戦いのまっただ中で 2
唐突に流れが変わった。それは頭で考えてではなく、戦う体から導き出された感覚だった。とうに思考力は失われている。セグンが受けた傷は一カ所や二カ所ではなく、戦闘中という緊張感だけが、彼の意識を保たせていた。今自分が握っているのが、槍であるのか、それとも剣であるのかさえも定かではない。忘我のうちに敵を倒す。だが、戦いの流れの変化だけは、戦士としてはっきりと感じることが出来た。
「避けよ! 矢が来る!」
不意にヤチツの大声で覚醒する。向こうの空から、黒い無数の粒がこちらへ飛んでくる。次の瞬間、風を切る音と共に、セグンの足元に一本、また一本と、放たれた矢が突き刺さる。矢は敵味方の区別なく降り注ぐ。一瞬で、味方も敵も混乱のまっただ中に突き落とされた。馬をから飛び下りて、手近な死体を持ち上げて盾にする。
瞬くままに、降り注ぐ矢は嵐のごとく増える。セグンの馬にも数十本が突き刺さり、馬は踊りながら倒れた。倒れた上にも矢が立つ。まだ一年ほどしか乗っていない馬であったが、やっとお互い心が通い合ってきた。馬を殺された怒りでセグンは体が震えた。
だが、動くわけにはいかない。持ち上げた死体にも、矢は次々と刺さっている。
やがて矢の雨は止んだ。どのくらいの時間だっただろうか。ほんの数十秒の出来事だったはずだ。
矢を防いだ死体を退かして眺めれば、敵は敗走している。敗走するために、敵は自軍もろとも矢を射かけた。そして、こちらの馬を潰した。
セグンと同じように矢を防いだ戦士が立ち上がる。その中には当然敵も混ざっていた。だが、戦いが終わったことは明らかだった。お互い、これ以上の殺し合いは行わず、去る敵を討つことはなかった。それどころか、この矢の雨を生き延びたことに、敵味方の隔てなく、親しみすら湧いた。自分たちは存分に戦った。よく戦ったのだ。
周りに、生き残った仲間が集まってきた。どの騎士も満身創痍であった。
ヤチツも顔面も無残に血に覆われていた。だが、彼はそのどす黒く染まった顔から白い歯を覗かせて笑った。
「敵は敗走した。我らが勝利だ!」
剣を高々と掲げる。
セグンもそれに倣い剣を掲げようとしたか腕が上がらなかった。おかしい。体が自分の意志に反応しない。ついさっきまで、この腕で敵を斬っていたはずなのに。腰に力が入らない。足にも。気がつくと、肩や背中に数本の矢が刺さっている。抜こうと思うのだが体が動かない。慌てるのは頭ばかりで、体はまるで他人事。重力に引きずられるように地面に倒れた。
「セグン。戦いが終わったからと言って油断が過ぎるぞ」
そんなヤチツ・セイルード候伯の叱責が耳にこびりついたまま、意識はふっと消えた。