第九話 路上ライブ
路上ライブ
土曜日の予定が終わると、俺は昨日、美鈴と再会した第四ピアノ室に向かった。
朝の内に、ポケベルで、美鈴への呼び出しは終えてあるので、何もなければ、すぐに会えるだろう。
第四ピアノ室に到着すると、すでに美鈴が到着しており、早速、話し合いを開始した。
「まずは、待たせたかもしれないから、ごめんな」
「ホームルームが終わってすぐに来ただけですので、何も問題はありません。相談のようですが、何の相談でしょう?」
昨日と雰囲気が少し違うが、美鈴モードというような感じなのかもしれないな。
「まずは、お互いの関係をはっきりしよう。幼馴染なのか、友人なのか、それとも……、恋人なのか?」
「スーは、あっくんの……、婚約者のつもりです。ですが、まだ、お祖父さまやお父様、お母さまのお許しもありませんし、あっくんの御家族の皆様にも、お会いしなければなりません。ですので、今は、まだ……、恋人というのが良いと思うのです!」
ああ、今度は、スーモードに切り変わったようだな。
それにしても、美鈴の気持ちは、ありがたいが、まっすぐすぎて困るところもある。
だが、これもやり直し人生で、俺が選んだ結果なのだから、受け入れるべきだと本能的に感じている。
それに、美鈴は、俺の知っている以前の世界でも、優秀な人物とされていた。この世界では、どうやら美鈴モードとスーモードがあるようで、そこがまだ把握しきれないが、そんなことは、些細に思えてしまうほどに美鈴は未来と過去を含めて魅力的な人物だ。
そんな人物に好きと言ってもらえて、婚約者や恋人になれるのは、素直にうれしい。
今はまだ、好きという感情よりも、懐かしさや以前のように疎遠にならなかった喜びの感情の方が強いが、俺も美鈴の好意に応えていけるように努力をしよう。
「わかった。恋人の関係になろう。それで具体的には、何かしたいことはあるか?」
「まずは、あっくんとお話をする時間が必要なのです。いろいろお話して、昔よりももっと仲良しにならないといけません」
「うーん、気持ちはありがたいが、クラスが違うし、俺は部活に入るつもりだ。あまり時間が取れないと思う。それに、スーは、奇麗だから目立ってしまう。廊下で無駄話をしているだけでも、どうなることか……」
「あっくんに、奇麗と言われるのはうれしいのですが、高校でのスーの目標は、勉強をしっかりすることもあります。廊下で目立って勉強に差し障るのなら、良くありません。あっくんもスーも勉強をしっかりやるのです」
まあ、それもそうだよな。
美鈴は、慶大に進学して、経営を学ぶための基礎をつくるために、ここにいるんだし、その美鈴の恋人として一緒にいるなら、俺も勉強をしっかりしないといけないとなるのも、道理か。
まとまった時間があるなら、どこにあるかを考える。
「一日の予定の中で、スーとの時間を用意するなら、早朝と昼休みしかないようだ。早朝としたなら、通学はどうなる?」
「家の運転手さんの運転で車で送り迎えをしてもらっています。運転手さんの予定を少し変えることはできますが、どうしましょう?」
「いや、運転手さんに、必要以上の仕事をさせるのは、良くないことだ。朝は今まで通りにしてもらおう。昼休みの食事は、どうする予定になっている?」
「昼食は、家の料理人さんがお弁当を用意してくれることになっています。ですので、あっくんの分も用意してもらって、ここで頂くのはいかがでしょう?」
運転手による車の送迎に、料理人の弁当か。さすがに御嬢様だな。
運転手には、美鈴のためにもしっかりと運転してもらわなければならないから、十分な睡眠をとってほしいが、料理なら、一人分も二人分も、手間が大きく変わるわけではないから、料理人への負担が必要以上に大きくなるということは、ないと思ってよいかもしれない。
「じゃあ、弁当をここで頂こう。俺の分も本当に、お願いしてよいのか?」
「はい、一人分のお弁当を作る方が、手間がかかりそうですから、問題ありません。ちゃんと、一つは、男の子のお弁当の量と伝えておきますね!」
「ありがとう。助かる。後は、普段、廊下やらで、遭遇した時は、基本的に、無視か会釈程度にしたい。まあ、廊下で話せば目立つというのと同じで、無用なトラブルから避けたくて、こういう判断をしたんだが、どうだろう?」
