虹の魔女の婚活事情④
アニスが指定したドレスを纏い、化粧をして貰って、ミトレットは手始めにパーティーの一つに参加していた。費用さえ払えば参加できるようなもので、参加者は庶民ばかりなのだという。アクセサリーの効果を確かめるには最適と言えるだろう。
ドレスは貸衣装だ。婚活が流行してそういうサービスも増えたらしい。なんなら化粧もして貰えるから、思い立ったら即参加なんてこともできるそうだ。結婚相手を探すってそういうものだったっけ、と思わなくもないが、ミトレットはそのサービスを利用した。
支度を整え、会場に入ると、そこは思っていたよりこぢんまりしていた。内装もシンプルで、参加者達の服装も落ち着いている。ミトレットの想像上のパーティーというと、お城での大規模なものだ。宝石をたくさん着けた人達のいる場所、それがパーティーだと思っていたミトレットは少し肩の力が抜ける思いがした。だが、会場が狭い分、入り口に立つと誰もがこちらを見る。そのせいで注目を浴びてしまうのが居心地が悪かった。
ミトレットは魔女だが、風貌は地味なものだ。髪はよくある茶色、顔つきだって平凡でそばかすが浮いているし、背丈は低めで痩せている。ただひとつだけ、瞳の色は特別だった。魔女の瞳は必ずグレーになる。そこに、自身が持つ属性が光になって現れるのだ。ミトレットの場合、グレーに虹の輝きが混じる。覗き込むと七色の光が瞬いて、アニスなどはとても綺麗だと言ってくれるのだが、今日は魔女であるということを隠すために瞳の色を変えている。薄いブラウンの瞳のために、全体的にかなり地味だと言えるだろう。瞳に混じる属性の光までは隠せないが、間近で見ない限り光が見えることはない。だから今のミトレットは、ただの村娘にしか見えないはずだ。
(これ、いくらアクセサリーがちゃんと機能していても、あんまり目立たないんじゃ?)
入り口では注目されたものの、それからすぐに全員がさっと視線を外した。しずしずと部屋の奥へ進むミトレットに声を掛けようとする者はいない。物珍しさから集団で囲まれたりしたら……なんて思っていたミトレットは拍子抜けして、そう思っていた。
だが、実際には興味がないから、ミトレットに声を掛ける者がいなかったわけではなかった。
「おい、見たか」
「見た、見た」
「どこかのお嬢様なんじゃないのか」
「それにしては供がいないぞ」
「俺たちが声をかけられるような雰囲気じゃないんだけど!」
男たちはそうざわめいていたし、
「綺麗な人ね……」
「可愛らしい、って言うんじゃない?」
「どちらにせよ、素敵ね。白い肌が際立っていて」
「ブランドのモデルかしら?」
と、女たちは囁き合っていた。
ミトレットは平凡だが、整った顔つきをしているのだ。更に言えば家に引きこもって道具の製作に勤しんでいるため、色白で細身。今風の化粧を施して着飾れば、けっこうな美少女に変わる。それがわかっていて、アニスはミトレットを送り込んだのだ。
だが、このパーティーでは、ちょっと張り切りすぎてしまったらしい。少し上質なワンピースに、自分で化粧をしただけの女性が多かった。男性の方もそれなりで、控え目なデザインとは言えドレスを纏ったミトレットは目立つ。人見知りで目を伏せ、誰とも視線を合わせないのが、しおらしい名家の令嬢のように映った。そのせいでミトレットに声を掛ける者はいなかった。
「なあおい、行ってみないか」
「やめとけよ、軽くあしらわれるのがおちだ」
「どこの子かしら。この辺じゃ見ない顔よね」
「あたしももっとおしゃれしたら良かったわ……」
(うう、気まずいよぉ……)
ちらちらと投げかけられる視線に気付かず、ミトレットは壁の花になっていた。
「ちょっとやり過ぎたみたいね……とは言え、これはこれで成功よ。やっぱりミトは可愛いのよ! ちょっと化粧したらこれだもの。きっといい広告塔になるわ」
柱の陰から見守っていたアニスはぐっと拳を握る。会場の誰もがミトレットに注目している。それが確認できれば今日のところは成功と言っていいだろう。頻繁に婚活パーティーに参加している美少女が、特別なアクセサリーを身に付けている。その噂を流せば、秘め事を好む女性が食いつくだろうと、アニスはそう考えていた。
