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虹の魔女の婚活事情⑪


「……ミト。ミトレット。起きなさい」

「ううん……」


 翌朝、一人暮らしのはずのミトレットを起こす者があった。だが、疲れ切っていたミトレットは、すぐには目を覚まさなかった。寝返りを打って、布団を被る。


「あとちょっと……」

「だめよ。起きなさいってば! ミト!」

「ううーん……?」


 強く揺すられて、ようやくミトレットの目が開いた。そこには友人のアニスの顔がある。ミトレットは何度か瞬きをした。


「あれ。おはよう、アニス」

「おはよう、じゃないわよ。ミトレット、あんた夕べなにしたの?」


 ミトレットはきょとんとする。


「なにって?」

「しらばっくれない! 見なさい、ほら!」


 目を擦るミトレットの手を引き、アニスは窓の側に寄った。そうしてカーテンの隙間から、そっと外を見る。窓の外、下を見れば、そこには数人の見知らぬ集団がいた。

 ミトレットの家の前の小さな庭。集団の真ん中に、昨夜出会ったあの金髪の青年の姿があった。

 青年は、昨夜と同じ白い服を着ている。間違いなかった。


「あ、あの人!」

「見覚えがあるのね?」


 頷いて、ミトレットは昨夜あった事をざっくりとアニスに説明した。アニスは一通り聴き終えると、深くため息を吐いた。


「はあ……まさか、が起きたようね」

「どういう事?」


 アニスは、なんだか決まりの悪い顔をして、ミトレットに向く。ミトレットはそのアニスの表情で、なんだか良くない事が起きたのだと、そう悟った。


「昨夜の舞踏会にね、さる高貴な方が参加なさるっていう噂があったらしいの。今表にいるあの方が、その『さる高貴な方』よ」

「えっ」

「あたしも、昨日父さんに聞いて、初めて知ったわ」


 ミトレットは絶句する。あの青年はそれほど地位が高かったのかと思うと同時に、そんな人物がなぜミトレットの家の前にいるのだろうかと首を傾げた。

 いや、そもそもあの人は何者なんだろう? ミトレットは疑問で頭がいっぱいだった。


「あの方はなんていう名前なの?」

「ミト、聞いてないの?」


 ミトレットは頷く。


「うん。聞く前に、その……逃げちゃったから」


 アニスはもう一度息を吐いてから、そう、と言った。


「じゃあ、教えてあげるから、良く聞いてね」

「うん」

「あの方はアレンディア殿下よ」

「……えっ」


 ミトレットは息を呑んだ。


「アレンディア殿下!?」


 それは、王宮に住む王子様の名前ではなかったか。そう言うと「まだ寝惚けてんの?」とアニスは目を細める。


「白い騎士服なのが、アレンディア殿下。もう一人の青い服の方は、ここの領主のクレスティヌス様よ」


 そういえば、とミトレットは記憶を呼び起こす。昨夜出会った青年二人は、それぞれ「アレン」「クレス」と呼び合っていた。アニスの言うことが正しければ、それは彼らの愛称なのだろう。

