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虹の魔女の婚活事情②


「アニス〜。いる〜?」


 こんこん、と扉を叩けば、すぐに目的の人物が顔を出した。


「あらミト、いらっしゃい」

「お邪魔しまーす」


 扉を潜ると手近な椅子に腰を下ろす。アニスはちょうどお茶を淹れていたようで、その香りが漂っていた。


「なにこれ、珍しい匂いだね」

「父さんが仕入れて来たのよ。南の方で飲まれている花のお茶だそうよ」


 味見するでしょ、と言って渡されたカップを有り難く受け取る。


「ありがとう、頂きまーす。……ふわあ、いい香り!」

「ふうん。確かに。でもすっごく渋いわね」

「これははちみつがいるね」

「それか砂糖ね。この辺りの人は飲み物に砂糖を使う人は少ないわ。いい香りだけど、売れるかどうか微妙ね」


 アニスはカップを前に、腕を組んで「うーん」と唸っている。ミトレットは優しい花の香りを堪能していたが、やはりちょっと渋い。でも、口に含んだ時の豊満な香りは、渋みを理由に敬遠するには勿体無いと思う。アニスと一緒に「うーん」と唸った。


「でも、逆に言えば、そうしてでもこの香りを楽しみたい、って思われれば、砂糖もはちみつも売れるって事だよね」

「……それよ!」


 ぱん、と手を打つアニス。ミトレットはびくっと肩を揺らした。


「この前、保存が効くっていうビスケットを仕入れたの。実際食べたら甘ったるくて、歯が溶けるかと思ったんだけど。それと合わせて売ればいいんだわ。そうすれば、両方無駄にならなくて済む!」


 ぐっと拳を突き上げるアニスは、まさしく商売人だった。あらゆるものに商機を見出しては売り捌くのが、彼女のもっぱらの趣味で生き甲斐だった。店主以上の生まれながらの商人なのだと、他でもない店主が言っていたのをミトレットは思い出した。


「で、そう言えばミトレット、なんの用?」


 アニスに言われて、そうだった、とミトレットは袋をひっくり返す。出てきたのは、さっき店主から返品された道具だ。


「売れないって、おじさんに返されちゃったの。どうして売れないのか、アニスにも聞こうと思って」

「そうなの? どれどれ……」


 検分するうちに、みるみるアニスの表情は歪んでいく。


「あんた、まだこんなの作ってたの!?」

「こ、こんなのって……。でもこれ売れ筋だったんだよ、村の奥さん達みんなが買ってたの」

「そんなの何年も前じゃない。いい? 今はね、男の人が帰って来てるのよ。獣駆除なんて、男の人に頼めばそれで済むの! わざわざこれを買う必要なんてなくなったのよ、売れなくて当然よ」

「うう、辛辣……」

「事実でしょ、仕方ないわ」


 ずずっと、カップの中のお茶を啜って、アニスは言った。「やっぱり渋いわね」と呟くと、カップを横に除けている。

 ミトレットもちびちびと渋いお茶を舐めながら、ダメ出しされた道具を眺めていた。


「じゃあ、今はどんなのが売れるのかなあ」


 アニスの目がきらんと光る。


「そりゃあ決まってるわ。美容品よ」

「びようひん」

「そ。男も、女もね。今、空前の婚活ブームなのよ」

「こんかつ」

「……あんた大丈夫?」


 単語をオウム返しにするミトレットを、アニスは覗き込む。「分かってないでしょ」と言えばミトレットは「えへへ」と頭を掻いた。やはり、理解していないらしい。

 アニスは、はあ、とため息を吐いた。


「平和になったじゃない? みんな生活がそこそこ安定するようになって、今までみたいに日々を必死に過ごす必要が無くなったのね。じゃあ次にどうするかって言ったら、結婚よ」


 結婚、とミトレットは繰り返した。


「そ、結婚。もう戦争は終わったんだもの、引き裂かれる心配が減ったってことでしょ。分からなくもないわね」

「ふうん」


 ミトレットにはちょっと良く分からなかったので、適当に相槌を打った。

 アニスは続ける。


「でね。みんなが結婚する気になった事で、問題が起きたの。誰もが結婚相手を見つけようと街に出た。それはいいんだけど、皆がみんな同じ事を考えてるもんだから、いい男といい女の奪い合いになってるそうよ」

「う、奪い合い」

「毎日のように、舞踏会が開かれてるんですって。そこで結婚相手を探すの。自分の理想に近い人を自分のものにする。ライバルを蹴落としてね。これはもう狩りよ、狩り」


 狩り、と再度ミトレットは繰り返す。結婚と狩り、それがどう繋がるのか分からない。立派な獲物を意中の相手に差し出すのだろうか、獣みたく?


