虹の魔女の婚活事情⑦
商店の娘の言った通り、獣道は細かったが歩きやすかった。薮の下葉が取り払われており、地面も平らに均されていたためだ。魔女と言えば様々な物を作るから、素材を集めるのに出入りが多い。薬草、鉱石、動物など素材は様々だ。それを運ぶために整備したのだろう。それも、おそらく一人で。
アレンは林の奥に続く道を、黙って進んだ。
しばらく進むと、木々の合間に建物が見えた。この林には魔女の工房しか無いという話だったから、目的のもので間違いないだろう。思ったよりも大きな建物だった。アレンは獣道からそっと様子を伺う。
林の中でも拓けている場所を選んだのだろう。多くは無いが陽が差しており、工房の周囲は明るい。庭先は小さな畑になっていた。植えられているのは薬草だろうと検討がついた。工房を持つ魔女は、大抵庭に薬草を植えているのだ。雑草は綺麗に取り除かれ、畝は均等。この工房の主は整理整頓が出来る魔女のようだ。
建物は、一部が蔦に覆われていたが、あえてそうしているのかもしれない。アレンの知り合いの魔女の中には、蔦状の装飾で防衛魔術を施している者もいた。もっともここは林の中なので、あれはただの蔦かもしれない。それ以外建物が傷んでいる様子はなかった。酷く迫害されているわけではなさそうで、アレンはほっと息をついた。
そうやって様子を伺っていたら、工房の扉が開いた。思わずアレンは身を潜める。しゃがんで薮の陰に隠れて、そこで咄嗟に隠れてしまった自分に驚いた。なにも隠れる必要はなかったのだ。見つかったら見つかったで、アレンの本来の目的が達成できるのだから、堂々としていれば良かった。だが、咄嗟に隠れてしまったら、気付かれた時に気まずいことになってしまう。下心があってそうしているのだと思われたら一巻の終わりだ。こうなったらもう、見つからないようにするしかなかった。アレンは息を潜め、薮から頭を出して、そっと工房を覗いた。
工房の庭に魔女の姿があった。作業着らしいローブの袖をまくり、彼女は植物の葉を一枚一枚検分している。袖から見える手首は細い。あんなアクセサリーなんか必要ないくらいに見えた。
葉っぱをひっくり返したかと思うと、しゃがんで土を掘る。何かを確認した後はローブのポケットからメモを取り出して、それをめくっていた。メモに書き込みをするとまた葉っぱを撫でる。そうやって庭全体を見回っているようだった。
アレンはそれをぼんやりと眺めている。小柄な彼女がてきぱきと作業する様子は、小動物が駆け回る姿に似ていた。見ているだけで面白く、興味深い。魔女の道具に詳しいアレンは、彼女がなにを目的に庭の手入れをしているのかがなんとなくわかった。庭にある薬草はどれも低級の薬剤の素材となる。急ぎで使うには苗を持っていると便利だと聞いた。それで彼女も苗を育てているのだろう。
苗は、どれもが立派だった。離れていてもそれがわかる。素材となる薬草を丁寧に育てる魔女はそんなにいない。素材が粗悪でも、力量さえあればある程度の薬を作れるからだ。低級の薬なら、尚更そうだった。
彼女がこんなにも丁寧に世話をしているのは、そうする必要があるからだろう。アレンは商店に並べられた商品を思い出す。そこには、店主が街で仕入れてきた薬と、ここの魔女が作った薬とが置かれていた。薬はよくある傷薬。それは、新国王の方針で、数十名の魔女が大量に作っているものだ。国中に行き渡るようにと作られ、安価で卸されている傷薬。商店の娘によると、街から仕入れてきたものの方がよく効くという話だった。一番低級のものでもそうなのだから、それ以上の薬は、ここの魔女は作らないそうだ。効き目が低級のものとほとんど変わらないからだと、そう聞いた。