 ただ、そんな彼らが、ミトレットの家の前に居るのはどういうわけだろうか。昨夜粗相したミトレットを罰しに来たのかもしれない。

 青ざめるミトレットを、アニスはまた目を細めて「何言ってんの」と一瞥する。


「つまりアレンディア殿下は、昨夜の舞踏会であんたを見初めたと、そういう事でしょ」

「へっ?」

「そう言っているのよ、本人が」


 ミトレットはひい、と悲鳴を上げた。小さな村で起きたことだ、それはきっともう、村中に知れ渡っているに違いなかった。

 どうしてこんなことに。はくはくと口を動かすミトレットは、すっかり青くなってしまっている。


「ど、どうしよう。なにかの間違いだよ。そうだ、昨夜はあのアクセサリーを着けていたから、そのせいかも」

「そうかもね。でも、という事はあのアクセサリーの効果は抜群ってことよね。すごいじゃないミト、これは売れるわよ」

「そうだけど、今はそれどころじゃなくない!?」


 商魂逞しいアニスに、ミトレットは叫んだ。普段通りの彼女が、今は恨めしい。


「と、とにかく、違うって伝えないと……ああでも、わたしが殿下に会うわけには……」

「どうして?」

「どうしてもこうしてもないでしょ。だって、見てよ。アクセサリーを着けてないわたしはこんなだよ? ちんちくりんのなんの変哲もない魔女だよ」


 それは紛れもなく事実だ。昨夜、ミトレットはアニスの手を借りて着飾っていた。作ったアクセサリーは、みんなきちんと役目を果たしていた。気になっていたミトレットのそばかすは綺麗に消え、肌は陶器のようになっていた。

 アレンディアはきっと、そんなミトレットの姿に惚れたのだ。それは返して言えば、着飾っていないミトレットにはなんの価値もないという事になる。そんな無価値な姿を、あの麗しい王子様に晒して、なんの意味があると言うのか。

 震えるミトレットに、アニスはいつも通りの調子で言う。


「あら、じゃあいいじゃない。そのまま殿下に会えば」

「なんで!?」


 ミトレットは、がばりと顔を上げた。アニスはそれに驚いていたが、すぐに不思議そうな表情で首を傾げた。


「なんで、って……別にあんた、殿下と懇意になりたいわけじゃないんでしょ? だったらそのままで会えばいいのよ。そうしたら殿下はきっと、『昨夜会ったのはお前じゃない!』って、そう言うわ。殿下は昨夜の、着飾ったあんたのことを気に入ったんであって、着飾っていない今のあんたを気に入ったわけじゃないって、そう思うんでしょう?」


 アニスの言ったことはもっともだった。アレンディアが美しいと言ったのは、あくまで昨夜の、着飾ったミトレットなのだ。

 だが、ミトレットは、このままの姿をアレンディアに晒すのが怖かった。どうしてかは分からないが、彼に失望されたくない、とそう思ってしまった。

 それはミトレットの本心だ。でも、どうして咄嗟にそんな風に思ったんだろう。

 そうだけど、と呟いてから、困った顔で俯いてしまったミトレットを、アニスは見守っている。


「殿下に、そのまんまで会うのが嫌?」


 アニスがそう言ったので、ミトレットは素直に頷いた。


「う、うん。なんでかは、わかんないけど……」

「ふうん」


 呟いたアニスはその後、がしっとミトレットの両肩を掴んだ。ミトレットは驚いて顔を上げる。


「そうなのねぇ」


 顔を上げた先にあるアニスの顔は、にやにやとしていた。


「うふふ。そう。そうなの。ふうん」


 なんだか訳知り顔で、にんまり笑んだアニスは、そのままばんばんミトレットの肩を叩いた。


「なんだかんだ、あんたも女の子なのねぇ。それもかなりの面食い。あ、それは殿下もか」

「えと……アニス、どうしたの?」

「ううん、なんでも。でもそうね、友人が困ってるんだもの。協力するのが親友ってものよね」


 うんうん頷いたアニスは、ミトレットの手を引いた。なんとなくそれに従ったミトレットはベッドから起き上がる。そのまま歩いて、部屋の扉の前まで進む。


「あんた、殿下に会いなさい。そのまんまでね」

「ええ!? アニス、わたしの話聞いてた!?」

「聞いたからそう言ってんのよ。いいから、いいから。あたしを信じなさい」

「無理だよぅ」

「なんでよ! あたしのこと信じてないの!?」

「信じてるけど、信じられないんだもん!」

「いいから行くのよ、ほら!」


 言いながらミトレットを最低限身繕いさせたアニスは、嫌がるミトレットを玄関から押し出した。すぐにミトレットは扉に縋ったが、内側からアニスが抑えているらしい。扉は開かなかった。

