生き残り冒険者の戯言
冒険者ギルドに併設された酒場。
私はそこに給仕のアルバイトとして雇われている。
酔っぱらいの常連さん達のおかげで、今日もそれなりに盛況だった。
「年寄りの助言は聞くもんだ、そう思わねぇか??」
なんて、常連の一人に言われる。
それは、歳の頃三十代後半から四十代くらいのオッサンだった。
赤ら顔で、適度に酔いが回っていることがわかる。
「まぁ、わかるさ。
俺だって若い頃は今の俺と同じくらいのおっさん達によく説教されたもんさ。
やれ、生意気だ。やれ、調子に乗るなってな」
そこで、グイッとアルコールを煽る。
「その度に、ウザイって思ったもんだよ。
けどさ、後々になって気づいたんだ。
あの頃のおっさん達は、冒険者稼業をして長かった。
冒険者の平均寿命が何歳か知ってるか?」
私はニコニコと笑って、答えを待つ。
慣れたものだ、と我ながら思う。
「成人するのが15歳だろ?
そこから五年、生き残れるのはグッと少なくなる。
受ける仕事にもよるけどな。
若いやつは、早く早くと手柄を取りに行く。
生き急ぐ、死に急ぐ。
どうしたって、危険な仕事を受けたがる。
そこそこの金がもらえるし、名前が売れるからな。
そうやって、功を焦って死んでいくんだ。
俺の同期の奴は、みんなそうして死んで行ったんだ」
私はそこで口を開いた。
「さっきの新人さんへのちょっかいや、ギルマスに噛み付いたのも、そのための気遣いですよね」
私の言葉に常連さんは、ニヤリと笑った。
つい先程のことだ。
登録したばかりの新人冒険者さんが、早速初心者向けの依頼を受けて、戻ってきた。
新人冒険者さんは、手土産を持って戻ってきたのだ。
最初、新人冒険者さんが受けたのは薬草採取の仕事だった。
本来なら危険なモンスターはいない、そんな場所に件の薬草の群生地があるのだ。
その場所に、本来ならいないはずのモンスターが出た。
そして、あろうことかその新人冒険者さんは、そのモンスターを倒してしまったのだ。
そして、倒したモンスターをついでに解体し、ギルドに持ち帰ってきたのである。
これが、手土産の正体だった。
新人なのに凄い凄い、と受付のギルド職員やほかの冒険者が持て囃した。
そんな中、この常連さんをはじめとした、冒険者としては比較的長生きな中高年冒険者さん達は、あまりいい顔をしなかった。
そして、まるでその代表でもあるかのように、この常連さんが口を出したのだ。
『調子に乗るなよ、小僧』と。
それは、きっとかつて、この常連さんが小僧と呼ばれていた頃に投げられた言葉だったのだろう。
そんな言葉の数々は、未来への希望と夢に満ちた新人冒険者さんを初めとした、若手冒険者の人達には残念ながら届かない。
売り言葉に買い言葉というもので、ここからは荒くれ者が多いこの場所ではさほど珍しくない喧嘩へと発展した。
殴り合いの喧嘩である。
常連さんには手心があった。
だからこそ、スキルもなにも使わず新人冒険者さんの相手をした。
しかし、新人冒険者さんの方はそんな気遣いには欠片も気づくことは無かった。
その喧嘩を鶴の一声で止めたのは、この冒険者ギルドに配属されたばかりのギルドマスターだった。
この常連さんより若い、まだ二十代の男性である。
新しいギルドマスターは、このギルドの若返りや世代交代を目指している節がある。
そのため、常連さんのような中高年冒険者を厄介払いしたいように見える。
だからなのかは、正直わからないが、ここ最近は私とそう年の変わらない冒険者さん達の昇級が相次いでいた。
代わりに、常連さんのような中高年の昇級を渋るようになってきたのだ。
先代のギルドマスターの頃には考えられないことである。
「若くて優秀、そして、やり手。
たしかに、そういうのがこれからを作っていくってのはわかる。
でもよ、この酒の一口分くらいの注意を聞いたってお天道様は怒りゃしないと思うぜ」
そうして、またグイッと酒を煽った。
この常連さんはギルドマスターに噛み付いた。
年下の上司に反抗したのだ。
ギルドマスターは、常連さん達を含めて目の敵にしている節もある。
おそらく、ギルドマスターの目指すギルドの若返りには彼らが邪魔なのだろう。
現に、遠回しな嫌味をギルドマスターは常連さんたちに対して投げつけたのだ。
それを何処吹く風といなせるのが、年の功というものなのだろう。
「でも、なにかをやるっつーのは結局は生き残ってこそだろ?」
「……お客様は、やりたいことがあったんですか?」
「おーあったあった。まともな職につけたらなぁ、良かったんだけど。
でも、俺でも稼げる仕事っつーとこれしかなかったんだ。
んで、稼ぎ続けるには生き残り続けるしか無いだろ??」
そこまで常連さんが言った時だった。
「あー!!いたー!!
お父さん!また飲んだくれて、もー!!
他の人に突っかかるのも、ご迷惑でしょ!!
いい加減、やめてって言ってるでしょ?!」
そんな甲高い少女の声が、ギルドの建物内に響いた。
見れば、ずんずんと酒場のカウンターに歩いてくる十代半ばの女の子の姿があった。
私と同い年か少し上くらいの女の子だ。
この常連さんの娘さんである。
ペコペコと娘さんは頭を下げ、常連さんを引きずっていく。
少し遅れて、二十歳すぎほどの息子さんも現れて常連さんを担ぐ。
「お世話になりましたー、回収していきます」
息子さんがそう言い、娘さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
私は、いつも通りのセリフを口にした。
「ありがとうございましたー」