その低級の薬の素材である薬草を、これだけ丁寧に育てて、それで出来上がるのが効果のほとんど無い薬。それを作り続けているというのは、どういう心境なのだろうか。アレンはそんなことを考えながら様子を見ていた。
やがて庭を一通り見終わったらしい魔女が、すっと手のひらを空に掲げた。なにをするのだろう、とアレンが思った次の瞬間に、工房の屋根の上で光が弾けた。
弾けた光の粒は、そのまま辺り一面に落ちる。陽光に照らされるそれは、ただの水滴だった。魔女が水遣りのため、庭に雨を降らせたのだ。だが、それを見上げる魔女の姿から、アレンは目が離せなくなっていた。
茶色い髪は、陽に透けて明るくなっている。空を見上げる魔女の横顔、そこに落ちる雨粒をスクリーンに、虹が掛かった。それはあの時見た、魔女の瞳の虹そのもので——。
どくん、と心臓が跳ねた。それを自覚する時には胸を締め付けられるような、そんな感覚がアレンを襲う。苦しい、とは思わなかった。だが、光の中、虹を見上げる魔女の姿を見ているとそれが強くなる。
水滴がぱらぱらと落ちる中、ひとりで佇む彼女の元へ駆け出したい。そして魔女の隣で、彼女と一緒に虹を見上げるのだ。
そんな自分の姿を夢想すると、表情は緩むのに胸の痛みは強くなった。
それ以上はとても見ていられなかった。アレンは逃げるようにして、村に戻った。
村の広間に戻ると、慌てた様子のクレスが駆け寄ってきた。
「おい、アレン! 探したぞ」
「……ああ、クレスか」
「……なにかあったか?」
「いや」
アレンは首を振った。まだ鼓動が跳ねている。それはきっと、工房からここまでを走り抜けたからだろうが、それ以外にも理由がある気がして仕方ない。
(なんだろう、これ)
ばくばくと鳴る胸を押さえ、肩で息をする。さっきの光景を思い返すと息苦しさが増したから、極力考えない方がいいのだろう。だけど、そう思えば思うほど、虹の下の魔女の姿が焼きついて離れなかった。
心ここにあらず。今のアレンはそんな様子だった。
そんなアレンをまじまじと見ていたクレスは、思っても見ない事を提案してきた。
「仕方ない。舞踏会を開いてやる」
「え?」
いきなりのことに、どういう事、とアレンは首を傾げる。そんなアレンをクレスは一瞥する。
「商店の親子が魔女と関わりがあるんだそうだ。商人と貴族を集めた舞踏会に、親子を招く。そこでなら詳しい話が聞けるかもしれない」
「クレス……」
「だからもう一人で出歩くなよ」
クレスがそう言うのは、きっと林の奥に魔女の工房があると聞いたからなのだろう。そちらから飛び出してきたアレンに、どんな目的で林に入ったのかを察したに違いない。
気を利かせてくれた友人に、アレンはいつもの笑顔を向ける。
「うーん、それは約束できないかなあ」
「お前な!」
まったく、と腕を組んで、クレスはため息を吐いた。
「まあ、いい。それはそうとひとつだけアドバイスしておく」
「アドバイス?」
「お前、戻り次第〝金剛の魔女〟様を訪ねろ」
「金剛の魔女を? どうして」
「きっとお前の力になってくれるだろ」
「……うん、そうかも」
ありがとね、と続けるアレンに肩を竦めたクレスは、じゃあ明日なと言って、村長の家に行ってしまった。アレンもまた、部屋を準備してくれている商店に戻ることにした。
もう胸は苦しくなかったけれど名残惜しい。アレンは工房のある林を振り返った。
まだ魔女は庭にいるのだろうか。雨粒を受けた薬草を摘んでいるのだろうか? その薬草で、薬を作るのだろうか。誰にも求められない低級の薬を。
舞踏会であれだけの女性から求められるアクセサリーを作っているというのに、それでも彼女は薬を作り続けているらしい。どうしてなのは商店の娘も知らないそうだ。
薬は売れないまま魔女に返品されている。もしも仲良くなれたら、どうして薬を作り続けるのかを教えて貰えるだろうか。アレンはそんな事を考えながら、商店に戻った。




