第九四話 お年玉は車?
お年玉は車?
一九九八年一月四日の日曜日。
今日は、東大路本家に美鈴の祖父である洋一郎さんへ年賀の挨拶をするために訪れている。
サロンに通されて待っていると洋一郎さんが現れた。
「彰君、明けましておめでとう。それと水城さんのレコード大賞受賞もめでたい」
「明けましておめでとうございます。水城のレコード大賞のこともありがとうございます」
「水城さんの実家にもこちらから何かを贈っておこう。折角の祝い事だからな」
「きっと喜ぶと思います」
洋一郎さんと初めて会ってから三年近くがたつが、まだまだ元気そうで何よりだ。
「さて、今年もお年玉と言っては贅沢すぎる良い物が手に入っている。受け取ってくれ」
洋一郎さんがそう言うと、使用人さんが俺の前に去年と同じように玉手箱の様な箱を置いてくれた。
「中を確かめてくれ」
「はい、それでは……」
玉手箱を開けると、去年と同じように封筒が入っており、その中には書類が何枚も入っていた。
今年の玉手箱の中身は予想ができている。
封筒の中身は、ハマサン自動車の子会社化に関する書類の写しと俺を外部役員に任命する辞令、それに目録が入っていた。
まずは、子会社化に関する書類に軽く目を通す。これは報告書のつもりで入れてくれたようだ。
株式割合が五一パーセントになっている。
俺が想定していた割合よりも高くなっているようだ。
「洋一郎さん、株式割合が少し多くないでしょうか?」
「そのことなんだがな、国の方からよろしく頼むと言われてしまって、この割合になってしまった。彰君のノートにある政府の状況よりも現実の政府は、経済にも力を入れようとしてくれているのかもしれんな」
「なるほど、東大路を今回のハマサン子会社化をきっかけに角菱グループのようにさせたいのでしょうか?」
「ありえるな。今後に零れ落ちて来る本来は優良であるはずの企業たちを我々が拾うことを政府は願っているのかもしれん」
次に外部役員に関する書類へ目を通す。
ハマサンでの俺の立場は、外部相談役となるらしい。
実は、バンタイでも外部相談役なので、これが妥当なのだろう。
「ノートのことを知っているのは、我々東大路の者と書いた本人である彰君だけになる。当然、ある程度の改革の方針やスケジュールを決めて動いていくが、その中で修正が必要になった時、彰君の知識が必要になると考えた結果が、外部相談役というわけだな」
「俺の知る未来のハマサンは、しっかりと復活していきます。ですが、いろいろと問題を抱えてもいたので、そのあたりの対応を考えながら外部相談役をやっていきたいと思います」
「東大路グループには、優秀な社員が揃っている。アドバイス程度をしてくれたらそれだけでも何かの役に立つだろう」
それから、ハマサンの状況について話し合うことになった。
これから年度末に向けて、大まかな改革案を作るのだが、東大路と合流できる分野は、東大路と合併してもらわなければならない。
例えば、ハマサンには、宇宙開発部門がある。
東大路には、軍用可能な製品を取り扱っている部門がある。
この二つの部門を合わせると、ロケット開発や人工衛星、探査衛星の開発が可能になる。
他には、大型車両部門があり、東大路には鉄道車両部門がある。
この二つを合わせると、安全性が高くコストの低い鉄道車両の開発が可能になるし、大型車両でも鉄道車両のノウハウを使った車両の開発ができるようになる。
さらに、東大路が有する電気関係の技術を発展させたなら、いわゆるハイブリットタイプの自動車の開発も急激に進むだろう。
また、東大路は様々なエネルギー資源の利用法の研究もしているので、いわゆるニューディーゼルの開発も進む。
そして、ハマサンの子会社となっているサービス業関係も東大路グループの類似部門に統合していくことになる。
最終的に、東大路グループ各社が開発した技術を用いて、ハマサンには、自動車のみの開発製造に集中してもらうことになるだろう。
良いことも多いが、辛い選択もしなければならない。
まずは、販売店をレッドサイト、ブルーサイト、パープルサイトの三つに変更してもらう。
レッドサイトは高級車店舗、ブルーサイトは低価格帯からファミリーカー店舗、パープルサイトはどちらでも扱う店舗となる。
基本的に販売店側で決めてもらうが、明らかな選択ミスと認められた場合は、ハマサンから強制的に看板を変えることもあり得る。