 どんどんと扉を叩くミトレットの後ろから、そっと声がした。


「……君がミトレット?」


 ミトレットはびくりと肩を揺らした。


「もしそうなら、返事をして欲しいな」

「う……」

「ミトレット」

「は、はいぃ……」

「この村に唯一っていう魔女の」

「は、はい……」


 返事はしたものの、ミトレットは振り返らない。そんな彼女を咎めることなく、アレンディアは静かに語る。


「……昨夜、君と良く似た人を舞踏会で見てね。とても美しい人で、彼女には僕の側にいて欲しいなって思ったんだ。彼女は名前も名乗らずに、僕の前からいなくなってしまったけれど」


 ミトレットは黙ってそれを聞いている。


「あまりにも彼女のことが諦められなくて……別れ際抱き留めた際に、彼女に追跡機を取り付けたんだ。ばれているかもしれないんだけど。金剛の魔女謹製の、高性能なやつさ」

「えっ!」


 驚いて、思わずミトレットは振り返った。そして、自分を見つめているあのエメラルドの瞳を見付ける。途端にそれから視線を外せなくなった。


「ふふ。ようやくこっちを見てくれたね」


 アレンディアはそう言って、すっとミトレットの左手を指差した。


「君の手に、その追跡機がある」

「手……って、これ!?」


 ひえ、とミトレットは悲鳴をあげた。ミトレットの左手、そこにあるのは、昨夜アレンディアに嵌められたエメラルドの指輪だ。

 金剛の魔女、というのは、ミトレットや新緑の魔女達を統括する立場の、とても偉い魔女だ。今現在存在している魔女のなかでも、最高の力を持っている。そんな彼女の作った追跡機ならば、寸分違わず居場所を伝えるだろう。

 青ざめるミトレットに、アレンディアは相変わらず美しい顔を向けている。浮かべる笑みは柔らかいものだった。


「聞けば君は、この家に一人暮らしだそうだね。出入りしているのは商店のお嬢さんくらいで、そのお嬢さんはクリーム色の髪だとか。となると、商店のお嬢さんは僕が探している人じゃない」


 そもそもね、とアレンディアは腕を組む。


「近頃、魔女の作ったというアクセサリーを売り込んでいる二人組に、僕もクレスも注目していたんだ。調べるうち、彼女達がこの村にいるということがわかった」


 ミトレットは目を見開いた。まさか、事前に目をつけられていたとは思ってもみなかった。


「魔女の道具は、なかなかに強力だからね。危険な物だったら困るからさ。まあ、すぐに危なくないってわかったからいいんだけど。でもあれらを作った魔女がどういう人物なのか、興味があって。それで僕は一度ここに来たことがある」


 それは、ミトレットの知らない事だ。


「い、いつ……?」

「そんなに前のことじゃない。ひと月くらい前だよ」


 にこりとアレンディアはミトレットに笑いかける。


「そこで僕は、君を見つけた。その日君は魔法で雨を降らせて、庭に水遣りをしていたんだよ」

「水遣り……」


 それは、ミトレットにとっては日常の一部で、別段特殊なことでもなんでもない。雨の少ない季節ともなれば頻繁に行うことだ。水を汲むのは面倒だから、魔女は普通、魔法でごく小規模の雨を降らせることで水遣りを済ませる。幸い、小さな庭くらいならなんとかなったので、ミトレットも魔法を使って水遣りをするようになっていた。


「綺麗だった。とても」


 だというのにこの美貌の青年は、まるで奇跡を目にしたかのようにうっとりと語るのだ。ミトレットの知らない、ミトレットのことを。


「薬草を懸命に世話をする姿も。ドレスを着て、舞踏会に挑む姿も。君、人前に出るのは苦手だろう? なのにあんなに堂々としているんだもの、気になっちゃって」


 目を輝かせて語る青年に、ミトレットは何も言えなかった。


「それからもう、君の虜になっちゃってさ。決定的だったのは昨夜。君の瞳の虹が忘れられない」


 アレンディアは首を傾げた。


「君が、昨夜の女性で間違いないかな?」


 ミトレットはそれに答えることが出来なかった。ただ黙って、アレンディアを見つめている。

 アレンディアの目は、顔は、喜びに満ちていた。嬉しくて嬉しくて仕方ない、そういう表情だった。それを見て、ミトレットは内心で泣きそうになっていた。

 嬉しかったのだ。昨夜アレンディアに向けられた目と同じものが、今ミトレットに向けられている。アレンディアは、着飾っていなくとも、同じものをミトレットに向けてくれている。それが嬉しくて堪らなかった。

