虹の魔女の婚活事情③
数日後、出来上がった試作品を持って、ミトレットは再びアニスの元を訪れていた。
「……ダメね、とてもじゃないけど、売れないわ」
「え、なんで!?」
だが、アクセサリーを出した途端、アニスは厳しい顔付きになった。アイディアは良かったし、実際出来上がったものも文句のない仕上がりだった。自信作だったのだ。きっとアニスはベタ褒めしてくれるに違いないと思っていたミトレットは、驚きの声を上げる。
「ブレスレット、上手く出来たんだよ! ほら見て、着けると手首がすっと細く見えるでしょ? 手首だけじゃバランスが取れないから、肘まで自然にほっそりして見えるように工夫して」
「そうね。ちゃんと細く見えるわ」
「揃いでチョーカーも作ったんだから。首元をすっきり見せると、スレンダーに見えて素敵だって、こないだアニスも言ってたよね。調整が大変だったけど、ほら、どう? ちゃんと首元がすっきりして見えるでしょ」
「ええそうね、首が長く見えて、デコルテも綺麗に見えると思うわ」
「じゃあなんで」
出来上がったブレスレットとチョーカーを手にするミトレットを、アニスは怒鳴りつけた。
「なんでデザインが毒蛇なのよ! こんなの身に付けたい女性がいると思う!?」
「いるかもしれないでしょ!?」
「一部はそうかもしれないけど、大半の女は嫌がるわよ!」
ミトレットは自信が無いのが欠点だが、腕前は良いのだ。作る道具の性能は悪いどころかとても良い。細工の腕だって悪くない。だがこのブレスレットはそれが逆効果になっている。てらてらとした金属製のブレスレットは、蛇の鱗を非常に良く再現している。今にも動き出しそうな造形だった。これはこれで需要があるかもしれないが、女性向けのアクセサリーとしては最悪と言っていい出来栄えだった。アニスだって、まじまじと見るのは気が引けた。村育ちのアニスでさえそうなのだから、街で育った女性は尚更だろう。
それに、とアニスはもうひとつのアクセサリーを手に取る。それは先日言っていた、着けるだけで肌が白く見える効果のあるイヤリングだ。イヤリングは、耳に着ける金具の下に、丸っこい飾りが着いている。ただ丸ければ問題ないのだが、これは問題がありまくりだった。
「なによこのイヤリング。どうしてこんなトゲトゲしてるわけ?」
「これはフグっていう魚でね、つつくとこうやってトゲトゲになるの。丸いのにトゲトゲなんだよ、可愛いでしょ」
「可愛くないわけではないけど、こんなのドレスと合わせられるわけないじゃない!」
アニスは再び怒鳴りつける。これらは、あまりにも婚活向けとはかけ離れていた。
「チェンジで」
「えー……」
「チェンジ。作り直せ」
「あう……」
強いアニスの反発に、ミトレットはがっくりと肩を落とすのだった。
後日新しく作り直したアクセサリーを手に、ミトレットはアニスの部屋へやって来た。
「ちゃんと作り直したでしょうね?」
「もちろん」
前回は散々な言われようだったから、ミトレットは鼻息荒く意気込んで新しく作り直したのだ。蛇をモチーフにしたのは魔除けを兼ねてのことだったのだが、女性は蛇を好まないということだったので、別の生き物にした。
「どれどれ……」
アニスが作り直したブレスレットの包みを開く。そしてそれをかざして……固まった。
「………………」
ミトレットは、黙ったままのアニスに首を傾げる。
「アニス、どう?」
思わずそう訪ねたのだが、次の瞬間、くわっとアニスが目を見開いた。
「この、おバカ! 蛇がダメだからって、トカゲにするんじゃない!!」
「え〜〜っ、なんで〜!?」
「根本は同じでしょうが!」
「ぜんぜん違うよぉ! 蛇は魔除けだけど、トカゲは再生と生命の象徴だもん!」
「そういう魔術的な問題じゃなくて! デザインの問題よ!! あんたこれ着けるのが婚活女性だってこと分かってる!?」
「婚活女性だからこそ、悪いものを寄せ付けないようにするのは大事でしょ! 生命の象徴たるトカゲを身に着けることで丈夫な体だってことをアピールしなきゃ。大事でしょ、子供を産める体なんだって伝えるのは」
「婚活パーティーでやる事じゃないのよそのアピールはぁ!!」
ぜいぜいと肩で息をする二人。落ち着くと、アニスはてきぱきとブレスレットを包み直した。
