不測の事態2
黒男とはこれっきり…とはならないみたいです。
「とりあえず、ドアの設置場所は変更だな。」
「オラは亀の上がいいと思うぞ。それで亀を逃して、オラ達も逃げるんだぞ!」
「む。確かにその方法もあるな。」
「でも亀を逃すのどうするの?」
「オラがバーンって投げるぞ!」
「いや、それだとお前が家に入れなくなって、取り残されるけどいいのか?」
「おぉ!それはダメだぞ!」
しかし投げるというのは流石にないが、亀を逃すのはありかもしれない。ドアスコープで逃すタイミングを図って逃せば俺たちの存在はバレずに済む。しかしどこでもYEAHの中では音が聞こえないんだよな。あと、ドアが現れるスペースがない狭い場所に入れられてしまった場合いったいどうなるのか。ドアが開かないから閉じ込められると…餓死?あれ、結構リスクあるな。
「ここから飛び出してホバーボードで一気に逃走するのが手っ取り早いと思う。」
「…うん、リアの言う通りかも。」
「亀さん助けないの?」
「クル、亀さんは一緒に連れていけるから大丈夫だよ。」
「よかった!」
「それなら早く脱出しよう。」
「やけに急ぐな。なんか予定あるの?」
じっと街の方角を見つめながら言うリア。何故か早く街に戻りたいようだ。
「だって匂い取る君待ってる人がいるんでしょ?今日もお店休むの?」
「あ……………。」
『匂い取る君』の事なんてすっかり忘れていた。いや思い出さないようにしていたという方が正しいかもしれない。俺は何であんなものを作ってしまったんだ…。いっそ『匂い取る君』が無かった世界に戻したい。
「こだまさん助k」
「ムリ。」
すがろうとしたら食い気味で拒否られる。俺の思考は相変わらず駄々漏れだ。もうこうなったらあの方法しかない。
ワシッ。
「エティさん俺達は運命共同体だ。分かるか?つまりこれはお前の問題でもあるんだ。さぁ今すぐアンジュを出せ!」
「ア、アンジュ?」
「お呼びですか、ご主人様?」
「早っ。悔い気味で来た。」
「オラ、まだ呼んでないのに…。」
「社会人は5分前行動が基本ですので。それで出陣ですか?誰を殺りますか?」
「社会人の心得!?それに殺るって物騒だな!」
「はい、私共全員いつでも逝けます!」
「逝ける…って、ダメダメ!誰も傷つけちゃダメ出し、自分たちが傷づくのも禁止!」
「では私達は何を?」
「アンジェ達は人々を守る為の任務についてもらう。」
「そうだぞ!オラ達ヒーローは人々を守るのがお仕事なんだぞ!」
悔い気味で現れ、間違った方向の殺るk…やる気に思わず俺の後ろに隠れてしまっていたエティ。ヒーローという言葉に漸く会話に戻ってきた。
「ヒーローは困った人の為に働くんだぞ!だからアンジェ達は『匂い取る君』を売るんだぞ!」
「『匂い取る君』ですか?」
「そうだぞ!匂いはエチケットだぞ!」
「『匂い取る君』なら問題なく製造していますが?」
そうだった、そうだった。製造任せてたんだった。しかし今まで作り続けてたって、どこに保管してるんだ?