アニスは、ミトレットの人見知りが自信の無さから来ているものだと察していた。ミトレットの作る道具は、アニスから見てもどれもいい出来栄えだ。だったら自信を持っても良さそうなものだが、自己肯定の低さは相変わらずで、狭い村でも縮こまって誰の目にも触れないように生活している。魔女、というのがそういうものなのかというとそうでもない。魔女は王宮にも居て、彼女達は大勢の貴族を相手に商売しているらしい。その辺りの個人差は人と変わらないだろう。だからミトレットのこれは、ただミトレットがそういう性質だというだけだ。アニスはそれが勿体無いと思っているのだが、もしかしたら普通にお節介が過ぎるのかもしれなかった。
とりあえずこの場はもう撤退することに決めた。緊張からミトレットがぷるぷると震えだしたのだ。アニスは柱から飛び出し、涙目になったミトレットを回収する。そうして会場を後にした。
「もう、恥ずかしかったんだから!」
「ごめんごめん」
顔を赤くするミトレットをアニスは宥める。会場を出て歩いていると落ち着いたようで、会話は自然と今日の反省会となっていった。
「アクセサリー、効果あったのかな」
「平気よ、あんたすっごい注目されてたわよ」
「ええー、嘘だぁ」
「本当だって。なんで信じないのよ」
「信じられるわけないでしょ、あんなに距離置かれてたのに」
それは、ミトレットが注目を浴び過ぎて、誰も抜け掛けできない状況になっていたせいだ。誰かが声を掛けるのを誰もが待っていたせいで、誰からも声を掛けられなかった。
アニスはそれを言うとミトレットが二度とパーティーに行かないだろうと思って、黙っていた。
「とにかく、これでなんとなくわかったわ。次はもっとうまくやるわよ!」
「えっ、まだやるの?」
「当然でしょ。こんなもんで済ませてどうすんのよ」
「うー……」
「ま、あたしに任せなさい」
どん、と胸を叩くアニスは頼もしい。が、このままでいいのだろうか。そう思ったが、なんとなく感じた事をうまく言葉にできる気がしない。けれども胸をよぎる不安はどうしても拭えなくて、ミトレットはただアニスの後に付いて行くしかなかった。
それから二人は、いくつかのパーティーに参加した。最初のうちは萎縮してまともに会話もできずにいたミトレットだったが、慣れると返答くらいはできるようになった。それも、回数を重ねればもっと緊張が薄まる。パーティーへの参加が片手で数えられなくなる頃には、周囲を観察できるようになっていた。初めの頃、がちがちに緊張していた時は、会話の相手がどんな顔をしているのかも見れずにいたが、今ではきちんと相手の顔を見て話す事ができる。ミトレットに話しかけてくれる人は好意的な人ばかりではなかったが、容姿を褒めてくれる人もいた。それでどうやらアクセサリーはきちんと機能しているようだと、ミトレットはほっと息をつくことができた。
その言葉をくれるのはなにも男性ばかりではなかった。本来ならライバルである女性達も褒めてくれることがあった。それはドレスだったりミトレット自身だったりしたけれど、素敵なアクセサリーねと手放しで言ってくれた人もいる。
「どこのブランドのものなのか、教えて貰えないかしら」
「あの、すみません。これは魔女の作ったものなんです」
「え、そうなの?」
女性達はぱちくりと目を瞬かせる。
「ということは、なにかの効果があるのかしら」
「実は……これは婚活向けのアクセサリーで」
「婚活向けのアクセサリー?」
「それは、どういうものなの?」
「このブレスレットは、嵌めるだけで腕がほっそりして見える効果のあるものなんです」
「嵌めるだけで?」
「この指輪もです。着けるだけで指が細く見えます」
「ほ、本当に?」
「はい」
ミトレットは指輪を外して女性に差し出した。実際にこうして試させるといい、とアニスに言われているのだ。
女性は恐る恐る、といったように、指輪を嵌める。そうすると、指輪を嵌めたほうの手、全部の指先が細くなって見えた。
指輪を嵌めた女性と、その連れらしき女性が、その光景に「まあ!」と声を上げる。
「すごいわ、本当に細くなった!」
「これはどこで購入できるの!?」
女性達の反応は悪くない。ミトレットは、あらかじめアニスと決めた台詞を告げた。
「その、まだ試作段階らしくて。わたしがこうやって実際に試しているところなんです」
「そうなの? 残念だわ」
すぐに購入できるものではない、と聞かされた女性達は残念がる。そこですかさず、ミトレットは次の台詞を続ける。
「でも、予約は受け付けていますよ。こちらのカードを持っていれば、購入できるんですが」
