修道院4
「そこで聞いていたのか?」
「はい。下がっていたのではっきりとは聞こえませんでしたが、声の大きい部分は聞こえました」
「感心せぬな」
修道女は非難を込めるようにため息をつく。
「わたしが看なければならないのはあなたお一人ではないのです」
治療の邪魔をするな、というのであろう。
セグンは差し出された治療薬を一気に飲んだ。むせかえる苦さであった。わざと苦みを強く作ったのではなかろうか。こんな不味いものは飲んだことがなかった。
「……まずい」
「あ、失礼しました。作業が中断されたため砂糖を入れるのを忘れました。お許しあれ」
修道女はまったく悪びれる風もなく言った。
セグンは味覚だけでなく、気持ちまで苦くなった。
調合した薬剤を片付けながら修道女は、
「司祭様がお会いしたいと仰っております。いかがしましょうか?」
セグンはランキエヌ大聖堂の司祭をよく知っている。真っ先に尋ねて来てくれてもよさそうなものを、と少々不満にさえ思っていた。
「是非もない。なぜ一々そのようなことを聞く?」
「さぁ。わたしに聞かれても。騎士伯の中には司祭を嫌う方も多いのでは?」
日々戦場で命のやりとりをしている騎士の中には、綺麗事を並べる教会を嫌悪しているものがいるのも確かだ。しかし、それは、
「そちらも我々を汚れた存在と見下しているんじゃないのか?」
修道女は返事をせずに手早く薬盆を片付ける。
「お大事に」
そう言葉を残して部屋をあとにする。すらっとした綺麗な後ろ姿だった。
「待たれよ。そなた、名は何という?」
修道女は足を止めて振り返った。不満の色が明らかだった。名乗ろうかどうかしばし躊躇い、
「ティエナと申します。以後お見知りおきを。セグン・モントラロス・騎士伯」
ティエナは優雅に、颯爽と部屋を出て行った。
なにが騎士伯だ。からかいやがって。セグンは心の中で毒づき立ち上がろうと試みた。油が切れた機械のように、体がみしみしと歪んだ。腹筋が力の入れ方を思い出すように、ゆっくりとベッドの上で上体を起こした。
体のどの部分が損傷し、どの部分が使えるのかを一つ一つ動かし確認する。一番ひどいのは抉られた左足だった。しかし、杖さえあれば立ち上がれる、そんな気がした。