第九三話 レコード大賞
レコード大賞
十二月三一日の水曜日。
赤坂のとあるスタジオにブラウンミュージックのミュージシャンたちが集まり、リハーサルをしている。
今年のレコード大賞は、安室奈美が大賞をとるか、水城加奈が大賞をとるかでかなり揉めているそうだ。
俺の知る史実通りなら圧倒的な強さを見せる安室なのだが、この時間軸では、そこまでの強さを見せていない。
原因は、ミストレーベルのミュージシャンの躍進にある。
実際にアムラーと言う言葉も生まれてはいるが、そこまで流行っていないし、街中に厚底ブーツを履いている女性が溢れていることもない。
代わりに水城加奈と島村仁美を真似た着物ガールを見かける程で、服飾業界も柔軟に対応し、簡単に着ることのできる安価な和装とそれにあった小物たちを開発してくれている。
今の音楽業界は、ソニーズ系、ブラウンミュージック系、ベクター系、バーナー系が力を持っている。
安室の所属するベックス系は小室一行で成り立っている状態で、てんくの所属するアップルフロント系やBEZのビング系などは、中堅どころとなる。
このパワーバランスの中、ブラウンミュージックの水城加奈とベックスの安室奈美が甲乙がつけがたい状態になると、どうなるか……。
レコード大賞は、水城加奈が受賞するとブラウンミュージック系ミュージシャンは予想しており、自分たちの可愛い後輩がレコード大賞を取るのだからと、呼ばれているミュージシャンたちは、いつも以上に気合が入っている。
ちなみにだが、演歌系は別物とされていて、定期的にレコード大賞に選ばれることも暗黙の了解とされているようだ。
「おう。彰、久しぶりだな」
「兄貴、お久しぶりです。今日は、作詞賞でしたっけ?」
「ああ。来年からうちに移籍する予定のミュージシャンのプロデュースをしていてな。今日は横でギターを弾くことになっている」
頬袋の兄貴は、今年プライベートで揉めていたそうで、あまり話をする機会がなかった。
揉め事の内容は、離婚なので、俺から言うことは何もないし、今回のプロデュース相手の女性ミュージシャンは、将来に兄貴と結婚する相手でもあるので、あまりこのことには触れるつもりもない。
「アキラは、企画賞らしいな。ロンドンで録ったやつは、なかなか良かったぞ」
「あのアルバムは、蜜柑があのタイミングじゃないと録れないって言ったんですよね。俺なんて横でピアノを弾いていただけですよ」
「蜜柑か。もうすぐ戻って来るらしいな。どんな化け方をしているか楽しみだ。それで水城はどんな感じだ?」
「さすがに緊張をしているようですけど、俺が一番初めに水城のために作った『ファントムブレード』ですから、一番歌い慣れていますし、問題ないと思いますよ」
「発売日は前後しているのだろうが、思い出の一曲か。レコード大賞を取れると良いな」
「はい、大賞が取れたなら、俺もピアノで参加する予定です。ぜひ取りたいですね」
頬袋の兄貴と少し話してから楽屋に向かった。
今回も極東迷路は作品賞で呼ばれているが、セイカモードだけになる。
ミカンモードも受賞対象になっていたが、蜜柑がイギリスから戻ってきていないので、こちらから辞退した。
ミカンの一時帰国を提案されたが、イギリスで迎える年末年始を邪魔したくはない。
また、全員でイギリスに行き中継で参加することも提案されたが、俺たちはこの後の紅白の方が本命なので、そこまでしたくはない。
本当にレコード大賞ってなんなんだろうな。
今年は水城がレコード大賞を受賞する可能性が高いので、去年に続いて参加をしたが、理由がなければ出演したくない番組だな。
それでも来年はベルガモットが新人賞やらを取りそうだし、エーデルシュタインも上手くかみ合えば何かの賞を受賞することもあり得るんだよな。
