虹の魔女の婚活事情⑤
「ミトの宣伝の効果で、こんなに予約が入ったわ! やったわね!」
「うん! もう作って販売するの?」
「そろそろ、そうしてもいいかもね。でもまだまだ! もっと大口を狙いましょ!」
「大口って?」
「つまり……貴族相手に商売ができるかどうかよ!」
「えっ……えぇーーっ!?」
貴族相手に婚活向けアクセサリーを販売する。そう言い切ったアニスは胸を張っていた。
「でも、婚活女性がターゲットでしょう? どうして貴族にまで?」
ミトレットは首を傾げる。これまでパーティーに参加した中で、女性達にはおおむね好意的に受け入れられていた。その女性達は庶民の若い娘だ。彼女らなら、勝手に噂を広めてくれることだろう。もう売り込む必要はない。女性の間で噂が広がるのは早いのだ、今後はほとんど安定してアクセサリーが売れると思っていいだろう。これであえて販路を広げる必要はなさそうだと、ミトレットは思っていた。
だが、アニスはそうではないらしい。分かってないわね、と首を横に振った。
「こういうのはね、庶民の間で人気になれば、貴族も欲しがるものなのよ。それに、婚活してるのが庶民だけだなんて、あたし言った覚えないわよ」
「あっ」
そうか、とミトレットは理解した。貴族の間にも婚活はあるのだ。しかも、貴族は家の存続に、文字通り心血を注いでいる。庶民のそれよりも重要度が高いと言える。
「貴族のご令嬢相手に売り込むってこと?」
「そうよ。でも、どちらかというと、ご令嬢の母親からの依頼になるでしょうね。なにを買うかっていうのは、ご令嬢自身じゃなく親にしか決定権がないのよ」
「そうなの? っていうか、なんでアニスそんな事知ってるの?」
「父さんが貴族相手に商売してるから、話は聞くのよ」
言ってアニスは、棚から一枚の封筒を取り出した。
「ちょうど父さんがね、招待状を受け取ってきたの。好きにしていいって言ってたから、これ、ミトにあげるわ」
「そん、そそ、そんなもの貰えないよぉ!」
「いいじゃない。別にあたし、行く気なかったし」
「でで、でも」
狼狽えるミトレットの手を、アニスはがしりと握りしめる。
「ミト、これはチャンスなのよ。実際にこれだけ欲しいって言ってる人がいる。ってことは、もっと大勢が知れば、その分売れるってことなのよ」
「それは、そう、だけど……」
「それに、世の女性がどんなオシャレをしているのか、観察するのにも貴族のいる舞踏会はうってつけよ。きっと今後の道具開発の参考になるに違いないわ」
「……ううん、それは確かに……」
「でしょ? 当日の準備は任せて。もうドレスの予約もしてあるの。あ、カードはたくさん準備しておきなさいね、何があるかわからないんだから」
「うう……」
アニスの言うことはいちいちもっともだ。聞けば聞くほど、断る理由なんて無いのでは、とミトレットは思った。
「行くでしょ?」
「はい……」
ミトレットは結局、押し切られてしまった。
そうしてやってきたパーティーは、今まで訪れたどのパーティーよりも豪華で参加者が多かった。貴族と、それから裕福な商人なんかが参加しているそうだ。ここでも貸しドレスを纏ったミトレットはそれなりに注目を集めていた。隣にいるアニスのことなんか、誰も見ていない。最低限のドレス、最低限の化粧。それでもミトレットは、貴族の令嬢にも負けていない存在感がある。
「さすがミトね」
「アニス、何か言った?」
「ばっちり宣伝出来てるって言ったの」
「そう……?」
ミトレットは分かっていないようだが、それでいい。まあいいからいいからと、アニスはミトレットの背中を押して、会場内を回ることにした。付き添いとしてアニスが居てくれてよかった。ミトレット一人では、とてもじゃないけどこの場に立つのも無理だっただろう。
何人かと挨拶を交わしていると、恰幅のいい女性がミトレットに声を掛けてきた。
「ちょっといいかしら」
ドレスが豪華で、しかもアクセサリーをたっぷりと身に着けている。どことなく品のある佇まいに、きっと貴族に違いないとミトレットは思った。出来る限り丁寧に挨拶をすると、その女性は名乗りもせず本題を切り出す。
「もしかして、庶民の間で噂になっているのはあなた?」
「噂ですか?」
「ええそう。魔女のアクセサリーを宣伝して回っているって聞いたのだけれど」
言って女性ははっとして二人に向き直した。
「あら、ごめんなさい。あたくし、アリー・マナディールというの」
「ご挨拶をありがとうございます、マナディール夫人」