 それでミトレットは、自分の気持ちを理解した。ミトレットも、アレンディアに魅せられていたのだ。だから彼に見付けて貰えて、こんなに嬉しい。


「君の名前は?」


 微笑むアレンディアに、今度は震えることなく、ミトレットは答えた。


「……ミトレット、です」

「ああ、ようやく君の声を聞けた」


 喜色を浮かべるアレンディアは、ミトレットの手をそっと取った。昨夜のように、それは優しいものだった。その事が、ミトレットは嬉しい。喜びが胸を満たし、溢れてくる。

 ただ、アレンディアのその笑顔が、自分に向けられている事がミトレットは不思議で仕方ない。それを無視できなかったミトレットの口からは、それが自然と溢れていた。


「どうして、わたしを?」


 それに対するアレンディアの答えは意外なものだった。


「君の目がね、とっても綺麗だったんだ」

「わたしの目が?」


 うん、とアレンディアは頷く。


「実は、間近で君の目を見た事がある。魔女はほら、属性が虹彩になって瞳に現れるだろう? 君のその虹の輝きが、ずっと探してた宝石みたいで……そう思ったら目が離せなくてね。だからきっと一目惚れなんだと思うよ」

「ひ、一目惚れ」

「うんそう、一目惚れ」


 アレンディアは、照れくさそうに笑ってみせた。それから頬を指先で掻いてから、もう一度ミトレットに視線を向ける。


「ミトレット。お願いがある。僕の側に居てくれないかな」


 きっと、アレンディアの言葉に偽りはないのだろう。言葉はとても軽かったけれど、ミトレットを見る目は真摯なものだった。だからきっと信じてもいいのだろう。

 でも、ミトレットは首を横に振った。


「……それは、無理です」


 アレンディアは目を見開く。それをミトレットはじっと見返した。これだけは伝えねば。そう思って、ミトレットはぐっとお腹に力を込める。最後まできちんと話せるように。


「昨夜殿下が褒めてくれたわたしは、作り物なんです。細い指も白い肌も、わたしが作った道具でそう見えていただけで」


 涙の浮かんだ目で、ミトレットはアレンディアを見上げた。


「なにも着けてないわたしは、こんなです。ぜんぜん綺麗じゃない。可愛くもない!」


 突然の告白だったが、アレンディアは、そうか、とふっと笑った。


「そんな事ないよ」

「でも」

「僕の目には、今の君もとても綺麗に見える」

「そんなはずない!」


 強く言い切るミトレットに、アレンディアはふうむと考える仕草をして見せた。


「昨夜の姿を作り物だと君は言うけれど、果たしてそれは本当だろうか?」

「……へっ?」


 いきなり何を言うのだろうか。ミトレットはぽかんと口を開ける。


「僕は立場上、魔女が作った物は良く見るんだ。その効果もね。確かに昨夜の君の姿はそりゃ美しかったさ。でも、ああいうのって、認識を歪ませるのではなくて、着けた人をより良く見せるものだろう?」


 ぱちぱちと瞬きをするミトレット。その勢いで、ぽろりと涙が溢れて頬を伝った。それを、アレンディアはそっと指先で拭う。


「走るのが速くなるアンクレットはその人の能力を後押しするものだし、腕力が上がるブレスレットも同様だ。背が高くなる靴——は別物か。とにかく、君が作ったアクセサリーもそういう類いのものだろう」


