修道院3
セグンはヤチツ・セイルード候伯の配下として、騎士の待遇ではあったがセイルード邸で起居していた。セイルード家の執事であるクヤネザをよく知っていた。目覚めたのは昨日だ。情報を掴む速さはさすがだなと思った。
修道女は逆らうことなく、薬壺をかき回す手を止めて、下を向いたまま部屋を去った。
「セグン殿、お具合のほどはいかがか」
「ご心配には及びません。が、体がどのように戻るか、昨日目覚めたばかりなので」
「お元気そうで一安心いたしました。ヤチツ様もお喜びになるでしょう」
「ところで、あの戦闘からどのくらいの日数が経っているのですか」
本当になにも知らないのですな、と言わんばかりにクヤネザは目を見開いた。
「今日でちょうど十日」
「それにしては余り腹が減っていません。いや、今そう思ったら急に腹が減ってきた。おかしなものです」
「食べ物を持ってくるようにすぐに伝えましょう」
セグンは頷いて軽く笑った。生きているのが急に変に思えてきた。寝たままで、腹が減り、食事をする。以前にも戦闘で負傷したことはあったが、修道院に収容され、立てぬ日々が続くなどというのは今回が初めてだった。
「ところでセグン殿。主から妙な言伝を賜ってましてな」
「ほう。妙な言伝とは?」
セグンは嫌な予感がした。
「返答を聞かせてはもらえまいか、と」
クヤネザは手探りするように言った。ヤチツとセグンだけの間にだけ意味が通じ、自分が知らされていないことが不服であるというのがありありと見て取れた。
「返答とは、なんの返答でしょうか?」
「さあ。愚身には検討もつきませぬ。ヤチツ様は言葉通りに伝えればわかるはずだと仰いましたが」
セグンは急に傷が痛み始めた。
……新しい国を作らないか。王を殺して……
そのヤチツの言葉を忘れるはずがなかった。命は助かったが、試練はまだまだ続くようである。とぼけたり、返答を引き延ばせば、ヤチツに対する裏切りになる。かといって承諾すればすなわち王国に弓引くことになる。
「ほう。それほど答えるのが難しい問いなのですかな?」
「難しい。実に難しい」
「ヤチツ様にはなんとお伝えすれば」
「クヤネザ殿に対しなんら不満があるわけではない。しかし、これは私とヤチツ様の極めて個人的な問題でして、私の返答をお望みならばご自身でお越し願いたい。そうお伝え願えないだろうか」
「無礼なっ!」
クヤネザは柔和な表情を一変させて一喝した。
しかし、セグンは涼しい顔で通す。そう。これは極めて個人的な問題なのだ。
「セグン殿。無礼にもほどがありますぞ。いやしくも愚身はヤチツ様の命を帯びて参っているもの。我が言葉はヤチツ様の言葉である。配下の御身が、主人に向かい自分で来いなどと、よく宣ったものだ。今の言葉、聞かなかったことにする故、返答やいかに」
「騎士に二言はない。有り体にお伝えくだされ」
クヤネザは大きくため息をついて、
「困ったお方だ」
立ち上がり、部屋を出て行く時にも、困ったお方だ、と二度ほど繰り返し、廊下の向こうに消えた。
入れ替わるように、修道女が戻ってきた。