俺と蜜柑が受賞する企画賞は、あくまで企画が評価されているので、演奏はしなくても良いそうだ。
セイカモードだけが受賞して、蜜柑だけが何もないのは辛いところだったので、企画賞はありがたく貰っておく。
他には、島村仁美とトワイライトアワーが新人賞で、ユズキが最優秀新人賞を受賞している。
花崎歩美も作品賞を受賞しており、ロサンゼルスからライブ中継するそうだ。
ソニーズ系のミュージシャンとブラウンミュージック系のミュージシャンでほとんどが占められていて、俺の知るこの年のレコード大賞とは、かなり違う様子になっている。
今日は、ドームでクロスジャパンのラストライブが行われている。
結局、ヨキシとヒデトからのメールは、かなりの時間が掛かったが、無事に返信を貰うことが出来た。
二人とも落ち込んではいるが、仕事はあるので、何とか前向きになろうとしているようだ。
すぐに会えるような状況では二人ともないそうで、予定は立てにくいらしい。
さらに、ラストライブの関係者用チケットを貰ったが、レコード大賞と紅白にも出なければならないので、ドームには、エーデルシュタインのカレン、柴田、白樺の三人を代理で向かわせた。
三人には、自分たちがどこへ向かって進んでいるのかをクロスジャパンのラストライブを通して、知って欲しいと願っている。
楽屋に入ると極東迷路の蜜柑以外のメンバーが待機していた。
「キリリン、リハの感じはどうだった?」
「去年とほとんど同じだな。頬袋の兄貴に会ったくらいだ」
「そうか。頬袋さんがいるなら、安心だな。そういえば、エーデルシュタインの方はどんな感じだった?」
「手ごたえは十分ありって感じだな」
最近の玉井と梶原には、プロデューサーになるための勉強を浅井さんのところでしてもらっている。
二人がある程度、プロデューサーとしてのノウハウを獲得したら、極東迷路は、バンドとしてのセルフプロデュースに切り替えるつもりだ。
ミカンのソロ活動も考えていたが、蜜柑にその気がないようなので、もう数年はこのままでやっていくのだろう。
「ゴシックメタルか。俺も別の活動を考えてみようかな」
「うーん、タマちゃんは、ラジオの仕事もあるし、モデルや俳優を始めてみたらどうかな」
「そっちな。声は掛けてもらっているんだよな。来年は、ツアーの予定ってあるのか?」
「八月九月で全国ツアーをしたいかな。エーデルシュタインの仕上がり次第だけど、ゲストにエーデルシュタインを呼んでやれば、都合も良い」
「なるほどな。ベルガモットはどうする?」
「ハニービーもデビューできていれば、ベルガモットのライブのゲストに入れて七月八月のライブツアーをさせたいと思っている。水城の全国ツアーに島村をゲストにしたり、浜崎の全国ツアーにミーサを入れたり、来年はライブの年になるだろうな」
「ゲストコーナーは、休憩もできるし、良い考えだったよな。エーデルシュタインでは、キリリンとクスくんが大変そうだけどな」
「まあ、来年からは、俺も都内に引っ越すし、体を鍛える時間も増やせそうだから何とかするさ」
木戸が近くに来て、話始める。
木戸もここ数日、年末ならではのクラシックコンサートをいくつか回っていて名のあるヴァイオリンのソリストの音を聞きに行ってもらっていた。
「そういえばさ、桐山君。秋葉原のビル、どうするの?」
「バンタイの音楽制作チームがあるんだが、その人達に子会社を作ってもらって自由に活動をしてもらいたいと思っているんだ。秋葉原のビルはその人たちの拠点にしてもらおうと思っている」
「桃井さんもそこに所属するの?」
「桃井さんはもちろんとして、いくつか目を付けているミュージシャンがいるから、声をかけてみるつもりだな」
「そんな人たちがいるんだ」
この話に出てきた音楽制作チームは、後にアニメ、ゲーム業界の音楽を牽引することになるランテスなのだが、俺の記憶にあるランテスの本拠地は渋谷だった気がするが、たいして差は生まれないだろう。
