虹の魔女の婚活事情⑥
「やはり、アクセサリーの売り込みをしているようだね」
「接触した貴族にも訊ねてみたが、それ以上のことはないようだ」
「僕のほうでも似たような感じだったよ。それにしても……」
アレンは手元のカードに視線を落とす。
(どうしてだろう、彼女のことが頭から離れない)
カードは、クレスが手に入れてきたものだ。直接彼女に接触するのは避けるべきだという彼の助言に従って、アレンは会場であの二人を見付けても、遠くから様子を伺うだけに留めていた。何度かそうしているうちに、彼女達がただアクセサリーの売り込みをしているだけだとわかった。クレスはそれで危険はなさそうだから、もうこれ以上は放置でいいのではないかと言ったのだが、なんだかそれも気が進まない。
アレンは二人のうち、婚活向けだというアクセサリーを身に付けた、茶色い髪の少女を思い出す。彼女は華やかさは無いが、実に落ち着いた雰囲気があった。背筋をぴんと伸ばし微笑む姿は可憐で、会話の最中に見せる真剣な表情からは、道具に対する真摯な姿勢が見えるようだった。
一度だけ、髪色を変えたアレンは彼女を間近で見た事があった。彼女にドリンクを渡そうとした下女がグラスを落としてしまったのだ。思わず、といったようにしゃがむ彼女に、アレンもまた無意識のうちに駆け寄っていた。
茶色の髪の合間から、薄い茶色の瞳がアレンを見ていた。その瞳に虹の光が見えた。それでアレンは彼女こそが、あのアクセサリーの製作者だという事と、事情があってそれを伏せている事に気が付いたのだが、それ以上にその虹の輝きから目を離せなかった。
純粋に綺麗だな、と思ったのだと思う。それから慌てて謝罪する下女を宥めているうちに、彼女は退出してしまった。ドレスが汚れてしまったためだろう。気付くと遠くに後ろ姿があるだけだった。どうしてだか、アレンはそれをずっと見詰めていた。あの虹の輝きをもう一度見たい、そう思っていたのだと気付いたのは、家の自室でベッドに寝転んだ時だった。
気付いてからはもう、純粋に彼女に会うことを目当てにパーティー会場を巡っていた気がする。でも、そう頻繁に顔を合わせるわけにはいかなかったから、アレンはこっそり遠くから観察するに留めた。何度も顔を合わせれば、アレンを警戒して、彼女達が行動を制限する可能性があったからだ。それは避けたかった。けれども、いくつものパーティーで彼女の姿を追い、アクセサリーを女性に勧める他意のない態度を見る度に、アレンの中で気持ちが膨らんでいくのを自覚せずにいられなかった。
クレスには、彼女こそが製作者の魔女だとは伝えていたのだが、その思いだけは言えずに黙っていた。なんと説明すればいいか分からなかったのだ。
カードをじっと見るアレンに、クレスは眉間に皺を寄せる。
「アレン?」
「なんでもない」
「……お前、まさかとは思うが」
クレスはぎろりとアレンを見る。
「単独でその村に向かうつもりじゃないだろうな」
「うーん、どうかな」
実は、そろそろそれもいいかな、と思っていたアレンは、ふいっと視線を逸らした。途端にクレスが険しい顔つきになる。
「絶対にだめだ。それをするつもりなら、カードを返せ」
「えー。でももう、場所覚えちゃったし」
「やめろ、絶対に実行するなよ? もしもそれが発覚したら、俺の立場が危ない」
それでもなお、アレンは「どうしようかなあ」とカードを眺めている。
「やめろ、絶対にやめろ」
「それはどうかなあ」
「頼むからやめろ。いいからやめろ」
「う〜ん」
「アレン!」
怒鳴りつけるクレスに、アレンはにっこりと笑ってみせた。
「じゃあ、クレスも行こうよ」
「は?」
「レジエーヌは君のところだろ。丁度いいじゃないか。視察に行こうよ」
「お前な……」
カードを人差し指と中指で挟んで、ぴらぴらと左右に振る。その内容はクレスももちろん把握済みなので、今更詳しく見せる必要もない。それだけで伝わったようだ。はあ、と深くため息を吐いて、クレスはがしがしと頭を掻いた。
「勝手な行動はするなよ」
「さすが、話の分かる友人を持って幸せだよ、僕は」
「言ってろ」
ありがとね、と軽く言うアレンに、ため息が止まらないクレスだった。
十日後、アレンはクレスにくっついて、件の村までやって来ていた。アレンの金髪は目立つので、魔女の作った帽子を被って色を変えている。こげ茶色の髪は見慣れたもので、違和感がない。そんな自分に少し笑って、アレンは村を見回した。
村は小さな村だった。だが活気があって手入れも行き届いている。珍しい来訪者に驚く村人が、あちこちからアレンとクレスを見ていた。
「いい村じゃないか」
「そりゃあ、俺の領地だからな」
ふふん、と胸を張るクレスがおかしくてアレンは笑う。
馬を引いて広間まで歩くと、村長だという老人が慌てて駆けてきて二人を迎えた。
「これは、領主様自らおいでくださるとは」
それに応じたのはクレスだ。
「この辺りに用があったものでな。先触れの通り、悪いが一晩世話になる」
「はあ、それは構わないのですが」
「なにかあったか?」
村長はちらりとアレンの方を見た。
「申し訳ありませんが、従者の方の部屋がありませんで」
「そうなのか」
村長はしきりに頭を下げる。
「小さな村ですので、申し訳ありませんです、はい」
村は、民家が二十ほどと、商店が一つ。近隣に大きな街があるとは言え、街道から離れていることもあり商人の出入りもないそうだ。その為宿が無い。村長の家にも余分な部屋がなくて、一部屋しか準備ができないらしい。