「確かに、無用なトラブルを招くようなことは困ります。こういうことは、徹底しておいた方が、何かあっても、対応がしやすいので、辛いですが無視としましょう。本当につらいのですよ……」
「決めたいことは、これで終わりだ。辛いこともあるだろうが、一緒に乗り切ろうな。スーからは、何かあるか?」
「そうですね。近いうちに、お祖父さまとお父様、お母さまにお会いしていただきたいのですが、いかがでしょう?」
そりゃそうだよな……、行くしかないか。
「わかった。週末なら、しばらくは大丈夫だから、適当に頼む。それと、月曜日に、東大路グループの案内が書かれた物がほしい。リクルート用のパンフレットとかで十分だ」
「わかりました。予定の調整をお願いしておきます。それと、グループの案内ですね。そちらも問題ありません」
「それじゃ、諸々よろしく頼む。これからは、恋人同士とはいえ、ゆっくりやって行こうな」
「はい、スーは、あっ君のことが大事ですから、ゆっくりやっていきます!」
こうして、スーとの諸々の決め事がまとまった。
その後、急いで下校し、本来の予定として、俺がやりたかった行動を始める。
自宅に帰り、制服をハンガーに掛けてから、外出用の服に着替える。
この時代は、ストリートファッションという雰囲気の服が流行っていたんだったな。
この系統は、着やすいのだが、年よりも若く見られる傾向があって、背伸びしたいお年頃のこの時の俺は、ヴィジュアル系バンドのファッションを真似た服装を好んでいた。
黒白に、適当なシルバーアクセを身に着けるとそれっぽくなるので、わかりやすくもあった。
というわけで、黒地に白い細めのストライプが入ったスラックスに黒いブーツ、白地に、襟元にだけ、刺繍の入ったボタンシャツを着る。
さらに、どこで買ってきたのか謎なやたらとごつごつした指輪を幾つか指に通し、太いチェーンで繋がれたベルトに付けるタイプのポーチを付けて完成だ。
ネックレスやペンダントも付けると、さらにそれっぽくなるのだが、俺の好みの物を探し切れていなかったので、そのうち見つけよう。
さて、次だ。
防音室に有った背負えるタイプのソフトケースにギターを入れて、外に出る。
背負っている感覚は、そう悪い感じじゃないので、このまま自転車に乗って出発することにした。
高校とは、別方向になる家を挟んで反対側を走り続けて、目的地であるターミナル駅に到着した。
駐輪場に自転車をしっかり止めてから、ギターを手持ちに変えて、歩き出す。
このターミナル駅は、県内や都内への移動拠点となっている。
もちろん、繁華街としての機能もあるので、都内じゃないと手に入りにくいような品を除いて、買い物で困ることはないし、食事や飲み会でも、県の中心と言って良いクオリティーの店がいくつもあるので、よほどのことがない限り困ることはない。
まずは楽器屋に入る。
地元のショッピングセンターにも売っている物を買うことになるが、こちらの方が、種類が豊富なので、必要な物を一つずつ吟味していく。
まずは、ギターを立って弾く時に肩から掛けるストラップを探す。
ギターのストラップは、どういうわけか、やたらとカラフルに編み込まれた生地が使われているのが多いんだよな。
単色に近く、地味な物を一つ選び、それにした。
茶色と言うよりも、かなり深い赤色のストラップだ。
ところどころに、謎の模様があるが、だいたいこういう物なので、気にしてはいけない。
次は、カポタストだ。よくカポと略される物で、ギターのフレットのやや上に装着し、ギターの音階を変化させる道具だ。
使い方は、しっかり固定して、通常通りにギターを弾くだけなのだが、装着するとギターの音階が上がる。
これによるメリットを具体的に言うと、女性ボーカルの曲を歌いたいとき、明らかに元の女性歌手の声が高すぎて、歌えないという時がある。
そういう時にカポを使うと、コードまでさらに高くなって、ますます歌えなくなるのだが、そこをあえて、オクターブ下を歌うなどの方法で、歌うことができるようになる。
我が家にもカポはあったが、父親の物だと思うし、カポの素材が、ゴムや樹脂製の物が多いので、劣化していると、ギターを確実に痛めてしまうので、新品を用意したのだった。
使用上の注意としては、カポを使うと、チューニングが狂う時があるので、毎回確認し、調整をしなければならないというのがある。
さて、次は、メンテナンスグッズを選び、譜面台も購入する。