「多分だけど、あんたの考えてるのは違うわ」

「えっ、なんで分かるの?」

「なんとなくよ」


 アニスは呆れたようにミトレットを見たが、すぐに表情を元に戻した。


「婚活をする人達が、舞踏会の為に色々なものを買い求めてる。商機はそこにあるわ。じゃあどうすればいいのかって、そこが問題よね。女はより一層、自分を良く見せるために、あらゆる手段を尽くしているって話よ」


 それでようやく、ミトレットにも合点がいった。


「つまり……婚活女性が欲しがるものなら、売れる!」

「その通り!」


 ぱちん、とアニスは指を打って音を鳴らす。


「人の作るものには限度があるわ。でも、魔女はそうじゃない。とてつもなく効果の高い物を作れるでしょ、きっと売れるわ。ここいらじゃ魔女はあんただけでしょう? だから期待してるんだから」

「わたしに?」

「そうよ。あんたの作るものが売れる。そうするとつまり、うちが儲かる! 頑張ってよね、うちの店の将来がかかってるんだから」

「大袈裟な」

「大袈裟でもなんでもないわ。事実よ」


 ふふん、と胸を張るアニス。いつも通り、自信に溢れた姿だ。アニスはミトレットと違って、いつも自信がある様子だった。ミトレットは逆だ、自信なんてなくて猫背ぎみだった。確かに魔女で、作った道具を売って生計を立てているが、その数は多くない。魔女仲間の中でも控え目な売り上げだった。


「でも、どういうものを作ったらいいのかな……」

「街では美容品が良く売れてるそうよ」

「ううん、美容品……」


 美容品というと、肌がすべすべになる化粧水とか、真珠のような美しさになるおしろいとかだ。確かに魔女はそういうものも作る。けれども、それは薬品の延長線上にあるもので、残念ながらミトレットが苦手とするものだ。薬草をたくさん配合して作る薬品は管理が難しく、ミトレットには不向きだった。化膿止めとか熱冷ましなんかは簡単な部類になるけれど、それすら危ういミトレットには到底作れそうもない。

 それを言うと、アニスも「そうねぇ」と頬に手を当てた。


「あんたの作る薬、あんまり効果が良くなくって、お祖父ちゃんに突き返されてたもんねえ」

「うう……申し訳ない……」

「あ、ううん、ごめん。向き不向きがあるんでしょ? しょうがないわよ」


 慌てて手を振ってから、うーん、とアニスは首を捻る。


「手脚は細くてすらっとしてて、色白で、出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでるのが、今の美女の条件らしいわ」

「えぇ? 手脚が細かったら、農作業するのに困らない? ある程度の太さがなきゃ、荷物を運べないもの。それに日焼けは良く働く女性の象徴じゃあ」

「だから、そういう生活が敬遠されてるってことでしょ」


 アニスはミトレットをじとっと見る。


「そういう女性が好まれるんなら、そこにヒントがあるんじゃないかしら」

「うーん、それじゃあ……」


 今度は、ミトレットが唸り声を上げた。腕を組んで天井を見上げる。こうすると、いい考えが浮かぶ気がするのだ。

 肌に塗る薬は作れないけど、道具製作はミトレットの得意とするところだ。それにそういう「見る」事に関する道具なら、まさしくミトレット向きと言える。ミトレットは「虹の魔女」だった。虹属性の魔力を操る魔女、という意味である。虹属性は人の視覚に作用する属性だ。ならば簡単だった。道具によって美女の条件を満たす。美女になれる道具を作ればいいのだ。


「例えばだけど……嵌めると手首が細く見えるようになるブレスレットとか、着けるだけで肌が白く見えるイヤリングとか、どう?」

「いいじゃない! ミトにしては冴えたアイディアね」

「え、えへへへ……」


 褒められてミトレットは上機嫌になった。色の白いミトレットは、照れるとすぐに頬が赤く色付く。そばかすの浮いた頬を掻くと、ふんすと両手を握りしめる。


「じゃあ、それで一度作ってみる」

「ええ。完成したら見せてね」

「もちろん!」


 そういう事で、早速ミトレットは試作品を作る事にした。すぐにアニスと別れて家に戻り、ミトレットは構想を練る。素材と効力とを組み合わせ、なにがいいのかを考える時間が、ミトレットは特別好きだった。

 計算を元に分量を計り、魔力を注ぎ込む。それが望んだ通りの効力を持った素材になった時がとてつもなく楽しい。ミトレットは熱中してアクセサリーを作り続けた。


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