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39:双眸に浮かぶ怒りの色

 と、階下から何人かの男達がバタバタと駆け上がってくる音が聞こえた。

 視線を向けると、顔面蒼白の書生達が階段を昇ってくるのが見えた。白い襦袢は汚れ、袴はあちこちが破れている。


「す、すみません……!」

「ぐ、軍が……、警察が、大挙して、やってきて……!」


 息が上がっている上に、焦りのせいで上擦ったかすれ声になっている。


「ほう。もう気づいたかぁ。さすがは如月少佐だ」


 小野が愉快そうに言って、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。


「それで君たち、駅のドーム天井に仕掛けた爆薬はどうなったかい?」

「軍に……、押収されまして……! 仕掛けを落とす役目の者も、既に捕まりました! 乗客も全員、外に出されまして、今は駅舎の周りを軍と警察が取り囲んでいます!」


 小野が上を仰ぎ、明るい口調で続ける。


「あーあ。今回は失敗だね。迎賓館をおとりにしたりして、それなりに準備したんだけどなあ」


 そのときだった。


「ひっ!?」

「ゆ、許してくださいっ!!」


 書生達が大きな悲鳴を上げると同時に、派手な音を立てて、階段を転げ落ちていった。

 そして、彼らの代わりに姿を現したのは――


「困ったものだな。ようやく維新も終わり、我が国は海外列強に立ち向かわなければならないというのに、ここまで時代錯誤なことをやってくれるとはね」


 龍進だった。

 その手には、鞘に収められたままの軍刀が握られている。

 いつも通りの落ち着いた口調とは裏腹に、怒りによるものか、その微かに青みがかった双眸には微かな怒りの色が見て取れた。


「旦那様……」


 睡蓮の口から、小さな声が漏れた。

 薄闇の中で、龍進と目が合った。


「彼女から離れてもらおう」


 彼はそう言いながら、軍刀の柄を強く握る。


「それと、小野少佐。貴様については、既に国家転覆を企んだ罪で逮捕状を手配している」

「へえ? わかっていたんだ」


 小野が皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。


「ああ、君が、睡蓮の件も含めて、裏で糸を引いているのではないか、という疑念は以前から持っていた。下瀬火薬の捜査を僕の部隊にさせるように仕向けたのは、首謀者が元海軍将校であると陸軍内に誤認させることではないかとね。ただし、疑念が確信に変わったのは、つい最近のことだ。会議のとき、君は僕に婚約者がいることに驚きながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ」


 ――仰天したよ、君に婚約者がいたとはね。水臭いなあ。君と僕の仲なんだ、教え    てくれればいいのに。

 ――すまない。色々事情があってね。

 ――しかし、十代の子とは、またずいぶん若いな。君は構わないのかい?

 

 小野が帽子を取って、頭を掻く。


「ああ、参ったな。私としたことがうっかりしていた。こんな単純な過失を犯すとはね。とはいえ、そこに気がついた君もお見事だ」


 龍進は無言で一歩、また一歩と近づいてくる。


「おっと、それ以上は動かないことをおすすめするよ」


 短剣を手にした若榴が、小野を守るように無言で立ちはだかった。


「今上帝の兄上に刃をむけさせるのは、あまり気が向かないがな」


 その言葉に龍進は片眉をひそめた。


「知っていたのか」

「ああ。もちろん。ついでに、そこの若榴は勢州の一族の生き残り、すなわち、次の大君だよ」


 そう言うなり、小野は睡蓮の傍まで来ると、髪をつかんで立つように促す。抗おうとしたものの、顎の下に当てられた軍刀によって、彼女はいやいやながらその場に立たせられる。

 きっ、と、小野の目をにらみつけるが、相手は見下したように薄く笑うだけだ。


「君は、新王朝のお姫様にはなり得なかったが、まあいい。僕が逃げるための時間稼ぎの道具くらいにはなるだろう。さあ、一緒に来るんだ」


 きつく手足を縛る縄が引っ張られ、引きずられるようにして更に奥へと連れて行かれる。


「待て!」


 龍進が声をあげるが、若榴の得物が彼を阻む。

 鞘に入れられた軍刀が激しくぶつかり、金属音があたりに響く。

 二人のつばぜり合いをよそに、睡蓮は小野によって抱きかかえられ、無理矢理、小窓から外へと運び出された。

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