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黒き共鳴、深淵より呼ぶもの

村を背にしてから三日、グエンが歩いた後には一本の「死の轍」が刻まれていた。

彼が森を抜ければ木々は立ち枯れ、川に触れれば魚は浮く。世界そのものがグエン・クロウという存在を拒絶していた。

そんな中、かつて宿場町だったと思われる廃村の広場で、その光景は広がっていた。


「呪われた化け物め! その薄汚い耳も、その忌々しい魔眼も、ここで焼き尽くしてやる!」

松明を掲げた数人の暴徒──魔物に家を焼かれ、正気を失った避難民たち──が、中央の杭に縛り付けられた少女を囲んでいた。少女は亜人だった。獣の耳と、片方の瞳が緋色に輝く「魔眼」の持ち主。

だが、グエンの目を引いたのは少女の横に転がっていた「籠手」だった。

それはグエンの鎧と同じ、漆黒の光沢を放ち、周囲の空気を歪ませるほどの禍々しいオーラを放っている。

「……やめろ。そいつから離れろ。」

低く、地を這うような声。グエンが広場に踏み入ると、暴徒たちは一斉に振り返った。だが、彼らが目にしたのは「助けに来た勇者」ではない。鬼の頭骨を被り、骸の鎧を纏った、魔王と見紛う異形だ。

「な、なんだお前は……魔物か!?」

「魔物ではない。だが、お前たちの味方でもない。」

グエンが一歩踏み出すと、地面の草が瞬時に黒く炭化する。その圧倒的な「死の気配」に、暴徒たちは悲鳴を上げて逃げ散った。


静寂が戻った広場で、グエンは少女の縛り目を爪先で切り裂いた。

少女は力なく崩れ落ちたが、その視線はまっすぐにグエンの鎧、そして左上の「視界のゲージ」に向けられていた。

「……あなたも、『選ばれた』のね。その、救いのない力に。」

少女が掠れた声で呟くと同時に、グエンの脳内に無機質なアラートが響いた。

『警告:外部デバイス「心理武装・ゲシュペンスト」の接近を確認。共鳴リンクを確立しますか?』

「……共鳴だと?」

少女は震える手で、足元に落ちていた漆黒の籠手を拾い上げた。彼女がそれに手を差し込むと、籠手は生き物のように彼女の細い腕を食い破り、肉と一体化していく。

「私の名はリィン。……見ての通り、世界に捨てられた『語り部』よ。」

リィンの腕に装着された「ゲシュペンスト(亡霊)」からは、グエンの「ヘルヴァーナ」と同じ、暗く冷たい魔力が溢れ出していた。

「この装備は、持ち主の憎悪を糧にする。……あなたは、何を失ってその鎧を纏ったの?」


グエンはリィンの緋色の瞳を見つめ、静かに答えた。

「俺は、すべてを失った。村も、友も、愛した女の未来もな。残ったのは、この呪いと、魔王への怨嗟だけだ。」

リィンは自嘲気味に、だが美しく微笑んだ。

「奇遇ね。私も、自分の部族を魔王軍の実験台にされて、この『呪具』だけを残されたわ。……ねえ、勇者様。一人で歩くには、この世界の闇は深すぎると思わない?」

彼女の籠手から伸びた闇の触手が、グエンの漆黒の大剣に触れる。その瞬間、グエンの脳内ゲージが激しく明滅し、紫色のラインが活性化した。

『リンク確立。生体エネルギーの共有を開始。戦闘能力、15%上昇。』

「……勝手にしろ。ただし、俺の背後に立つなよ。斬り伏せてしまうかもしれん。」

「ふふ、冷たいのね。でも、その鎧の温度……私と同じくらい、凍えていて安心するわ。」

こうして、世間から「魔王の再来」と恐れられる呪われた勇者と、復讐に燃える亜人の少女。光なき道を征く二人の、奇妙な旅が始まった。


リィンとの奇妙な共鳴は、予期せぬ「毒」を呼び寄せた。

二人の呪われた装備が放つ濃密な暗黒の魔素は、広大な森の深淵に眠っていた「捕食者」の飢えを刺激したのだ。

地響きと共に、廃村の入り口にある大門が紙細工のように粉砕される。


「……この、臭い……」

グエンの背筋に、凍り付くような戦慄が走った。

立ち込める土煙の向こう側から現れたのは、かつてマイケル・コース村を蹂躙した魔物たちの長──「キマイラ・ロード」。

三年前よりも巨大化し、その全身には犠牲者たちの怨念を吸い上げたかのような赤黒い紋様が浮かんでいる。ライオンの頭部、虎の剛脚、翼、そして蛇の尾。そのどれもが、グエンの脳裏に焼き付いた「リアラが最後に見た光景」の構成要素だった。

