第九五話 がるばん3
がるばん3
一月十八日の日曜日。
今、俺はブラウンミュージックの練習スタジオで作詞作曲活動をやっている。
俺の作曲方法は、一つから三つのキーワードを設定して、ぼんやりとピアノを弾き始める。
そうすると、自然に頭の中の奥底にある今まで聞いてきた曲たちや物語、風景などが浮かび上がり、表に現れてくる。
それを粉々に粉砕し、ぼんやりと残ったイメージを参考にして作曲をしていく。
そうすると、一時間もかからずに一曲ができあがる。
できた曲を再び頭の中に戻し記憶のライブラリーと照らし合わせて、似た曲がないことを確認して完成となる。
完成した曲のほとんどにわずかだが和の雰囲気が纏っているのが俺の曲の特長だ。
作詞の場合も、基本的には同じでキーワードを設定して、そこから頭に浮かんだ言葉たちを繋ぎ合わせて曲に乗せていくことになる。
意識的に未来の曲を分解せずに使ったことは、母親の曲と他に数曲しかない。
偶然似てしまうことがあっても既存のミュージシャンでもあることなので、あまり気にしてはいない。
もちろん、俺の曲が盗作と呼ばれたことはないし、むしろ、俺の曲の真似をしてくるミュージシャンがいるくらいだ。
あからさまな真似でも、大抵のミュージシャンが、何かしらのインタビューで、俺の曲をモチーフにしたと語っているので、クレームを入れることはほとんどない。
そんな具合に桐峯サウンドは世の中に受け入れられている。
完成した曲は、譜面に起こすことなく、録音した音源のまま、ブラウンミュージックに提出する。
必要になれば、ブラウンミュージックに所属している採譜師さんたちが譜面に起こしてくれるので、それまでは音源のままにしてある。
言うまでもないが、俺も譜面起しはできるのだが、曲を作るたびに譜面にしていると時間が掛かりすぎるために、基本的には採譜師さんに任せてある。
だいたい一日に一曲以上を作っているので、ストックはそれ相応の数になっている。
壁掛け時計を見ると、予定の時間が近づいているようだ。
後片付けをしてから、ミストレーベル企画室に入ると、まだ待ち人たちは来ていないようだった。
資料をテーブルの上にのせて、眺め始める。
今日は、ベルガモット、ハニービーに続くガールズバンド企画第三弾のメンバーとの顔合わせとなる。
俺の予定では、この第三弾で終了のつもりだったが、ベルガモットが予想以上の売れ方をしているために、第四弾も企画されているそうだ。
上がやる気なのだから、反対意見を述べるつもりはないが、紀子さんには、この先にインターネット普及にともなう音楽業界の苦難の時代がやってくることは知らせてある。
二〇〇〇年代には、CDが売れないことをミュージシャンの能力の問題にすり替えてしまう問題が生まれたがブラウンミュージックでは、そんなことはさせない。
おそらく俺もそのうちにブラウンミュージックの経営側に入るのだろうから、文句は言わせないつもりだ。
ドアがノックされ、リツに連れられた四人の少女たちが部屋の中に入ってきた。
「リツ、わざわざ連れてきてくれてありがとうな」
「いえ、可愛い後輩ですから見届けたかったので。それで桐峯さん、この子たちが三つ目のバンドのメンバーになります」
リツは、ロリータファッションが標準装備になったようで、なかなか着こなしている。
それに、売れたことで自信もしっかり持てたのか、芸能人独特のオーラも放つようになった。
初心は忘れてはならないが、いつまでも初心のままでも困ってしまうので歓迎すべき変化なんだろうな。
四人は一人ずつ自己紹介をしてくれて俺は名前とプロフィールを合致させていく。
プロフィールには、写真もあるのだが、直接見た印象と違う場合があるので、印象の修正も同時にやっていく。
このバンドのメンバーもベルガモットとハニービーと同じくモデルやアイドルとしても通用する容姿の者ばかりなので、期待ができそうだな。
三つ目のガールズバンドの名は、リーフビートと言い、興味深い構成になっている。
リーダーでキーボードとDTM担当のスミレ、ギターボーカルのウイ、ギターのナオ、ベースのジュンの四人編成で、ドラムがいない。
スミレがDTMでドラムの音を作り込んでしまうので、この構成になっているそうだ。
すでに、音も聞かせてもらったのだが、スミレのDTMの腕は、十分な物で作曲も彼女が担当している。
作詞は、ウイが担当しており、そちらも良い雰囲気を作り上げていた。
系統で言うなら、エレクトロニックロックやテクノロックなどと呼ばれるジャンルに近い音で、ささやくように歌うウイの声が良く馴染んでいる。
「まずは、この企画の発起人で一応プロデューサーにもなっている桐峯アキラです。長い付き合いになると思うから、気を張りすぎずにやっていこう」
「はい、よろしくお願いします」
リーダーのスミレが代表で会話をしていく様子だな。
「それで、しばらくはハニービーと俺がドラムを担当しているエーデルシュタインの前座をやってもらう形になる」
「前座から始めるんですね」
「その後なんだが、ブラウンミュージック側から一緒にやってもらうバンドがいない状態になるかもしれない。だが、前座をしっかりこなしていけば、ファンはつくから心配はしなくて良い」
「ハニービーもエーデルシュタインもデビューするんですか?」
「ハニービーは、しっかりやってきているからデビューは今すぐでも問題ない。エーデルシュタインも実力のあるメンバーが主体だからライブハウスで少し経験を積んだらデビューすると思う」
「……わかりました。がんばってみます!」
「何か質問はないか?」
「あの、私たちの音楽ってどう思いますか?」
「DTM主体ってことなら、特に気にしなくても良い。ドラムを叩く俺だが、ドラマーがいないならいないなりのプレースタイルがあっても良いのだから、そこをうまく使っていくのが良いだろうな」
「えっと、具体的にはどんな感じなのでしょう?」
「リツはドラマーだからわかるだろうけど、体の構造上、DTMで音を作っていくと人間には演奏できない音の組み合わせが生まれてくる。そういう人間じゃないからこそ可能な組み合わせを作っていくとか面白いと思うぞ」
「スミレちゃん、例えば、ハイハットと、ライドシンバルのカップとスネアを同時に叩くって腕が三つないと無理だよね。実際そんな音を作っても面白いかどうかはわからないけど、発想はそういうところにあると思う」
「何となくわかりました。人間には叩けない音の組み合わせですね」
「そればかり作っていても、気持ち悪いだけの音にもなりかねないから、無茶はしなくても良いからな」
「はい、いろいろ試してみます。桐峯さん、リツさんありがとうございます」
ベルガモットに見てもらうのが良いのかもしれないな。
養成所出身同士でコミュニケーションも取りやすいだろう。
「リツ、ベルガモットの時間が空いている時で良いから彼女たちの様子を見てやってくれ」
「全員でってことですよね?」
「ああ。その方が良いだろう」
「ウイちゃんは、ユイの実妹でもあるので、皆で見ていきたいと思います」
ユイとウイは、姉妹だったのか。
それから極東迷路の音作りの方法やスミレのDTMの使い方などを話し合っていった。
スミレは初めからマッキンパソコンを使っているそうで、この時代のDTMなら俺よりも使い慣れていそうだ。
二〇〇〇年代中ごろになれば、DAWが当然の時代になる。
それからが俺の本領発揮の時代なんだよな。
まだまだ先は遠い……。