この名称変更の経費は、店舗側が出費することとなり、経費をねん出できない販売店には、ハマサンのファイナンス部門から資金を借りてもらうことになる。
こうでもしないと、お得意様だけを相手にしているような販売店をやる気にさせられないのだ。
もし、これで販売店が潰れたとしても努力不足と割り切るしかない。
生産側には、新たに投入する十車種のそれぞれのコンセプトを伝え、イメージデザインをすでに渡してある。
順次、必要な部品の調達などから始めてもらい、生産を開始して販売に乗せて行ってもらわなければならない。
工場や開発側もそれ相応の苦労をしてもらうわけだ。
経営側にも、先に述べたように部門の切り離しをしてもらわなければならないので、痛みしかない改革が始まる。
本当に、この時のあのフランス人は凄かったんだと思い知らされるような改革が予定されている。
労働組合には、自らの行動の結果、会社が身売りをしてしまったことを突き付けてある。
すでに何人かの労組幹部が、一身上の都合で退職しているらしい。
さらに、韓国にある工場を撤退してもらい、現地の自動車会社に型落ちの機械と工場を売却することも決まっている。
あちらの自動車会社は、型落ちとは言え、生産ラインが手に入ったことを喜んでくれているようで、何よりだ。
一応、明言しておくが、俺個人としては韓国や朝鮮半島と所縁のある方々に、思うところはない。
だが、二〇一〇年代の抗日運動を知っている俺としては、少しでも日本へのダメージを少なくさせる必要があると考えてしまうので、韓国の経済発展を緩やかにしたいと思っている。
東大路の東アジア戦略が変わったことで、他の企業も韓国への進出を控えたり、撤退した企業も多く、日韓サッカーワールドカップも当初は日韓合同で行う予定で決まりかけたが、韓国の経済状況から見て日本のみでの開催に変更されている。
また、ハマサンが親会社を勤めていたサッカーチームは、横浜の企業団体に株式を受け持ってもらうことで、横浜マリノパートナーズと言う会社を設立することになっているそうだ。
一応ハマサンも株式を負担するので、完全に縁が切れたわけではないので、問題なく運営されるだろう。
しばらくの間のハマサンは、新しい工場を作ることはせずに、現在稼働している工場で新型車種の製造をしてもらうことになる。
他にもいろいろと戦略はあるが、基本的なところは、こんなところになる。
「……、自業自得なところはあるとはいえ、本当に厳しい改革だな」
「本当にそう思います。それでも、これくらいをしないと変わらないと思っています。それに俺個人の気持ちなんですが、水城のデビューシングルのタイアップを引き受けてくれたのがユタカ自動車なんですよね。世界で俺たちの恩人であるユタカ自動車だけを孤軍奮闘させるのではなく、ハマサンも一緒になって戦えば、協力できるところもあると思います。ユタカ自動車が手を出しにくい分野があれば、そこに手を伸ばしてみたり、激戦区にユタカ自動車とともに参戦していけば、お互いの負担も減るでしょう」
「確かに彰君のノートには、欧米市場でのユタカ自動車の躍進と苦難の話も合ったな。あれを複数の日本企業で受け止めれば、少しは楽になるか」
「可能なら海外の自動車会社を傘下にして行きたいですし、鉄道を扱っている東大路ですので世界中の交通インフラを整備するつもりでやっていきたいですね」
「うむ。それくらいの気持ちが必要だな。ところで佐久間書店グループと言うのは知っているかな?」
「最近は、映画が強いんでしたっけ?」
「その佐久間書店だな。会長との佐久間とは、昔からの付き合いがあるのだが、どうやらかなりの負債を抱え込んでいるらしく、銀行から泣きつかれてしまった。どう思う?」
「東大路は、今回のことで、かなりの出費をしたのでは?」
「それがな。彰君のアドバイスで、国防に関わりそうな土地を購入していただろう。あれを国が良い値で買い取ってくれてな。予想よりは、ダメージが少ないのが現状だな。もちろん、彰君が目を付けているベックス用の資金は確保してある」
佐久間書店グループと言えば、書籍よりも子会社のスタジオギブリが製作する映画が有名だ。
風の国のナシカ、天上の城のラピュータ、トナリのトロルの監督を務めた宮沢監督は、世界的にも有名なアニメ監督となっている。
アニメ映画ももちろんだが、特撮映画でも有名な作品があり、代表作は亀の大怪獣ガメーラがある。
