帰宅
えー、○○さんは、今日、おうちの都合でお休みです。
ねえ、○○ちゃんと今日連絡取れた?
ううん。昨日の夜から既読がつかない。
思い出すだけでむかむかする。心配しているふりで親らしいことをしている自分が好きな親の態度も、説教も、愚痴も。俺のことなどまるで人形のように扱うことが、そのヒステリックな声が大嫌いだ。
ふらりとコンビニによる。高校生がこの時間に出歩いていることなど珍しくもなく、炭酸飲料を買う。財布を家に忘れた。仕方がないから電子マネーで払う。これも親にばれると煩いんだよな。
都心に近いせいか昏くもない夜の景色の中、当てもなくふらふらとさまよう。何となく親の声を思い出して、またイラつく。足元に転がる石に八つ当たりをした。何となくその行き先を目で追って、気づく。こんな場所に公園があったことを。
ふらりと入ってみればそこまで広くもない公園だ。小さな砂場が1つにブランコが2つ。対して珍しくもない公園の風景を尻目に、ベンチにどっかりと座る。手元でプシ、と鳴る炭酸飲料の開封音が心地いい。ゴクリ、と一口飲み込む。しゅわしゅわと音を立てた炭酸がのどを潤す。
「ばあ。」
目の前から女の声。ドアップの誰かの顔。思わず出そうになった手を必死に抑えた。さすがに前科持ちになる可能性は避けたい。
「どう?驚いた?」
驚いたでしょ。と笑う女が勝手に隣に座る。俺はちゃんと前を向いていたはずなのに、この女はどこから現れたのだろう。
じっと女を観察する。白い肌。黒いブレザーについている校門は俺と同じ学校のものだ。顔を見ても覚えがない。同じクラスではなさそうだ。セミロングの黒髪にまあるい瞳。浮かべる笑顔は活発な印象だ。
「ねね、君、どこから来たの?高校生?こんな時間にどうしたの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に答える気にはなれず、かといって今更席を立つのも負けたような気分になるので黙って前を向く。それもねえねえと袖を引っ張る女のせいで長続きはしなかったが。
「お前と同じ高校だよ。別に、いつ出かけたっていいだろ。」
「よくないよ!今何時か知ってる?1時だよ?日付変わっちゃってるよ?明日も学校じゃん。あ、わかった。家出ってやつでしょ。うわあ、悪い子だ。」
一人で楽しそうにどんどんと話す女にだんだんと頭が痛くなってきた気がして袖をつかんできていた腕を引きはがした。
「ふふ、でも、私と一緒だ。」
「お前と?」
思わず聞き返すとぱ、と笑って女は明るく続ける。
「うん。私もね、家出中だったんだけど、そろそろ帰らないとなぁって思ってたとこ。ほら、ここら辺住宅街でなんもないからさ。野宿はきついなぁって。」
ふと言われて気づく。確かに寝るところがないのはきつい。立ちの家に泊めてもらおうかと確認したスマホはなぜか電源が入らなくなっていた。
「ね?きついでしょ?君も帰れるうちに帰った方がいいぞ~。この辺りはあぶなぁいからね。」
1時というこいつの言葉を信じるなら親ももう寝ている頃合いだろう。それならもう帰るか、と空になった炭酸飲料のペットボトルをごみ箱に投げ入れる。吸い込まれるようにして入ったペットボトルは軽い音を立てた。
「お前は。」
「私?」
「帰るんだろ。」
断つ気配がない女に顔を向けずに聞く。何度か迷うように息を漏らし、数秒。
「あー、うん。かえる、かえるよ。うん。帰りたいからね、なんだかんだ言って。」
でも、もう少しだけ、という女にそうか。とだけ俺は返した。
本日未明、××県××市で女子高生の遺体が発見されました。死亡推定時刻は昨日の午前2時。腹部に刺し傷があったことから、警察は殺人事件として捜査を進めており――――