人に、どの立場でものを言えばいいのか男は戸惑ってしまう。自分が異常なはずなのに、この異常に相乗りしてくる異端な奴らをどうあしらえばいいのか。いっそうこの人質を殺してしまえば、異質な空間からは解き放たれるのではないのだろうかと、男は考えてしまう。


「つーか、なんで金が欲しいんだ?」

「欲しいだろ。金があれば何でもできる」

「そうか? 金で買えないものもあるだろ」

「愛とかか? へっ、お生憎様そんなのよりも、食い物が必要でね。明日を生き残るにも食料は必要だろ」

「まぁ・・・それはそうだな」

「だろう」


 チビリと酒を飲んでから夕大は追及する。


「じゃあ、なんで作らないんだ?」

「農耕なんて俺ができる柄に見えるか? そんなまどろっこしい事をしている奴らなんて馬鹿で弱者なんだよ。少しは頭を使えば、こうやって金を儲ける事が出来て、馬鹿が時間かけた物を金で買える」

「・・・下種いなぁ」


 蔵権は夕大にしか聞こえない声で呟いた。


「王国内を見てみろよ、それが真理で、この国の道理と言わんばかりの当然の如く権力者が弱者を搾取するだけして、旨い汁を吸っている。下の者達は何も還元してもらえない。だったら下の者も馬鹿を見る前に、上の者に前に倣えするのが普通だよな? そういう国の色柄にしたのは、この国だもんな! 自己責任ってやつだよな!」


 男は大仰に身振り手振りと内包していた不満が爆発してヒートアップする。人質に突き付けていたダガーが離れた瞬間を、夕大と蔵権は見逃さなかった。夕大は盾の裏に隠していたミニボウガンを、男のダガーを持っている腕に打ち込んだ。


 矢は男の腕に命中した。男は痛みでダガーを落としてしまい、すぐに腰に携えている残りのダガーを取ろうとした。男の視界には蔵権が椅子を鈍器と盾にしながら、向かってくるさまだけが映っていた。奥にいる夕大は蔵権の身体の陰に身を隠してしまう。


 蔵権が男へと攻撃を振るえる間合いに入る前に、腰に携えているダガーに手が届いた。だが、か細い手がダガーを抜くのを止めた。半解放されていた人質の金髪女性が機を見て止めたのだ。だけど男との膂力は違い、大きく振り払われた後に、蹴り飛ばされ、バリケードのテーブルに巻き込まれてしまう。


 一手遅れたことに蔵権の間合いに入った。男のダガーと蔵権の振り被った椅子。どちらが決定的なダメージを与えられるかと言われれば、もちろんダガーである。決死の覚悟をしていない蔵権は、狙われている場所にあたりをつけて、防御に回った。


 ダガーと木の椅子がぶつかり合う音が鳴った。それと同時に男の背後、酒場の壁を豪快な音と共に突き破って、甲冑姿のルファニオスが乱入してくる。蔵権に対応していたのもあるが、何かの力により硬直し、男はルファニオスの剛腕には対応できずにラリアットされてしまい、そのまま地面に叩きつけられた。甲冑姿の得体の男の、不意からの本気の一撃に男は失神してしまった。


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