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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第四章 センヤンオーディション
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第八三話 個人面談

 個人面談


 七月二六日の土曜日。

 今日は、滝行と写経を候補者たちはするそうだ。

 だが、俺は一日かけて候補者たちと個人面談をすることになっている。

 個人面談の様子は、撮影することはなく、後に候補者たちからどんな様子だったかをコメントとして語ってもらう方法にするとのことだ。


 個人面談をする部屋には、俺と製作側のスタッフ一人、ブラウンミュージック側のスタッフ一人の三人で候補者と話す。

 製作側の一人は、後のコメントと差分が大きいと困るので見届け役だ。

 ブラウンミュージック側の一人は、七瀬さんで俺の補佐となる。


 上杉と木戸は、カメラの外で滝行体験をさせてもらえるそうなので、羨ましい。

 俺も滝行をしたかった……。


 そんなわけで、朝食を済ませて、候補者から夜の様子や今日の意気込みなどのコメントを撮り、それぞれに動き始めた。


 順番は、敗者復活を含む合格者組から始まり、落選組へとなっている。

 倖田姉妹は、ブラウンミュージックとして彼女たちを確保するかの問題があるので最後にしてもらった。


 合格者組には、応募の動機を中心に聞いていき、落選組には、次につながるように未来につながる質問をすることにした。

 倖田姉妹には、性格がわかるような質問をする予定になっている。


 合格者組の動機は、さまざまだったが共通していたのは強い熱意だった。

 力強く話したり、感情を高ぶらせて話すようなわかりやすい熱意ではなく、静かなやり取りの中でも、しっかりとわかる熱意を感じるのだ。

 特に熱意を感じたのは、高部夏美だった。

 彼女と話していると、一九八〇年代のアイドルたちも彼女に似ていたのじゃないかと思った。

 何となくだが不思議なオーラのような物を感じる。

 この不思議なオーラは、蜜柑や歩美からも感じるので、てんくもこのオーラに可能性を見たのだろう。


 注目していた中沢だが、俺が思っていたイメージとかなり違っているのかもしれない。

 強い女性のイメージを持っていたが、感受性のようなところは、十代の候補者たちとあまり変わらないようで、年齢を強く感じない。

 だが、それは彼女の長所である最年長と言うことを潰してもいるので、こちらからリーダーとして振る舞うことを要望する必要が出てきてしまった。


 最年少の城沢は、中沢とは逆に、本当に最年少なのかと疑うような人物だった。

 頭の回転が速く、ほとんど動じることなく会話をしていった。

 たまに、思考が絡まるときがあるようで、そう言う時は年相応の様子を見せた。

 彼女も舞と同じ不思議ちゃんタイプかもしれない。


 平氏は、てんくたちが最終的にロックミュージシャンとして選んだだけあって、雰囲気は十分だった。

 だが、俺の曲を歌うミュージシャンとしては、大林の方が向いているようだったので、彼女には、ぜひアイドルユニットで頑張って欲しい。


 最後に大林だが、彼女とは気が合いそうだ。

 性格は、真面目で一生懸命、それなのに住んでいる世界が若干ずれている。

 それなりのミュージシャンのほとんどが、世間とずれているようなところがあるので、こう言う人物が芸能界に向いているのかもしれない。

 テンションが上がると、若干早口になるところがあるが、俺の曲は早口の方が良いので、これは、彼女の長所と思っておこう。


 そうして敗者復活を含む合格者組との面談を終えた。


 落選組との面談では、あまり感情移入をしないように心掛けた。

 俺は、どうも実際に会い、話していくと甘さが出るところがある。

 面談は、製作側のスタッフにほとんどを任せて、聞き役になっていた。


 特筆するほどの人物がいないことは、初めからわかっていたが、それでもここまで残してきただけの候補者たちなので、なにかしらの才を感じる。

 彼女たちの未来に幸いあれと、願うばかりだ。


 そうして、倖田姉妹の順番となった。

 面談は、妹から始まった。


「……小村哲哉さんの音楽が好きで安室さんにあこがれていました。あ、今でも好きです。でも、去年のお正月から突然、色が変わったんです。桐峯さんたちがすごいんです! 気が付いたら桐峯さんたちの音楽が大好きになっていました。花崎さんの音楽が好きです」

