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騎士と王国  作者: 新ノ介
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戦いのまっただ中で

「ねぇ。新しい国を作らないか。王を殺して」


 ヤチツ・セイルード候伯は食事の誘いをするかのように、なんら外連味なく唐突に言った。


 弑逆は大罪である。もし事が発覚すれば、本人のみならず一族郎党根絶やしにされる。そのような問いに、セグン・モントラロス騎士伯の思考は定まらず、文字通り返す言葉を失っていた。



「もちろん、今すぐに返事は求めないよ。君が疑うのも無理はない。こんな誘いは生まれて初めてだろうから。でも、罠とかじゃない。もし、疑うならその足で訴えてくれ。わたしはすぐに捕らえられて殺されるから」


 セグンは笑った。その足で訴えてくれと言うところがいい。なぜなら、セグンとヤチツは敵に囲まれている最中である。敵陣のまっただ中である。生きて国に戻れるとは思えなかった。セグンはここを死に場所と覚悟を決めていた。


「わかりました。では王庁へ登るためにもこの敵どもを皆殺しにしましょう」


 セグンの言葉を聞いてヤチツは莞爾した。


「よし。では参ろう」


 ヤチツは剣を頭上に高々と掲げ、一気に振り下ろす。突撃の合図だ。先頭はヤチツ。それに続くはセグン。まず、二騎が猛然と駆け、矢のように敵陣に突っ込んでいく。遅れじと、ヤチツ直属の配下百騎が続く。その後ろから千人の一般兵が駆ける。馬蹄が大地を揺さぶった。大勢が駆ける音が地面から跳ね返り、空にまで響いているようだった。


 ヤチツ、セグンの二騎に導かれるように、黒い塊が敵陣に突っ込んだ。


 ヤチツがまず一人、その切っ先を敵兵に突き立て血しぶきを上げる。その戦端を開いた剣に遅れること数瞬、セグンがないだ剣が敵兵の首を飛ばした。


 年若い二人の騎士の剣裁きは、舞いを見るが如くであった。敵兵も、その美しさに一瞬戦を忘れてしまうほどであった。だが、見とれている間にも、剣舞は続き、血しぶきが上がる。早くも八人ほどが切り倒されていて、それが剣舞ではなく純粋な戦だと気づいた頃には、もう額に刃が食い込んでいたり、首が飛ばされていたりする者が何人いただろうか。


 しかし、斬っても斬っても、敵兵が減った感触はない。敵は約一万。味方は一千。十倍の兵力差だ。ヤチツとセグンがいくら倒したところで、一万の兵力からしたら、ほんのわずかな損害でしかない。


 セグンは自分の体力が無限に続かないことを知っている。この剣にしてもいつかは折れる。不安に思いヤチツを見れば、砂埃の向こうに浮かぶヤチツの顔には微塵も恐怖は映っていない。明らかにこの戦況を楽しんでいた。


 ヤチツと目が合った。


「セグン、わかっているだろうが、この戦いに勝つ方法は一つだけだ」


 セグンは頷いた。わかっている。敵将を討つ以外に、この戦いで勝つことは出来ない。しかし、敵陣の奥深くにいるであろう敵将にまで、どうやって近づけばいい。セグンは目の前の敵を蹴散らすだけで精一杯だった。


 所詮自分は武の人間だ。文武を備えたヤチツには及ばない。ヤチツの一の部下である自分が今働かないでいつはたらくというのだ。


「なんなりと、お命じ下さい」


「敵を倒してくれ。一人でも多く」


「承知!」


 潮が引くように、不安がさっと失せた。代わりに力が漲った。左手で手綱を繰って、前方の敵を踏みつぶし、同時に右手で剣を振って敵の腕を落とす。しかし、鎧の継ぎ目の左股になにかが刺さった。肉がえぐられた。右に持って行った剣を遠心力も使い大きく左に戻し、自分を刺した敵を両断した。


 戦の最中の痛みは不思議と快感となる。自ら受けた傷は、戦いに臨場感を与えてくれる。少しの傷は、力を余計に増してくれる。セグンは剣が折れるまで敵を立て続けに斬り、折れるとそれを投げ捨てて、自分に向けて繰り出される槍を奪い、再び敵兵を串刺しにしていく。自らの傷も増えていく。戦いの終わりは見えない。だがそれで良い。戦いに生き、戦いに死す。血の雨が降らせながら、セグンは無情の喜びを感じていた。


 十倍の兵力差に、いつまで耐えられるだろうか。周りでは、味方が一人、また一人と倒れていく。一千対一万。最初は十倍の兵力差でも、仮に双方五百人倒れたとする。五百対九千五百。戦力差は十九倍に跳ね上がる。到底勝ち目のある戦いではない。徐々に形成は不利になりつつあった。


 そんな中でもヤチツは涼しい顔をして敵を黙々と斬っていた。


 セグンは肩で息をするようになった。ヤチツはまだそこまでではなかったが、その白い額にうっすらと汗が浮かんでいた。


「どうしたセグン。もう終わりか?」


「まさか。意志あるところ道は拓く、ですよね」


 セグンは騎士がよく戦いで用いる常套句を言った。


 ヤチツは鼻で笑って、


「そんなことを本気で思っている将に君は従いたいか?」


 意味深な疑問を投げかけて、再び敵のまっただ中に駆け込んでしまった。


 いずれにしろ、自分は戦うまで。一兵でも多くを倒す。


 セグンは再び槍の柄を力強く握り直す。殺気を後ろに感じる。穂先を百八十度反転させ、背後の敵を貫く。抜いて頭上に掲げた槍からは、生ぬるい液体が柄をつたって流れてきた。蒸発した血液の仄かに鉄を含んだ臭気が、セグンの闘争心をかき立てた。ヤチツを追いかけるように密集する敵の中に躍り込んだ。

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