「やり直し」
「えー、また……」
「…………」
「わ、わかったよぉ……」
アニスが強く睨み付けてくるものだから、ミトレットは結局作り直す事にした。再びがっくりと肩を落として、ミトレットは家に戻ったのだった。
それから改良に改良を重ね、ついにミトレット考案の婚活用女性向けアクセサリーが完成した。
嵌めるだけで手首から二の腕までが細く見えるブレスレット。
嵌めると指がほっそりとして見える指輪。
着けると、首が長く見えるチョーカー。
胸元に着けることで、ボリュームがあるように見せるブローチ。
極め付けは、着けるだけで、肌の色が白く見えるイヤリング。そばかすも薄く見える効果まである。
「いいじゃない。完璧よ!」
アニスはそれらを手放しで褒めてくれた。ミトレットは今、それら全てを身に付けている。痩せたミトレットには、ブレスレットとブローチ、それから指輪はさほどの効果をもたらさなかったが、イヤリングとチョーカーはばっちりだった。血色の悪いだけのミトレットの頬は陶器のように滑らかに見え、そばかすはものの見事に薄くなっている。近付けば分かる程度には残っていたが、これなら化粧で隠せるだろう。
ドレスに合うデザインにするのが一番大変だったが、花をモチーフにすることでそれをクリアした。ミトレットの指や首には、見事な花の細工が飾られている。
ただ、これらはあくまで「そう見えるようになった」だけのものだ。目に錯覚を起こさせるだけのものなので、実際に腕が細くなったり胸が大きくなったりするものではない。その辺りはきちんと説明をしないといけないだろうが、うんうんと頷くアニスは、実に満足そうだった。それでようやく、ミトレットもほっと一息つく事ができた。
「あとは市場調査ね」
が、アニスはすぐに、次なる指標を立てる。もう次か、と思ったミトレットだったが、アニスの言ったことがよく理解できない。なんのことかとアニスに尋ねる。
「市場調査って?」
「それがちゃんと需要があるのか、確認するのよ」
首を傾げるミトレットに、アニスは微笑んでみせる。
「効果はちゃんと出てるわ。それらが、ちゃんと女性に必要とされるのかを見るの。でないと作っても意味がないでしょう?」
「なるほど……」
これが女性達に欲しいと思われなければ、売れない。せっかく作ってもこのアクセサリーは在庫として残るということだ。確かに、女性に受け入れられるのかは確認しなければならないだろう。
だが、誰が、どうやって確認するのか。ミトレットは反対側に首を傾げる。
「誰が確認するの?」
「ミトが自分でやればいいのよ」
ミトレットは、ふうん、と気のない相槌を打つが、すぐに「んえ!?」と奇声を上げた。
「わわわわたしが!? パーティーに出るの!?」
「そうよ。でないと反応が良く分からないじゃない」
「でも、そんな。パーティーなんて……」
「大丈夫よ、そんなに気負うことないわ。今、空前の婚活ブームだって言ったでしょ? 街のあちこちで婚活パーティーが開かれているんですって。招待状が無くても飛び込みで入れるような気軽なやつよ。そういうのに入って適当に回って、どれだけ注目されるか見てらっしゃい」
「そ、そんなぁ」
まるでウインドウショッピングでもして来いとでもいうような軽さだ。アニスはそんな感覚でパーティー会場に行けるのかもしれないが、ミトレットはそうはいかない。そもそも、見知らぬ人と会話をすること自体が無理だ。不特定多数の、しかも大勢を相手にする事になったりしたら、その場で失神する自信がある。
「大丈夫、あたしも付いて行くから。柱の陰から様子を見ててあげるから、あんたは適当に男性とおしゃべりしてなさい」
「そ、それが無理なんだけど!?」
ミトレットは悲鳴に近い声を上げた。とてもではないができる気がしない。
「あんまり考える必要ないわ。会話だって、適当に相槌してればいいし。それも面倒だったら、黙って笑っとけばいいのよ」
「そこまで言うなら、アニスがやったらいいんじゃ……」
「何か言った?」
「ううう、なんでもないぃ……」
いつまでも抗議したところで、アニスの意見は変わらないだろう。こうなったらやるしかない。せめて、緊張を和らげるハーブ茶を作って飲んでおこう。ミトレットはそう決めて、ため息を吐いた。




