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九人はポンコツスキル持ち  作者: 須田原道則
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三人はポンコツスキル持ち

「着いたぜー!」


 そう到着の言葉を投げて、馬車の荷台から飛び降りたのは、王国第五師団所属の青空夕大だった。転生時は微妙に鬱屈とした性格だっただが、腐海に長期間いた影響が性格に出ており、転生時とは性格が大味に変転したと思われても仕方無いほどの変わりようであった。だが、元々の夕大の性格を知っている人間はいない。だからこれが彼の性格なのだと関わる人間は頭を抱えていた。


「ちょっと夕大さん。また一人でどっかに行っちゃうんですから、私から離れないでくださいよ」


 彼女はその一人、高取玉枝。表向きは王国の所有物である青空夕大の専属医師であるが、その実は夕大の自由奔放な性格に首輪とリードをつける仕事を課せられた苦労人である。玉枝が目を離すと、夕大は異世界の代物に目を奪われて、迷子猫のようにどこかへと行ってしまう。


「玉枝ちゃん、集合時間まで時間あるよね?」

「ありますけど、どこにもいかせませんからね。夕大さんがいなくなったら、怒られるの私なんですからね!」

「えー、俺も一緒に怒られるじゃん」

「私も、一緒に怒られるのが嫌なんです!」

「ケチだなぁ。京介もどっか行きたいよな?」

「え、ボクは・・・」


 ずり落ちないように慎重に荷台から降りていた出町柳京介が急に話を振られて、二人の顔色を見ながら返事を考える。夕大の肩を持っても、後が怖いだけなので、玉枝派閥に回ろうと、思考を巡らせてから。


「どこにも行きたくないです」


 保守的な回答をした。第五師団の転移者の中では京介は最年少であり、人の目を気にする性格である。誰が一番権力を持っていて、誰が一番年功序列と一致しているかを見極めて発言している。それは周りから見れば卑怯にも見えて、第五師団の転移者ではない、同年代の団員からは嫌われている。本人もそれを自覚しながらも、どうせ転移者同士でしか関わり合いにならないことが多いので、割り切って性格を治そうとは思ってもいなかった。


「ほら、京介君もこう言っているんですよ。少しは年長者らしくしてください」

「好奇心は年齢にも勝るぜ」

「律してください!」

「まぁまぁお二人とも喧嘩はそこまでにしてください。周りの人も何事かと思っていますよ」


 会話に遅れて参加してきたのは、今の今まで御者に代金を支払っていた、顎髭と四角ばった骨格と悪役のような顔が特徴的な第五師団の大隊長の一人、ルファニオス・ファルオール。転移者でもなく、この異世界の一般兵。特別な能力は持っていないが、剣の腕前と持ち前の機転で第五師団の大隊長に在籍している。巷ではカエサルの右腕と持て囃されたりもしているが、本人はやんわりと否定している。


「ルファニオスさんも何とか言ってあげてくださいよ。この人私の事をなめているんですよ!」


 怒りが嚥下しない玉枝はルファニオスにまで突っかかる。


「タマエさんの気苦労は私もひしひしと伝わります。ユウダイさんも本日は仕事なんですから、師団長に雷落とされますよ」


 ルファニオスは嫌な顔一つもせずに玉枝を窘めつつ、夕大を牽制した。彼もまた夕大に頭を痛めさせられる苦労人の一人なのであった。


「なんでい。皆の冒険心はないのか。せっかく大きなギルドがある街に来たんだし、冒険したっていいじゃないか」

「仕事が終わったら幾らでもしていいですよ」

「仕事仕事って、仕事がそんなに大事かね」

「「大事です」」


 二人に言い寄られて流石にたじろぐ夕大。


「うぐっ。わかったよ・・・で? 仕事ってなんだっけ?」

「馬車で説明したじゃないですか!」

「わり、外の景色見てた」


 呆れたと言わんばかりにため息をつく玉枝に、笑顔で悪気無く謝罪する夕大。京介は極力会話に入るのを避けつつ見守っている。玉枝に二度手間を取らせないために、今度はルファニオスが口を開いた。


