修道院
セグンが目を覚ますと、古い天井があった。柔らかい光が窓から注ぐ。かすかな詠唱が廊下の向こうから聞こえてきた。起き上がろうとしたら、鋭い痛みが走った。起き上がるのはやめにした。柔らかいベッド。真白いシーツの上に陽の光を半分受けながら寝ているのは気持ちがいいから。窓も、廊下に続くドアも開け放たれていて、風が流れていた。
窓からは独特の形状の尖塔が覗いていた。今自分がいる場所は王都から二時間ほど離れた山間にあるランキエヌ修道院で間違いない。何よりもセグンはこの香りを記憶していた。修道院の奥には王国からの使者をもてなすための部屋がある。平時には宿泊施設としているが、戦争や災害などが起これば負傷者の収容施設となる。
しかし、負傷兵と言っても、自分が今使っているような奥の部屋を使えるのは名のある騎士や貴族に限られている。出世したものだな、とセグンはしんみりと感じた。誇らしい反面、過去の自分から乖離してしてしまうような心細さがあった。
再び眠りに落ちたが、廊下を隔てた部屋のざわつきで目を覚ました。赤く色づいた夕焼けが室内に差し込んで、白い壁をオレンジに染め上げていた。
隣の部屋では四、五人がざわざわとなにかを行っていた。しばらくすると、セグンの部屋のドアの前を、担架が通り過ぎた。
セグンはその一段に向けて声をかけようとした。だが、空気が口から漏れるだけで形にならない。みんな通り過ぎてしまった。
仕方がないと諦め、声を出そうとするのをやめた。すると、先ほど通り過ぎた一人の若い修道女がドアからこちらを覗いていた。もう一度、声を出す努力をした。
「目覚めましたね。よかった」
セグンは頷いた。頷こうとすると首の筋肉にぴしりとした痛みが走る。
「動かないで結構です。あなたを観た医師が言ってました。生きているのが不思議だと。今薬をお持ちしますね」
修道女はいったん部屋をあとにすると、手に薬壺を持って戻ってきた。セグンは人と接するのが久しぶりに感じた。というよりも、殺伐とした戦場ばかりを駆けていたので、人の温もりに触れるのが久しぶりだった。手探りで優しさに触れるように、その薬壺から掬われる液体の薬をゆっくりと飲む。体の傷が癒やされるのと同時に、ささくれだった心も平癒へ向く。
ありがとう、と言いたかった。言葉が出てこないのが口惜しい。せめて、彼女の笑顔に、笑顔で答えることが出来ているだろうか。
「また、明日来ます」
夕暮れとともに、明かりが失われていく部屋の中で、彼女の涼しげな声がよく聞こえた。