女性はそこそこの年齢に見えた。娘か息子の結婚相手を物色していたのだろう。アニスはそう考え、頭を下げた。ミトレットも慌ててそれに倣う。
マナディールは「いいのよ、楽にしてちょうだい」と気さくに言った。
「それで、あなた達で間違いないかしら?」
「魔女の婚活向けアクセサリーでしたら、間違いございません」
「んまー! あたくしにも頂ける!?」
「ええ、それはもちろん!」
アニスはにっこり笑んで、マナディールにカードを差し出した。一通りカードの説明をすると、彼女はまあ、と目を丸くした。
「便利なのねぇ」
「魔女の作ったものですから」
「ああ、なるほど」
それで察したらしい。魔女の道具は庶民でも使うが、やはり裕福な貴族の方が身近な存在だ。彼女は使い慣れているほうなのだろうと予測がついた。
マナディールはカードを従者に渡すと、代わりにひとつの封筒を受け取る。
「友人にも、興味があるっていう方がいるの。その方は、今日は参加していないのだけれど。彼女が出る予定の、別のパーティーの招待状をあげるわ。だからどうか、その方にもカードを渡してあげて欲しいのだけれど」
「いいんですか!?」
アニスとしては、貴族もいるパーティーに出たいと思っていたが、これ以上は伝手がなくてどうしようかと思っていたのだ。渡に船とはこの事だ。つい声が大きくなってしまう。
そんなアニスにふふっと笑って、マナディールは封筒を差し出した。
「ええ、どうぞ。その変わり、と言ってはなんだけど。全身がほっそりして見えるアクセサリーは無いのかしら」
「それは、ちょっと……準備がありませんね」
「製作の予定は?」
「今のところは……」
「あら残念」
今後期待しているわ、と笑って、マナディールは二人の元を離れた。
それを見送ってから、ミトレットとアニスは、今しがた受け取った封筒をまじまじと見る。小さな村に住む彼女達は、貴族社会の力関係なんて知らない。マナディール、という家が、どんな爵位なのかもわからなかった。けれども、アリーと名乗ったあの女性の気品と身に付けている装飾品から、おおよその検討はつく。きっと子爵以上の爵位だろうと、アニスはそう言った。
「すごいわ、やったわねミト!」
「マナディール様、だっけ。とってもいい人だね」
「そうね。これで次の足掛かりが出来たわ。来てよかったわね」
「うん。どうするアニス、マナディール様の為に、全身が細く見えるアクセサリー、作る?」
「それは、ちょっと……よく考えましょ」
遠くを見るアニスに首を傾げて、ミトレットはそうだねと返した。
その後も数人の貴族女性にカードを渡すことができた。沢山の収穫を得て、二人は手応えを感じるのだった。
回廊を進むマナディールに、やあ、と声を掛けた男がいる。
「あら、こんな場所でお会いするとは。珍しいこともありますわね」
「そうだね、ちょっと気になることがあって」
「それはもしや、彼女達のことですか?」
「あなたには恐れ入るよ」
男は肩を竦めた。それをふふ、と笑って、マナディールはついさっき出会った少女達とのやりとりを思い返す。
「不思議な雰囲気はありますけれど、普通の子たちでしたわ。実物を見ましたが、虹属性とはいえ弱いものでしたし」
ふうん、と男は顎に手を添えた。
「あなたがそう言うのなら、害はないのかもしれないね」
「嵌めると腕が細く見えるブレスレットですって」
「なるほどねえ。女性を美しく見せるための道具ってわけか」
「細工も素敵でしたわ。実物を目にする機会さえあれば、あれは国中の女性が求めるでしょう」
「それはそれは。あのマナディール侯爵夫人がそう言うなら相当だね」
「ふふふ。娘に使えないかと思って出向いた甲斐がありましたわ」
扇の奥で笑ったマナディールは、さっきミトレット達に渡した招待状と同じものを男に差し出す。
「彼女達にも渡したものです。よければお使いくださいな。殿下にはお世話になっていますもの」
「わあ、いいのかい? ありがとう」
「どういたしまして」
それだけを言って、マナディールは去って行った。聡い女性だ、自分がこれを目当てに声を掛けたことを理解しているのだろう。素直に渡してみせたのは、直接その目で確かめてみろと、そう言いたいのだろうか。彼女は家と、それから国に対して害を及ぼす可能性のあるものに容赦のない女性だった。そんな彼女が寄越した招待状。そこまでされてしまえば、行かないわけにはいかなかった。
(少し調べた方がよさそうだ)
男——アレンは、目をそっと細めた。