「総合ギルドエヴァンス領統括であるシマント様からの依頼で、エヴェンス領土内で悪事を働く転移者を裁くと言うのは大まかな依頼内容です」

「ふーん。また俺達を使った殺し合いって訳だ」

「・・・・・・そうなりますね」


 夕大は命と命の取り合いが嫌いだった。それが自然界の法則ならば許容範囲内なのだが、どうも人同士になると億劫になる。それは至極当たり前の人間らしい感情だが、第五師団に所属して、仕事をするとなると、どうしても人を殺す場面に遭遇してしまう。これまで夕大は自ら手を下す事はなかったが、自分の能力を使って、間接的に殺害したことはある。暫くは不機嫌だったのをルファニオスは知っているし、夕大が善人だということも承知の上だった。


「今回も私の隊が前線に出ますので、ユウダイさんは後方支援で待機するはずですよ」

「・・・いや、俺も前線に出るから、どんな場所かも、何があるかもわかってないしな。そんな状況で、すぐ作れるの俺だけだろ」


 夕大は誰かを犠牲にするのを極端に嫌がる。後方支援兵と同じ役割なのに、前線兵と同じ仕事をしたがる。普通はそんなのは統率が乱れるから絶対に混入させないのだが、夕大は前線兵と同じ訓練をし、後方兵の訓練も欠かさない。第五師団内の兵士からの評価はうなぎ登りに良く、転移者にしては信頼を絶大に持っている。


 夕大の良いところはコミュニケーション能力。悪いところは自由奔放なところ。なんとも憎めない奴なので、頭を抱えているルファニオスも玉枝も本気で嫌いになることはない。ただ本気で嫌になることは多々ある。


「夕大さん、前線行くと生傷ばっかりじゃないですか・・・」

「他の奴もそうだろ。能力を持っているからって、俺達だけって特別扱いって訳にはいかないだろ。あいつらだって命かけてくれてるんだから、俺達も同等のモノをかけなきゃ不平等だろ」

「それは・・・・・・でも、適材適所って言葉がありますよ。私達の能力は前線では役に立たないですよ。わざわざ危険を冒さなくてもいいじゃないですか」

「確かに俺や京介や玉枝ちゃんのスキルは役に立たないな。だが冒険も戦闘もそう合理的なもんじゃない。人と人の集まりってのは信頼から成り立つ力もある。玉枝ちゃんはもうちょっと人を信頼してもいいんじゃないか?」


 玉枝は己の境遇を、この異世界人の女性と鑑みて、かなり恵まれている方なのだろうと思う。いくら働いても、昇進や昇格する訳でもなく、女という性別なだけで見下される。第五師団内でもそういった風潮は最初はあったが、師団長カエサルのおかげで、今では薄まっている。だが根底にある差別意識は、感度の良い玉枝には感じられた。だから夕大のように第五師団の兵士達を百パーセント、六十パーセントも十パーセントも信頼できないのだ。


 玉枝の精神はある程度擦り切れている。師団長や夕大がいなければ、いずれ寂れた診療所で精神疾患を患い、人と言う生き物を、肉塊や物扱いする医者になっていたであろう。


「・・・・・・私だって信頼してますよ」


 痛いところを突かれて、玉枝は復唱するようにボソリと呟くしかなかった。


「あ、あの、ボクなんて誰も信頼してないですよ、あははは・・・はは・・・」


 重苦しい空気が嫌だったのか空気の読めない京介は、その発言をしてから作り笑顔を消し、俯き黙ってしまった。


「隊長。問題が」


 重苦しい空気の中発言したのは、夕大達とは違う馬車でやってきていた、ルファニオス隊の兵士であった。


「どうかしたか?」

「二区画先の民家で立てこもり事件です。男は女性を人質に取って、金銭を要求しているようです」

「ギルドへの要請と、ここらの警備兵は?」

「既に要請はしたとのことですが、到着は遅れるかと、それと警備兵一人だけで、そいつは既に負傷して使い物にならないようです」

「・・・そうですか、では早急に向かいましょう。申し訳ありませんがユウダイさん達も付いてきて貰ってもいいですか?・・・・・・ユウダイさんは?」

「え? 本当だ・・・・・・」


 玉枝とルファニオスは忽然と消えた夕大の姿を探すも、姿形は既になかった。 


「えっと・・・走ってどっかいっちゃいました」


 代わりに答えたのは見送っていた京介だった。二人は分かり切った答えに額を押さえて項垂れた。



 



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