「俺も小村さんの音楽は好きだし、尊敬もしている。大先輩の小村さんたちも俺たちの事も好きになってくれてありがとう。特に花崎が好きなのか。オーディションを受けたのは、それがきっかけ?」

「あ、えっと、その、安室さんや花崎さんのように、皆が好きになってくれる人にうちもなりたかったんです。その何て言うのか、あまり学校の皆と上手く行っていなくて、皆に見てほしくて皆に好きになってほしくて……」


 ん、この感じは、いじめとかを受けているのか?


「もし違っていたら、ごめんな。友達は多い方かな?」

「一人仲の良い子がいます。他にはいません」

「クラスの皆とは、良く話をする?」

「ほとんど話をしません。うちのことが嫌いなんだと思います」


 それから、いくつかの質問をして行き、いじめを受けていると確信した。

 だが、彼女は、自分にも責任があり、そのきっかけとなるエピソードもしっかり覚えていた。

 どうやら養成所時代に地元のテレビCMに出たことがあり、それで調子に乗ってしまい、周囲に反感を持たせてしまったと思っているようだ。

 切っ掛けは、彼女の語ったエピソードなのかもしれないが、可能なら何とかしてやりたい。

 幸い姉を含めた家族との関係は良好のようでそこだけは救いだな。


 こう言う場合、声は、小さくなることの方が多いようにも思うが、元々の性格がタフなのか、無自覚の威嚇行為として声が大きくなってしまっているのかもしれない。

 姉も無自覚に妹の声に引っ張られて声が大きくなっているのかもしれないな。

 さらに、養成所で訓練を受けている二人なので、声が良く通ってしまい、無駄に目立っていたのか。


 声の大きさは、ある日突然、反転して小声で話すようになることもあるので、そうなっていないのは運が味方をしてくれたのだと思っておこう。


 さて、困った。

 こう言う場合の極論は、地元から離れた場所で、生活を仕切りなおすのが手っ取り早い。

 だが、彼女の両親は、自営業をしているようなので、地元から家族ごと動いてもらうわけにはいかない。

 そして、心の弱っている彼女を家族から離すのも悪手に感じる。


 姉には、いじめの件を話していないらしいし、気が付いていないようなので、続きを考える前に、姉との面談を終わらせてしまおう。


「友達は多い方?」

「多いかはわかりませんが、仲が良い友達はいます」

「どんな友達が多い?」

「うちは、性格がさばさばしてるみたいで、女友達もいますが男友達もいます」

「オーディションを受けたのは、どんな理由?」

「歌うのが好きで、上手く歌えるとめっちゃ楽しいんです。それでライブ会場で歌ったら、もっと楽しんちゃうかなって思ったんです」


 おかしな性格はしていないようだし、印象としては、元気な娘さんと言ったところか。

 やはり、ベックスとの関係で性格が変わって行ったと見るのが自然だな。

 今の彼女は、裏表のない性格に感じる。


 その後もいろいろと聞いたが妹も含めて家族との関係は良好と感じているようで、安心した。


 妹の件を別にして、彼女だけを見ると、悪くはないのだが、やはりミストレーベルとは合わない印象になってしまう。

 アイドルユニットの一人として見た場合は、場の雰囲気を読めるかどうかも関わるが、賑やかにはしてくれるだろう。

 だが、裏で確保となると厳しいとなる。

 妹とももう少し一緒にいて欲しいし、ビングに預けるのが最良な選択に感じた。


 兎に角、面談は終わった。

 会議を後でしなければならないな。


 建物から出ると、周囲は夕方近くになっていた。

 季節は、夏真っ盛りで蝉の鳴き声が鳴り響いている。

 秋のこのあたりは、紅葉の見物も出来るんだったな。