 なおもぽかんとするミトレットに、アレンディアは笑んでみせる。


「つまり、昨夜の君は、君の魅力が引き立てられただけにすぎない、ってこと。磨けばあんな風に、君は輝くんだよ。僕はそんな君が美しく感じたんだ」


 何より、とアレンディアは続ける。


「何より、〝そういう君〟を君は作った。とても魔女らしく、素晴らしい事だと思うな。魔女であることにひたむきな君が、僕は好きなんだ。……分かってくれたかな?」


 本当にそうだろうか、とミトレットは思った。

 ミトレットは不出来な魔女だ。何年もかけて死に物狂いで取り組んだ為に、やっと低級の薬を作れるようになったくらいの出来損ない。虹属性を持ってはいるけれど、ぜんぜん強くない魔力は、満足に道具を作るのに足りなかった。もっと力のある魔女なら、こんなに分散しなくても、ブローチひとつで全部の効果を出す事ができるだろう。ミトレットはそれができないから、ブレスレットやチョーカーを作った。細工を褒めて貰えはしたけれど、それは魔女の力量とは関係ない。ただの個人の美意識の違いでしかならない。

 そうやって分割して、ようやく効果を得られる。そんなミトレットが、立派な魔女なはずがない。どんなに立派な虹の色を持っていたって、ミトレットはアレンディアが言うような魔女なんかじゃないのだ。

 それをアレンディアは好ましいと言う。どうしてなのだろう。よく分からない。

 よく分からないけれど、涙が止まらなかった。誰からも認められず、アニスの一家としか親しい者のいなかったミトレットにとって、好意を示してくれる相手というのは誰もいなかった。だから、さほど親しくもないアレンディアが、こんなにも好意を表してくれるのが嬉しかったのかもしれない。それか、ミトレットの作った道具を認めるような発言をしたからか。嬉しくて切なくて、それで涙が溢れてくるのだと、ミトレットに理解できたのはそれだけだった。

 アレンディアが言ったことが本当のことなのか、泣きじゃくるミトレットには分からなかった。だが、優しいアレンディアの微笑みは信じられるかもしれない。

 ミトレットはそう思って、そっと頷いた。

 頷くミトレットに、満足気に笑みを深めたアレンディアは、騎士服の袖でミトレットの顔を拭ってくれた。


「硬くてごめんねぇ、ハンカチ持ってなくて」

「……ふふっ」


 ミトレットは思わず笑いを溢した。


「ああ、ようやく笑ってくれた」


 うんうんと頷いたアレンディアは、さっとミトレットの背に手を回す。


「じゃあ早速お城に……」

「ちょっと待ったー!!」


 行こうか、とミトレットを連れて行こうとしたアレンディアに、待ったをかける者がいた。ミトレットの家から飛び出してきたアニスだ。

 アニスはずんずんと進んで、アレンディアの正面に立つ。


「ミトレットを連れて行かれるのは困りますわ、王子様」

「やあ、久しぶりだね」

「ええ。ひと月振りですね」


 お久しぶりですと腰を折るアニスは、なんだか良家のお嬢さんっぽかった。実際は、小さな村の商店の一人娘なのだが。ともかく堂々としていて、頼もしさを感じる。さすがだな、と鼻を啜って、ミトレットは思った。

 アニスはすっと背筋を伸ばして、アレンディアに向いた。


「ミトは、うちの専属の魔女なんです。うちの店はその子無しでは成り立たない。そんな彼女を、お城へ連れていくだなんて! うちの店に潰れろと言っているようなものですわ」


 堂々としたアニスの言葉に、アレンディアは目を細める。


「やっぱり君、すごいね。村の商人にしておくには勿体無いよ」

「お褒め頂き光栄ですわ。でも残念、身の程は弁えてますの」


 つん、と顎を上向かせるアニス。そんな態度は不敬にならないのかとミトレットはおろおろと視線を彷徨わせるが、アレンディアに気にした様子はなかった。ただ、向こうのほうでクレスティヌスが難しい顔をしていたから、アレンディアはよっぽど懐の広い人なんだろうなと、そう思った。

