杖を持て2
翌日、朝の治療が終わる頃、司祭が入ってきた。手に杖を持って。
「こんなものしかなかったが、これでいいかね?」
白木のなんら変哲のない簡素な杖であった。
騎士は簡単に頷いた。
ティエナは当然のように騎士の要求を拒否したのに、司祭が易々と杖を与えてしまっては全く立場がない。
「司祭様。この人は負傷しており安静にさせるよう医師からも言いつかっています。杖を与えるのはいかがかと存じますが」
司祭は困ったように杖とセグンを見比べ、
「だそうだ。どうする? セグン」
「ティエナ殿。わたしは杖をついて歩くとは言っていない。ただ、騎士たるもの常に剣を帯びている必要がある。杖は剣の象徴だ」
歩かない、とも言わない。適当なことを。怒る気にもならなかった。
「どうぞ。ご勝手になさいませ。しかし、治療が遅れることはよくよく謹んでください」
「無論だ」
薬壺を片付けてセグンの部屋をあとにする。セグンの部屋をあとにするとき、なぜかいつも必要以上に手早く後片付けをしている。普通にしていればいいはずなのに。
あの騎士といるとどうも調子が狂うのだ。背中で司祭と騎士が談笑する声が聞こえる。あの二人は古くからの知り合いらしい。なぜ、司祭が騎士を知っているのだろうか。彼らのどこに接点があったのだろうか。
そのあともティエナは不思議な光景を目にした。騎士はさっそく杖をついて修道院をうろうろし始めた。
共に収容されている兵士だけではなく、修道士とも、あろうことか孤児達とまで親しそうに話していた。移動する足取りに迷いはない。騎士は間違いなく修道院内の間取りをわかっている。
ティエナは夕方の治療でその疑問を直接ぶつけた。
「ここをよくご存知のようですね」
「ああ。最近は出征でなかなか来られなかったが、半年に一度くらいは尋ねていたかな」
「なぜ、騎士であるあなたが、このような草深な修道院を訪れるのですか?」
「ヤチツ様の従者になる前、おれはここで暮らしてたんだ」
本当は答えにくいことのはずなのに、昔を懐かしむ様に答える騎士の声には、一種の誇らしさのようなものまで含まれており、ティエナは驚かざるを得なかった。
「すみません」
「なぜ謝る? ティエナ殿がどこの名門の出かは存ぜぬが、謝られるいわれはない」
ティエナは思わずもう一度謝ろうとする言葉をぐっとこらえた。