青空夕大
終わりまで書いてます
「おめでとうございます。青空夕大様。貴方は異世界転生の権利を得ました」
バスガイドのような青い制服を着た淑女が俺の前で、ニコリと笑顔を作りながら軽く会釈をしてそう言った。
そんな女性を前にして思うことは、ここはどこだろうであった。さっきまで樹海の奥地にいたはずなのに、今は病院よりも白一色の世界にやってきているのだから、そう思うのも仕方のない事だった。
「あの、ここはどこですか?」
「それでは、こちらは異世界転生においての必需品、スキルとなっております」
俺の言葉なんて聞こえていないような振る舞いで、左手を取り上げられて、掌の上に何か光る塊を押し付けられた。最初は塊だと理解できる程の固い感触があったのに、どんどんとその表面積が小さくなり、最終的には感触は無くなってしまった。まるで体の中に取り込まれたみたいだったけども、気にしている場合ではなかった。
「えっと、ここはどこなんですか?」
「青空夕大様のスキルは"製造"となっております。注意点をお聞きになりますか?」
「ここどこなんですかって!」
人を無視して話を続ける淑女の肩を掴もうとしたが、まるで実態がないみたいに透けて通り抜けてしまった。もしかしてここは死後の世界で、俺は三途の川の渡し人と会話しているんじゃないだろうか。だって俺は、樹海探索中に崖の上から落ちたのだから。
「注意点はお聞きになられないということで。それでは、異世界転生の世界へいってらっしゃいませ」
実態があるようにしか見えない淑女が振り返って、笑顔で手を振った。その瞬間に、白い世界が遠のいて行き、次に意識が戻った時は、樹海は樹海でも、全長三メートルはゆうに超えるムカデや、鱗粉が黄砂のように舞う蝶やらが住まうどんでもない異郷の樹海へと飛ばされていた。
俺は何者だ?
俺は冒険家だ。さすがに未知の領域に土足で踏み込んだせいで、命の危機に瀕しているかもしれない。空想本の中でしか出てこない虫達から近くの大樹の洞の中に身を隠して、激しい動悸を落ち着かせ、自分が何者かを思い出せ。
これは試練だろう。俺が冒険家かどうかを問われているのだろう。普段なら懇切丁寧に長靴の底の減りを確認するのを怠って、滑落した不甲斐ない俺に対しての試練なのだ。あの淑女は今一度冒険家として上り詰めてみせろと言っているのだ。
しかし、探検家セット一式はそういえば、スキルなるものがあると言っていたな。確か、製造か。
すると、左手が光りだして、掌から一枚紙が排出された。
「これは・・・設計図?」
紙は植物繊維がメインの紙で、そこに銛を作るための設計図が綿密に書かれていた。とりあえず武器になるものを所持しておけとの事だろう。しかし製造というスキルなのに、どうして設計図一枚だけなんだ?
設計図にはしっかりと素材の名前と見た目も書かれていた。それはこの洞の中で手に入った。銛の先端は落ちていたクロロストーン、銛竿は首が痛くなるほど上へ伸びた大樹の幹で作った。どうせならば、チョッキ銛にしたい。
そう思っても、設計図は排出されなかった。
あの淑女からスキルの説明を聞きそびれたのは拙かったのかもしれない。
そもそもなんで樹海で銛なんだ?・・・もしかしてダジャレか?
いやいや、そんな馬鹿なことがあるか? あの淑女は必需品だと言っていた。必需品とはその場で必ずと言って必要になる品だから必需品なんだ。確かに状況に応じて何か設計図を出してくれるのだろうけど、その状況に見合い、洒落が聞いた代物の、設計図を製造する。なんて役に立ちそうで立たなそうな代物な訳がない。
カチカチカチと、どこかで虫が顎を鳴らす音がいやに聞こえた。
気持ちを静めるな、ないよりはマシ。俺の知識と体力と気力、そしてこの製造で生き残ってやる。サバイバル精神を燃やしていけ。諦めたらそこで冒険は終わりだ。
自身を活気づける為に頬を叩いて気合を入れ、出来立ての銛を持って、俺はこの樹海を探索し始めるのであった。