「キシャアアアアアッ!」

キマイラの咆哮が空気を震わせる。その眼窩に宿る狡猾な知性は、目の前の漆黒の魔人が、かつて泣き叫ぶことしかできなかった無力な少年であることを察知し、嘲笑うように牙を剥いた。

「グエン、危ない!」

リィンの警告が飛ぶ。キマイラ・ロードの尾──猛毒を持つ大蛇が、音速を超えてグエンの喉元を突いた。


『敵対目標、生体パターン照合……「マイケル・コース村・惨劇の主因」と特定。』

『マスターの精神汚染度、最大値を突破。安全装置セーフティを強制破棄します。』

ヘルヴァーナが無機質に告げると同時に、グエンの鎧から溢れ出す黒いオーラが爆発的に膨れ上がった。鬼の頭骨の奥にある瞳が、理性など微塵も感じさせない漆黒の炎に染まる。

「……あ……あああああッ!」

グエンは回避しなかった。蛇の毒牙が鎧の隙間を狙うが、触れる瞬間に黒い爪がそれを掴み、素手で握り潰した。

「ギチ、ギチィッ」と蛇の骨が砕ける音が響く。

グエンは一歩、また一歩とキマイラ・ロードへ歩み寄る。彼が歩く大地の腐食速度は跳ね上がり、周囲の家屋の柱が急速に朽ち果て、崩落していく。

「貴様……あの時、リアラを……どうした……!」

一気に距離を詰め、身の丈を超える漆黒の大刀剣を振り上げる。重力そのものを切り裂くような一撃が、キマイラの放った火炎のブレスを真っ向から両断し、その巨大な右前脚を肉片ごと消し飛ばした。


キマイラ・ロードは、生まれて初めて「恐怖」を感じた。

目の前の存在は、もはや人間ではない。かつて自分たちが弄んだ弱者ではなく、すべての命を無に帰す「終焉の化身」だ。

逃げようと翼を広げるキマイラ。だが、背後からリィンの放った「ゲシュペンスト」の影の鎖がその翼を絡め取り、地面に叩きつける。

「逃がさないわ。……あなたの痛みは、この人が一番知っているはずよ。」

グエンは倒伏したキマイラの頭部を踏みつけた。

兜の隙間から、ドロドロとした暗黒の魔力が涙のように溢れ出す。

「……死ね。百回、千回、万回……死に続けろ。」

大刀剣がキマイラの喉元に突き立てられる。それはただの殺害ではなかった。ヘルヴァーナの機能が発動し、魔物の生命エネルギーだけでなく、「魂の絶叫」さえもが呪いの糧として鎧に吸収されていく。

やがてキマイラ・ロードだったものは、灰にすらなれず、真っ黒な染みとなって大地に沈んだ。


戦闘が終わった。

グ延は血塗れの大刀剣を杖代わりにし、荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。

復讐を果たしたはずなのに、胸にあるのは晴れやかな達成感ではなく、さらに深まった「空虚」と「鎧の重み」だけだった。

『目標の完全消滅を確認。エネルギー充足率120%。肉体の侵食を一段階進めます。』

グエンがふと自分の手を見ると、鎧の継ぎ目から、自分のものとは違う、どす黒い皮膚のようなものが這い上がり、肘までを覆い始めていた。

「……やりすぎよ、グエン。」

リィンが近づき、彼の背中にそっと手を置く。その手もまた、呪われた籠手に覆われている。

「でも、これでわかったでしょ。私たちは、もう引き返せない。このまま魔王を殺すまで、呪いを吸い込み続けるしかないのよ。」

グエンは何も答えず、ただ遠く、魔王城があるはずの北の空を見つめた。

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