 美香が我が家を離れる前に、我が家の女性陣に旅行でもプレゼントしてみようか。

 美月は、慶大に来るようだが、東大路本家で下宿をしそうな気がする。

 美鈴にとっては、美月は幼い時からの妹分なんだよな。

 絶対に美鈴が一人暮らしを許さないだろう。


 しばらくの休憩時間を挟み、倖田姉妹に関する会議を始めた。


「まず、候補者全体には、変更はない。個人個人で見ると、いろいろと気になるところもあったが、何とかなるレベルだと思った」

「桐山は、どのあたりが気になった?」


 上杉の発言に応じて、俺が気になったことを話していったが、こちら側で対応が可能なレベルと皆が判断をしてくれたので、合格者の変更はしないことになった。


「それで倖田姉妹のことなんだが、どうやら妹がいじめにあっているようだ。今なら俺たちの方から何かができると思う。可能なら何とかしてやりたいんだ」

「桐峯さん、いじめの詳細は聞いたの?」


 桃井の発言にこたえる形で、把握した内容を話していった。


「うーん。クラスメイトからの無視や机に何かをされたりしているんだね。姉を含めた家族にも話していないと……」

「そんな様子です。無視系とはいえ、過酷な状況なのは間違いないようでした」

「私もアキバでいろいろとやっていたから、いじめには思うところがあるんだよね。妹と話をさせてもらって良いかな?」

「オタク文化は、最近少しずつ変わってきているようですが、まだまだ厳しいですからね。桃井さんが話してくれるなら助かります」


 そうして、倖田妹を呼び出し桃井と話してもらった。


 桃井が話した内容はこんな感じになる。

 一人で抱えているのは辛い。でも誰かに話して理解をされないともっとつらい。なら、一人で抱えていた方がまだ楽に感じてしまう。それでも心の悲鳴は、大きくなっていて壊れてしまう時が来るかもしれない。

 なら、勇気を出して、一歩を踏み出してみよう。一歩がだめなら二歩、それでもだめなら三歩、まだ駄目なら行けるところまで行ってしまおう。

 気が付いたら、今までと全く別の風景が見えているかもしれない。


 いじめの対処策はそれぞれに違う。だが、理解をしてくれる人が周囲にいるだけで随分と楽になると俺も思う。

 今なら、姉が近くにいる。

 一歩を踏み出すなら、この機会が丁度良い。


 一歩を踏み出して、歩き続けても倒れてしまうときだってあるんだよな。

 だが、一歩を踏み出さなければ、倒れる事すらできない。

 ずっと、心の箱の中だ。

 それで時が流れたら良いが、そうもいかない時もある。

 明確な答えがないのがいじめ問題だ。

 本当になんとかならない物だろうか……。


 それから、桃井の話に共感をしてくれた倖田妹は、姉にいじめの件を話すことにした。

 姉も呼び、皆の見守る中で、姉妹の会話が続き、姉妹は泣き出してしまった。

 それで良いんだ。


 それから、七瀬さんと相談して、以前の俺の記憶にある倉木が通っていた私立大学付属の中高一貫校に妹を転校させることにした。

 この高校には、芸能コースがあるので、姉にはそちらに通ってもらうことになる。

 このためにはビングとの交渉を済ませないといけないので、大阪のブラウンミュージックの支社から対応をしてもらうことになった。


「あの、桐峯さん、妹の事、ありがとうございます。それにうちまで……。なんでうちら姉妹にこんなに良くしてくれるんですか」

「本当は、オーディションが終わった後に、二人をブラウンミュージックで受け入れようと思っていたんだ。それくらいに、君たち姉妹の事を考えていた。だが二人には家族がまだ必要だと思う。だから京都で二人は、頑張って欲しい。紹介をする事務所にはSARDさんやBEZさんがいる。しっかりやって来て欲しい」