「………任務を出したことをお忘れでしたね?製品は私達のアイテムボックス内に保管しています。」
「あれ、また心の声漏洩したような…。コホン。もちろん忘れてない!アンジェ達には製造に続いて販売の任務をお願いしようと思っている。」
「販売ですか?」
「そうだ。造って売る。『匂い取る君』を必要な人達に届ける大事な任務だ。」
「任務了解いたしました。しかし、どこで販売をいたしましょう?」
「確かに。どうしようか。」
入国審査所の横の机にエンジェルズ達がぞろぞろ行くわけには行かない。店を持っていないのでどこで販売するかは問題である。
「屋台で売ったら?」
「屋台?」
「商品はアイテムボックスで運べるんだから店はいらない。街を移動しながら売ったら注文してくれた人の所にも行けるし、一石二鳥でしょ。」
「おぉリア天才だぞ!こだま、ヒーロー号今すぐ造るんだぞ!」
リアの言葉にテンション上がったエティは気を抜いていたこだまにいきなり屋台をおねだりする。めったに動じないこだまが一瞬固まり、思わずうなずく。こだま、うなずいちゃダメだぞ。了承とみなされちゃう。
「アンジェ、良かったな!こだまが屋台造ってくれるぞ!」
「ありがとうございます、こだま様!」
「オラ、空飛ぶやつがいいぞ!」
「素敵ですね!ならカラフルなものにしましょう!」
さあ早く、早くとエティとアンジェがこだまに詰め寄る。空飛ぶカラフルな屋台ってなんだ?首を傾げていたらクルがズボンの裾を引っ張ってくる。あれ、頭の上にいないクル久しぶりかも。
「誰かクル?」
「え???」
クルが外を指差している。慌てて荷馬車の詰め込み口をそっと覗くと草原の中に水場が現れ、そこに馬車が続々集まっている。馬車から荷物を下ろして簡易テントを設置しているものもいる。どうやら休憩地点に到着したようだ。そう思っていたら俺達の乗る馬車も速度を降りし始め、停車の体制に入る。
「やば!停車したら誰か荷物確認しにきちゃうかも。そろそろ脱出しなくちゃ!」
「オラ、こだまと屋台作るから先行くぞ!」
そう言うとエティがこだまの腕を掴む。そして右の拳を突き上げてそのままジャンプ。なんとそのまま天井を突き破って飛んでいってしまった。一瞬目があったこだまが心なしか悲しげな表情をしていたような…。思わず手を合わせてしまった。アンジェもエティが開けた穴を通ってあとを追う。
「『匂い取る君』はアンジェ達に任せれば大丈夫そうだから、私達はここで情報収集しましょ。」
「情報収集?なんで俺達が?」
「敵はトラムンターナを攻めようとしているんでしょ?」
「そうみたいだね。」
「イルーヴァントの人を巻き込んで。」
「そう…だね。」
「クルのお友達のリックのお父さん操られてた。」
「………うん。」
「クル、助けたいよね?」
「クル!」
「………。」
最後には無言でじっと見つめてくるリアとクル。リアクルの無言の破壊力は凄まじい。すると外から話し声が近づいてくる。気配云々はわからない俺でも気づくレベル。
「分かった、分かった。取り敢えず人来ちゃうから一旦家で作戦会議しよ?」
リア達の背中を押してどこでもYEAHへ。
扉を閉めて鍵をかける。ドアが消えた瞬間入れ違いに開けられる荷馬車の積荷口。顔を覗かせたのは何とというか、やはりというか、あの黒男だった。
「………。突然天井を突き破って怪しい奴が飛び出していったと思ったが、既に物家の空か…。しかし、開ける直前声が聞こえた気がしたんだがな。」
中を隈なく確認する黒男。中は文字通り物家の空。しかし亀の前で足を止める。
「ふん。やはりあの者達が直前までここにいたか。一歩遅かったようだな。」
辺りに漂う楽達の香りに気づいたようだ。そして黒男は亀を持ち上げる。
「魔力も低い只の魔亀…。だが何かあるのか?それとも偶然か…。」
まじまじと観察し、男は何やらぶつぶつと呟く。そして亀の腹に手をかざすと黒い紋様が亀の裏に刻まれていく。
「ふっ。何でこんなに奴らが気になるのか。こんな追跡装置までつけて。まぁ減るもんじゃない。とりあえず様子見といこう。」
自嘲気味に笑うと男は亀を掴んだまま荷馬車を後にする。追跡装置だけでなく近くに置いておくことにしたようだ。どこでもYEAHは亀の甲羅の上。どうやら脱出の難易度が上がってしまったようだ。