 くすくすと笑い声を上げて、アレンディアはアニスに交渉を持ちかける。


「そうか。じゃあ、どうしたらミトレットを連れて行けるのかな?」

「そうですねえ、父とも相談してみないといけませんが。例えば……大口のお得意様が居たりすると安心なんですが。お城へ出入りするような、ビッグな方だと、なお良いですね」


 アレンディアとアニスは、にこにこと笑っている。


「よし、わかった。ちょうどいい、ここにいるクレスを窓口にしよう。レジエーヌ卿はここの領主だ、なにも問題はないね」

「アレン! 勝手に何を」

「まあ、ありがたいですわ! レジエーヌ卿、どうぞよろしくお願いいたします」

「くっ……」


 苦い顔をするクレスティヌスのことも、にこにこしているアニスとアレンディアのことも、どうしてそんな顔をしているのか、ミトレットにはわからなかった。ただ、アニスとアレンディアが、ミトレットにとって不都合になる事をするはずがない。ミトレットは黙ってそれを見守っていた。


「ミトレットも、それでいい?」


 だから、急にアレンディアにそう言われても、なんの確認なのかわからなかった。「ひゃい!?」と声をあげるミトレットに、アレンディアは優しく教えてくれる。


「君は魔女なんだ、生業を続けたいだろう? 安心して道具を卸せる場所があれば、それだけで利点になる。彼女の家なら、君も安心して作ったものを渡せるよね」


 あっ、とミトレットは声を上げた。そう、ミトレットは魔女だ。魔女は、魔法を使って道具を作り、生計を立てるのを生業としている。生業を辞めた魔女は気力を失うことが多く、そうなるとどんどん衰弱していく。生きる意欲を失うのだ。ミトレットが健康に生きていくには、これまでのように道具を作り続けるしかない。

 それを、アレンディアは分かっていたのだ。どこまでもミトレットの為を想っているのだと分かった。

 ミトレットは、嬉しくて涙が溢れそうだった。それを堪えて何度も頷く。


「決まりだね」

「毎度ありっ!」


 勢いよくアニスが言って、ミトレットは思わず笑ってしまった。


「アニス、それだとなんだか、わたしが売られていくみたい……」

「あら、そんな事ないわよ。頑張ってねミト、うちを儲けさせてちょうだい!」

「うええ……」


 アニスの言葉が可笑しくて、溢れそうになっていた涙はすっかり引っ込んでしまった。代わりに笑いが溢れる。可笑しくて可笑しくて、結局ミトレットの目からは涙が零れた。アニスがそれをハンカチで拭ってくれる。

 そんな二人を見て、アレンディアも笑みを浮かべた。


「君たちは仲が良いんだね」

「それは、もう。だってあたし達、親友ですから」

「そうか。それはとっても頼もしいね」


 そうしてアレンディアも笑い声を上げた。小さな工房に日が差して、朝露がきらめく。珍しく賑やかな魔女の庭に虹が掛かったのは、それから間もなくのことだった。






 それからミトレットは、お城で道具を作るようになった。作るのは、アレンディアと出会うきっかけになった、あのアクセサリーだ。

 王子様を射止めた「虹の魔女」の婚活道具は瞬く間に有名になり、国中の女性が求める事態になった。

 その道具は都では買えず、彼女の出身の村でしか購入出来ない。それでわざわざ、女性達はその村を訪れた。レジエーヌ領にある小さな村だった彼女の出身地は、そのおかげで凄まじい発展を遂げた。今では知らぬ者はいないくらいの有名な土地だ。そこではやり手の若女将が、領主様をこき使ってアクセサリーを売り捌いているともっぱらの噂だった。アクセサリーの製作者である魔女は、それを肯定することはなかったそうだけれど、領主様と親しい王子様はその話を聞くと大いに笑ったというから、きっと本当なのだろう。


 それからも様々な婚活道具を作り続けたミトレットは今、こう呼ばれている。

 虹の魔女改め——婚活の魔女、と。


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