路上でのライブを想定しているのなら、やはり、照明が必要だと、楽器屋なのに売っていたクリップで取り付けられる小さな照明も購入する。
チューニングのために音叉とCのハーモニカも購入しておいた方が良いな。
音叉は、U字に持ち手が付いた金属の調律具で軽くたたいてからこめかみ辺りに当てたり、歯で加えると、骨伝導で、基準音が頭の中に響くという、とっても便利な道具だ。
基準音は、だいたいAになっているが、使用楽器によって、僅かだが、違いがあるので、自分が使う楽器用の物を購入する必要がある。
音叉の良いところは、手の中に入る程度の大きさで、たたいて使うというこれ以上にないほどのデジタルとは無縁の道具なので、チューニングマシンがあっても、使えるようにしておきたい逸品だ。
Cのハーモニカというのは、基準音がC、あえていうならドの音で始まるハーモニカの事だ。
このハーモニカは、チューニングにも当然使えるし、当たり前だが、ハーモニカとしても使える。
アコギと合わせて使うなら、ブルースハーモニカあるいは、ブルースハープと呼ばれるハーモニカが良いだろう。
使い慣れたなら、EやDのハーモニカも試してみると、音楽の理論的なこともわかって来て、なかなか面白い初心者向きの楽器だと思う。
必要な物を一通り集め終わったので、会計を済ませて、次の目的地に行く。
次は、CDショップだ。
流行りの楽曲を調べていくと、やはり、小村哲哉プロデュースの楽曲が、目立つ。
モデル出身の女性歌手や女優として将来に名を上げる女性歌手の楽曲もある。
ヴィジュアル系バンドの存在も見逃せないところだな。
それ以外のバンドに目を向けると、この後も活躍し続けるバンドがいくつもある。
他を見ると、八〇年代から九〇年代前半に活躍したバンドのボーカリストやメンバーが、ソロになって、活躍しているのも目立つ。
ソロミュージシャンもしっかり売れているようで、思っていたよりは、小村一強という印象にならない。
正直なところ意外な印象となったが、まだ小村哲哉の時代は続くし、乱急のてんくの存在もこのころから、目立ち始めるんだよな。
少し目線を変えて、俺がこの音楽業界や芸能界に食らいつくための手段として考えているアコギの弾き語りが、今現在、どういう立ち位置にあるかをいろいろ見ながら考えていく。
フォーク時代の終わり掛けに音楽業界に入ったソロミュージシャンや、ユニットもしっかり売れている。
このあたりのミュージシャンは、曲自体は、フォークソング風に作り、編曲の時に、大きく変える手法がとられていた印象がある。
俺が覚えている横浜のユズキは、ギターやタンバリンを使った楽曲の印章が強いが、バンド風のアレンジにした曲もあった。
大坂のオオブクロに至っては、殆どの曲にアコースティックとはいえないアレンジが入っていたような気がする。
ということは、アコギでの弾き語りから勝負を始めるという俺の考えは、この時代の音楽の中に、すでに入り込んでいて、土壌もしっかりあるということになる。
アコギでの弾き語りは、この時代で、やっていくための経験値を稼ぐ意味もあるので、手軽な勝負方法として選んだが、悪くはないと思ってよいだろう。
他にも、音楽業界や芸能界にアプローチする方法は、考えてある。
見たい物は、一通り見れたので、CDショップを後にした。
さらに、本屋に行き、歌詞とコード進行が載っている、いわゆる歌本をいくつか選び、購入した。
本屋を出ると、夕焼けの時間になったようだ。
俺はこの後、路上ライブをするつもりだ。
夕焼けの時間から、場所を探し始めたなら、丁度良いだろう。
まずは、ターミナル駅の敷地内を歩き回る。
屋根のある構内でも、気になる場所があれば、そちらも寄りながら、何か所も確かめていく。
一通りの確認が終わったので、周辺にある公園も確認していく。
幾つかの場所を回った結果、複数の候補があったが、一番人通りの多い場所にある花壇の端に、座り、準備を始める。
路上ライブというのは、基本的に、違法行為になるそうだ。
どういう法律かは、あまり詳しくないが、単純に、道で何かを無断でしていたなら、邪魔だとは思う。
そこで、いろいろと路上ライブをしたい者たちは、工夫をするわけだ。
その一例として、路上でライブをしないというのがある。
それでは、路上ライブにならないんじゃないか!