クレスもまた、ちらりとアレンに視線を向けた。本来なら、アレンのほうが村長の家に泊まるべきなのだが、ここでそれを言うわけにもいかない。いいだろうかと、そういう意図だった。アレンの方はどちらでもいいので、クレスに頷いてみせた。
「……わかった、それで頼む」
「あいすいません。商店に部屋がありますので、お連れの方はそちらへ」
「お世話になるよ」
村長に案内されるクレスと別れて、アレンは商店に向かった。案内してくれたのは商店の娘という少女で、今日はドレスは着ていないが、舞踏会に魔女と一緒に参加していた子だとわかった。
「君は、舞踏会でアクセサリーの宣伝をしている子?」
アレンがそう聞けば、少女は隠すことなく「ええ」と返事をした。
「ずいぶん話題になっているようだね」
「そのようですね。領主様の従者の方までご存じとは思いませんでしたが」
「そうだねぇ」
「もしや、領主様もご存じで?」
「それはどうかなあ」
二人はふふふ、と笑った。
「魔女に会えないかな?」
「あー、それは無理ですね」
「なぜ?」
「製作に集中するから、工房に籠るそうなので」
「そうなのか。それは残念だな」
(なんて、嘘だけどね)
アニスは内心でぺろっと舌を出す。半分本当で、半分は嘘なのだ。
ミトレットは今、確かに自宅でアクセサリー作りに取り組んでいる。だけど普通に出掛けたりしているし、呼べばお茶をしに来る。見知らぬ人が村に来ていると聞けば外出を控えるだろうが、籠りきりということはない。アニスがそう言ったのは、なんとなくこの従者がうさんくさかったからだ。
(領主様の従者だそうだけど、なーんかにおうのよねぇ)
人懐っこいようににこにこしているが、それがなんだか気に入らない。どことなく嘘をついているような、そんな雰囲気を感じたのだ。領主と共にいるくらいだから身分はあるのだろうが、アニスはなんとなくこの男を信用できなかった。と同時に、こういうタイプはミトレットには危険だなと思った。相手のパーソナルスペースなんて気にせず、にこにこと近付いて入り込む。それにミトレットがぷるぷると震えているのが目に浮かぶ。
(会わせないほうが良さそうね)
なのでアニスはそう判断したのだが、その後も、アレンと名乗った従者は魔女に会えないかとしつこかった。
「若い女性に大人気だそうじゃないか」
「ええ、ありがたいことです」
「貴族からも声がかかっているんだって?」
「ええ、そうなんですぅ」
「いやあ、そんな道具を作れる魔女がこんな小さな村にいるとは! ぜひともお目に掛かりたいんだけど」
「残念ながら、今は無理そうですわぁ」
「どうにかならないかなぁ」
「どうにもならないですねぇ」
再び二人とも、ふふふ、と笑う。
アレンは意外な強敵に、どうしたものかと笑顔の裏で考えていた。
(ううん、やっぱりこの子は一筋縄じゃいかないな。パーティーでも、村娘ながら貴族相手に立ち回っていただけある)
アレンは舞踏会での様子を思い出す。アクセサリーを身に付けていた魔女ではなく、女性達に対峙していたのはほとんどこの少女の方だ。実際に会話をしてみても、随分と肝が太いのがわかる。
(というか、なんだか僕、警戒されてる? おかしいなあ、こんなにフレンドリーなのに)
人当たりの良いことに自信があったアレンは首を捻った。警戒されるようなことはしていないはずだ。それなのに、なんだか態度に棘というか、隔たりを感じる。
その後部屋に案内されるまで、どうにか魔女に取り次いで貰えないかと頼んだが、梨の礫だった。これ以上引き下がって警戒されては今後に障りが出る。仕方なく、アレンは追求を諦めた。うーん、と腕を組んで、商店の娘に尋ねる。
「じゃあせめて、工房の場所だけでも知りたいんだけど」
「うちの隣ですよ」
「隣? 隣なんて……」
村に唯一の商店は、店主の一家が住んでいる。店舗の分、他の家より大きめの建物だった。そのせいか周囲に民家はなく、広めの道があるだけだ。建物のすぐ隣は小さな畑と林しかない。どこに工房があるのかと思ったが、そういえばその林に分け入るようにして、薮が拓けている箇所があった。
「……まさか、あの林の中?」
「そうですよ。そこの獣道を進んだ先が工房です」
アレンは驚いて目を見開いた。
それに気付いた少女は、なんてことないように言う。
「あの子は普通に道具を作っているだけですよ。でもそうとは思わない人もいるので」
「それで、村の外れに?」
「ええ。その方が皆が安心して暮らせるならそれでいいと、他でもないあの子が言ったんです」
魔女は迫害されているわけではないが、道具ひとつで世の中に影響を及ぼす存在でもあるので忌避の対象となることがあった。今ではそれもなくなりつつあるが、潜在的な恐怖心というのはなかなか拭えない。それを追求するのは酷というものだろう。だが、それを一人の少女に向け、それで平穏を得ているというのは、アレンには歪に見えた。
とは言えこの村にとって部外者であるアレンには、何かを言える立場にない。そうなんだ、とだけ言って、窓の外を眺めた。
「その道は迷いやすかったりするのかな」
「いいえ。細いけれど、歩きやすいですよ」
「……そうなんだ」
じゃあ行ってみようかな、とアレンは部屋を出た。意外なことに、少女に止められることはなかった。