「そ、それ、くださいな」
「わたしも!」
「はい、どうぞ。カードに書かれた場所で購入できるので」
そうすると皆、決まって「絶対に買うわ」と言う。配ったカードには、アニスの父親がやっているお店の場所と、番号が書かれている。番号は通し番号で、会員番号のようなものだ。どれだけのカードを配ったのか、二人が把握するためのもので、受付番号というわけではない。
「いつ頃販売するのかは、どうやったら分かるの?」
「それは、魔女が教えてくれます」
「魔女が?」
「はい。購入できるようになったら、カードに文字が浮かびます。それを見たらお店に来てください」
「へえ、便利ね」
わかったわ、と言って、女性達はその場を後にする。すぐに別の女性がミトレットに声を掛けてきた。さっきのやりとりを見ていたらしい。この日は十枚以上のカードを配ることができた。
別の日には、知り合いからアクセサリーの話を聞いて、自分も欲しくなってミトレットを探していたのだという女性がいた。彼女はカードを受け取るととても喜んでくれた。
そうやって少しずつ、ミトレットの婚活向けアクセサリーの話は広がっていった。
けれど、だからと言ってそれがミトレットの自信に繋がることはなかった。やはり生半可なことではだめらしい。アニスはそれだけが残念でならなかった。
とある豪奢な一室で、貴公子二人が和やかに会話をしている。
「近頃、不思議な少女がパーティーに現れるって話、知ってるかい?」
窓辺でグラスを傾ける金髪の貴公子は、もう一人を振り返りそう言った。
「なんでも、魔女の作った婚活道具の宣伝をしてるらしい」
「なんでお前がそんな事知ってるんだ」
対するもう一人は黒髪で、キッと金髪の彼を睨み付けていた。金髪の彼がグラスを持っているのに対し、黒髪の人物の手には紙の束。仕事中の彼の元に金髪の男が押しかけてきて勝手に寛いでいるのだ。いつもの事とはいえ、しょっちゅうやって来ては邪魔をするからたまったものではない。
そんな事を気にする様子もなく、金髪の男はにこりと笑う。
「かわいいメイドが教えてくれたんだ」
「まったく……仕事中に噂話など」
「まあまあ。とっても役に立ったよ」
だから許してあげて、と言う金髪の男にため息をついて、黒髪の彼は肩を竦める。
「危ないものじゃないのか?」
「聞いた限りじゃ危ない物ではなさそうなんだけど。でも、ずいぶんたくさんの人が彼女と繋がりを持とうとしているようだよ」
「それは危険だな」
人気のある人物に人が集まるのは当然のこと。だが、その中心が魔女となると話は別だ。魔女の作った道具に秘められた力は、場合によっては多大な影響を及ぼす。現に、先の戦争では大軍の幻影を映し出すという鏡が戦況を大きく動かした。幻であっても使い方によっては人に害をなすこともある。その見極めは慎重に行わなければならない。
「うん、そうなんだ。だから僕が直接確かめに行こうかなって」
「絶対駄目だ」
にっこり笑う金髪の男を、黒髪の彼はすぐに止める。
「なんでさ」
「アレン、お前な。自分の立場を考えろ」
「クレスはけちだね」
「けちじゃない!」
今度はアレンと呼ばれた金髪の男が肩を竦めた。
「いいじゃない。僕くらいしか調べられる人いないでしょ」
「いないわけじゃないだろう。お前が行きたいだけじゃないのか」
「そうだけどさあ」
アレンはクレスに頼み込む。
「ちょっと調べるだけだから。ね?」
クレスは目の前の男をじとりとねめつける。
もしも魔女の道具が悪用されるようなことがあればまずい。早急に調査をしなければならないのは事実だ。だが、その為に人員を動かすのは面倒だった。どうしてそんな事をするのかと、そういう横槍が必ず入る。そう言ってくる官僚を黙らせるのは手間なのだ。だったらアレンが勝手に一人で動き回ってくれたほうが、クレスにとっては都合がいい。いいのだが、彼が一人で出歩くのは、本来なら避けなければならないことだった。
でも、とクレスは手元に視線を向けた。そこにある紙の束はできる限り急いで片付けなければならないもので、同じくらいの束があとふたつある。それらを片付けるまで、アレンがじっとしているとも思えない。
諸々の手間と、アレンの危険とを天秤にかけて、クレスは絞り出した。
「……充分気を付けろよ」
「もちろん!」
ぱあっと笑みを深めて答えるアレンに、クレスは盛大にため息をついた。