と思うだろうが、この方法が、俺の知っている限り、殆どの路上ライブをしていた物がやっていた方法だ。
駅の敷地内にある花壇の端に陣取り、路上ライブをしたなら、そこは、駅の敷地であって、路上ではない。
よって、法律的には、路上の占有ということにはならないそうだ。
だが、代わりに、駅の敷地の一部を無断で占有していることになる。
結局のところ、おまわりさんに怒られるか、駅の職員さんに怒られるかの違いとなる。
どうせ怒られるのなら、おまわりさんは怖いので、駅の職員さんに怒られる方を選んだわけだ。
さらに、路上ではないが、路上まで音が聞こえる位置で演奏をしたなら、間違いなく路上ライブということになる。
そして、公園も同じような理屈がある。
公園も管轄が、警察ではなく、役所となっているらしい。
公園の端で、路上ライブをすると、役所の人に怒られるというわけだ。
と、へ理屈があるわけだが、二〇二〇年で、駅の敷地内や公園で楽器演奏をすると、すぐに怒られるし、場合によっては、おまわりさんが管轄各所の要請でやって来る。
場所によっては、ある程度なら、見逃してくれるところもあるようだが、本当に少ないらしい。
堂々とやりたければ、届を出してやる方法や、管轄各所がオーデションを開いて、路上ライブの許可証を出しているところもある。
さらに、有料でやれる場所を提供しているという話もある。
とにかくだ、二〇二〇年では、路上ライブは、やりずらくなったというわけだな。
それに比べると、この一九九五年を含めた九〇年代から二〇〇〇年代初頭までは、おおらかだったようで、よほどのことがない限り、怒られたり注意を受けることがなかったようだ。
それでも、やってはいけないこともあって、物乞いのように、空き缶を置いて、無言とは言え、金銭を受け取ろうとする行為には、厳しくしていたところもあったようだ。
さて、場所が確定したので、始めようじゃないか!
アコギをソフトケースから取り出し、ストラップを取り付けて、肩に通す。
次に、譜面台を立てて、そこに歌本を置く。ついでに、クリップで取り付けられる小さな照明もセットする。
最後に、音叉とハーモニカを使って、ギターのチューニングを確認して、準備は出来た。
夕焼けの時間は終わり、夜と言える時間となった。
まずは、一曲、慣らしに、ブルーヒーツの『青い空』をしっとりと、スローに歌って行こう。
喉の調子は、悪くはないが、のどケアのグッズも購入した方がよかったな。
それからは、ブルーヒーツの曲を中心にしながらも、フォーク時代の曲や八〇年代アイドルの曲も織り交ぜながら歌う。
時折休憩をはさみながら、時間は午後九時となり、初回なので、無理は禁物と、撤収することにした。
足を止めて聞いてくれる人もちらほらとおり、手ごたえとしては悪くはない。
定期的にやり続けないと、しっかりとした成果は上がらないだろうから、続けられるかが問題だな。
土曜日は、通常授業でも、半日だから、続けられなくはない。
だが、作業をしたいことは、他にもある。
通常授業の様子を見て、決めていった方が良いか。
こうして、やり直し人生初の、路上ライブは、何の問題も起きることなく無事に終了したのだった。