「え、めっちゃすごい事務所ですやん。ほんまにええんですか?」

「あちらはあちらで厳しいから、大変だろうけど、芸能界には、君らを見ている人たちがいることも忘れないで居てくれたら良い。どこかの歌番組で、いつか会おうな」

「はい! でも、桐峯さん、歌番組に全然出てこないですやん」

「今年はわからないけど、紅白なら毎回出たいと思っているぞ。あの番組だけは、別物にしているんだ」

「紅白ですか。絶対に出て見せます! 桐峯さんとの共演を次の目標にします!」


 倖田姉妹は、事実上のリタイアとなったが、テレビの都合があるので、オーディションには最後まで付き合ってもらうことになった。


 そうして二日目が終わった。


 三日目となり、寺からは、早朝に出発して候補者たちはテレビ局のスタジオのセット上に作られたステージで、デビューシングルを歌うことになる。

 後は上杉が付いていってくれるので、俺と木戸、それに桃井はここまでとなり、解散となった。

 倖田姉妹には、 今のままの性格で育ってくれることを願うばかりだ。


 ここからは、後日談となる。

 倖田姉妹のその後は、思いの他、上手く行った。

 ビングには『桐峯アキラが才能を認めつつも自分では手に負えないと感じた逸材』として姉妹を紹介し、デモ音源を聴いてもらった。

 ビング側は、俺が才能を認めていることにまず注目し、音源を聴いて逸材と認めてくれたとのことだ。

 当初、こちら側が想定していた俺の楽曲を提供する話もしたが、あちらから断られた。

 俺が逸材と認めている存在を見事に育て上げたなら、十分な見返りがあるし、何よりも俺がビングを頼りにしたことに価値があるとのことだった。

 確かにビング系ミュージシャンとは、ほとんど交流がない。

 BEZの松木さんとは会ったことはあるが、会話をしっかりしたわけではない。


 今回、取引材料にされたのは、倖田姉妹だが、本質的には、信頼の交換となるのだろう。

 信頼をやり取りするのは、本当に難しい。

 ビング側、俺の今までの活動を見て信頼構築をする価値のある人物と認めてくれたのだと思いたい。

 ならば俺は、その信頼を損なわないような仕事をしていかなければならないな。

 そんな経緯があり、倖田姉妹は、無事にビングへ引き取られ彼女たちが関わる出来事は、これで完全に終わりとなった。


 ビングの代表は長門と言う人物で、音楽プロデューサーとしても一流の人物だが、ビジネスマンとしても一流の人物だ。

 丁度、今頃は代官山の再開発を手掛けている頃で、大阪の再開発の下準備を始めた頃でもある。

 後に彼は『大阪の不動産王』などと呼ばれるほどの存在になる。

 長門代表のやり方を模範にして、東大路もどこかの街の再開発に手を出しても良いのかもしれない。

 札幌と福岡は、プロサッカーチームと将来的に獲得を目指すプロ野球球団の本拠地となるので、ある程度の資本は落とすが、どちらも地元密着企業に任せたいところだ。

 他の場所で候補を挙げると、やはり名古屋だろうか、

 俺個人としては、親戚がいるので、全く知らない土地ではないのが大きい。

 望月が来てから、あちらの状況を聞いてみよう。

 良さそうなら、長門代表を模範にして、音楽の街を名古屋に作れないか、洋一郎さんたちと相談だな。

 俺も自らが主導する大きな仕事をいつかはしなければならない。

 音楽の街を作ると言うのなら、長門代表の前例があることだし、話も通しやすいかもしれないな。


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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく拝見してます。 先生の筆力を見込んでお願いがあります。 時代が少し遡りますが、金屏風事件をひっくり返して、物語中だけでもあちらサイドに煮湯を飲ませるような、スカッとする展開を一つ…
[一言] 虐めはやられる方の多くが「溜め込む」からね 倖田妹も姉を含めて家族に一切黙ってたから、溜め込むだけ溜め込んで、今みたいな歪で歪んだ思想に至ったのではないかと思います。溜め込んでもパンクしなか…
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