それに、彼らの独立は、一九九九年だったはずなので少し早めの行動をこちらから促すことになる。
極東迷路の皆と雑談をしながら、リハーサルを終えて本番も終えた。
半分ほどのブラウンミュージックの所属ミュージシャンは、このまま解散で、残りは紅白に向かう。
俺は、水城の出番があるので、このまま待機となる。
水城の楽屋に移動する。
「桐峯君……。どうしよう」
「どうにもならないから、大丈夫だ」
「この時点で残されているってことは、私がレコード大賞ってことになるのかな?」
「まあ。そうなんだろうな。安室奈美はすごいけど、水城もあのレベルに到達したってことだ」
「安室さん、今日から産休に入るんだよね?」
「小村さんのところのダンサーと結婚するらしいな」
「その……、美香ちゃんから聞いているけど美鈴さんとは、いつ結婚するの?」
「うーん、普通の恋人同士の関係ならこの歳で結婚はまだ早いって考えるのかもしれないが、相手が相手だからな。大学を出る頃になるのかもしれない」
「そっかぁ。美鈴さんは、大変な人だと思うけど桐峯君なら大丈夫だよね。美鈴さんとは、いつの間にか友達になっていて、いろいろ聞いているんだよ。大事にしてね」
「大事にしないと、社会的とかじゃなく、最悪、本気で抹殺されるからな。文字通りの命懸けだ」
「あ、そういえばライダーの声のお仕事楽しかったよ。もっとやってみたいけどどうしたら良いのかな?」
「ハリウッド映画の仕事を回して欲しいところだけど、なかなかうまく行っていないようなんだよな。東大路の方にも相談はしているから、もう少し待っていてくれ」
それから、水城が呼ばれ、俺もメインスタジオに移動する。
あれやこれやと指示を受けているうちに、気が付いたら水城がレコード大賞を受賞していた。
安室奈美は、すでに紅白に向かっていたようで、この場にはいなかった。
そうして、水城の『ファントムブレード』を演奏して、急いで紅白のやっているホールへ向かう。
俺もレコード大賞曲の作詞作曲家なので、副賞的な何かを貰えるらしく、後で事務所に送ってくれるそうだ。
俺の知る歴史では、安室が二年連続で受賞してこの紅白で産休に入る。
基本的な流れは変わっていないが、安室の人気がそこまでではないことが、彼女の将来に良い方向へ作用することを願うばかりだ。
紅白のホールに到着して、いそいで演奏の準備をして極東迷路セイカモードとして紅白に出場した。
無事に演奏が終わり、周りが見えてきた。
出演者たちを改めてみると本来いるはずの貝原朋美が紅白に出場していないし、小村哲哉の姿も見えない。
俺の記憶では、いなかったはずのサズナが出場していたり、随分とこちらの様子も変わってしまっている。
俺たちの影響力は、そこまで大きいとは思えないが、小さな力でも波紋のように広がり、大きな変化が起きたのかもしれない。
俺たちにとっては、良い変化だが、あまりやりすぎると先が読みにくくなるので、ほどほどにもしておかないとな。
サブちゃんにも、無事に挨拶をすることができた。
一つサブちゃんに聞いておきたいことがあったので、投げかけてみる。
「サブちゃん、演歌の作詞家さんってサブちゃんのところにもいるんでしょうか?」
「おう。いるぞ。作るつもりになったのかい?」
「まだ企画にも載せていないんですが、一人、いけそうな素材を見つけたんです」
「そうかそうか。うれしいなぁ。今度、うちに連れてきなさい」
「はい、お願いします」
サブちゃんの連絡先は聞いていたが、携帯番号の交換はしていなかったので、この場でしておいた。
中沢をサブちゃんに会わせて、本気で演歌の道へ進ませるのも良いのかもしれないな。
こうして、一九九七年は暮れて行った。