書籍では、文芸部門はもちろんとして文庫から専門書やムック本も出している。
雑誌では、専門雑誌が多く、有名なところでは、アニメ専門雑誌のアニメージャがある。
他にもいろいろと手を伸ばしているが、面白い分野に学校運営があったはずだ。
銀行からの話なら、佐久間会長の上で話がまとまるのだろうから、悪くはないか。
佐久間会長は、ワンマンで凄腕のビジネスマンだった覚えがあるので、洋一郎さんとも気が合うのだろう。
それに佐久間会長は、二〇〇〇年後半に急死してしまうはずだ。
俺が知っている佐久間書店は、会長の死後、解体されて部門ごとに別々の企業に引き取られてしまう。
それよりは、東大路がまとめて頂いた方がはるかにましだろうな。
「良い話だと思います。あそこの子会社にスタジオギブリと言うアニメ制作会社があるんです。繊細な仕事をしているはずですので、そちらに影響のないようにお願いします」
「基本的な経営方針は、佐久間会長とも話をして行くが、可能な限り部門や子会社の切り売りはしない方針でいくつもりだ」
「それが良いと思います。切り売りやリストラは、必要な時はしなければなりませんが、可能な限り残しておけば、何かに使える時があるでしょう」
「バンタイでは、それを身にしみて感じた。たかが玩具メーカーと侮っていたところがあるのが本心だったが、バンタイが扱っている商品を研究者たちが見て実現可能かどうかをまじめに会議している様子は、面白かったぞ」
「携帯機器などは、意外な発想に繋がるのかもしれませんね。佐久間書店は、いつくらいになるでしょう?」
「彰君が賛成してくれたことだし、扱いはバンタイと基本は同じにしよう。そうなると早い方が良いだろうな。年度内にまとめられるか調整をしてみよう」
「はい。お願いします」
一息ついたので、いつの間にか用意されていたお茶と和菓子を頂いて玉手箱にあったもう一つの目録を見る。
フライラインGTRだと!
今の時期だとフランス人がかき回す前の最後の時期になる、四代目後期モデルか。
正直なところ、自動車には詳しくはないのだが、このGTRには大学時代にサーキットへ通っていた友人に乗せてもらったことがある。
本来は、乗り心地もそれなりに良い自動車らしいのだが、友人のGTRは改造がされていて、乗り心地が最悪だった。
おそらく友人のGTRは、三代目だったと思うので、俺が貰うGTRとは違うのだろうな。
だが、このGTR、街中で乗るには都合が悪い。
ガソリンの消費が激しく、大き目の車体なので、駐車できない駐車場もある。
さらに、基本は四輪駆動らしいのだが、実質後輪駆動という素人には良くわからない仕様になっている。
ちなみに、俺は十二月から芸能人御用達の自動車学校があり、そこに美鈴を含めたミストレーベルの皆と通っているので、免許は、四月の大学入学前までには取得可能の見込みだ。
この自動車学校、本当に不思議なところなようで、一般人らしき人物も通っているのだが芸能人がいても騒がれることはない。
どうやら、一般人に見える人物たちは、芸能関係者の縁者らしく芸能人が何人いようと騒ぐようなことはしないらしい。
この自動車学校がどこにあるのかは、一応、秘密となっており、とある大手企業の敷地内とだけ言っておく。
「どうだね。気に入ったかな?」
「この車種は好きですね。気に入りました。免許を取ったらじっくり選びたいと思います。ありがとうございます」
「それは何よりだ。だが、気にもなったんじゃないのかね?」
「そうですね。洋一郎さんのような方が、孫や息子に自動車を贈ろうとしたら、GTRのようなモンスターカーしかラインナップになかったというのは大問題です」
「そう。それよ。他にも候補はあったが、今のハマサンの実情を現している良い見本のような車種だと思った」
「GTRは、良い自動車ですので、不満はありませんが、本当に改革を急がなければなりませんね」
「まあ。ハマサンの方の方針は、彰君の意見も十分に聞けているから、上手くいくだろう。近いうちに佐久間書店をそちらに任せるからよろしく頼む」
「わかりました。丁度ファッション雑誌や、アニメ作品が欲しいところでしたので、ありがたく使わせて頂きます」
水城加奈がレコード大賞を取ったことは嬉しいが、結果的に声優の仕事から離れてしまっている。
本人はやる気があるのに、切ない状況だ。
タイミングが合えば、ギブリ作品の声の仕事を受けられるかもしれないな。




