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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第四章 センヤンオーディション
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第八二話 寺合宿

 寺合宿


 七月二五日の金曜日。

 今日は、東京都の隣県にあるとある寺の宿坊にきている。

 この寺は、企業の研修などでも使われるそうで、宿坊もいくつかタイプがあり、現代的な研修施設や本格的な宿坊まである。

 座禅はもちろん、滝行や写経なども体験させてくれるそうで、正直なところ楽しみにしている。


 製作側とブラウンミュージック側は、現代的研修施設で宿泊をして、オーディションの候補者たちは、本格的宿坊で宿泊することになる。

 とは言っても、テレビの都合で、メイクなども必要なので、候補者側の本格的宿坊とは別に候補者用の現代的施設も用意されている。


 候補者の数は、丁度二十人で、俺が残した人数より少し減っているが、大人の事情で数人減ったらしい。

 大人の事情は、大人の事情なので、触れてはいけないのだ!


 具体的な候補者の合否まで俺たちの中では、ほぼ終わっているがテレビ的には、これが本当の最終選考となる。

 俺も音源と映像だけではなく、直接本人たちと交流を持つことで人選を変更することもあり得ると考えているし、そのことは、関係者にも話してある。


 てんくが選んだ候補の中で、俺が気にしているのは、中沢だ。

 彼女は最年長なのが長所だが、改めて考えてみたところ、彼女は彼女なりに必死なのだ。

 そんな中で、最年長の優位性を保っていられるかが、心配だ。

 逆に城沢も真逆の意味で心配だ。最年少と言うのも長所になるが、中沢とは十歳以上の年齢差がある。

 最年少の優位性を保ちつつ、乗り越えて行けるだろうか。

 それでも、どちらも将来に芸能界でそれなりの立場を作る人物の二人なのだから、上手くいって欲しいと願っている。


 そして、倖田姉妹だ。

 今回は落選となる予定だが、裏で確保をするつもりでもある。

 倖田姉は、将来に言葉の使い方や態度で問題を起こしている。

 このことで、好き嫌いが極端に分かれてしまうミュージシャンとなってしまう。


 彼女の性格に問題があり、異常な行動や過激な発言をしていたと言う結論にするのなら、十年近くもベックスは異常な性格の彼女を育て売り出し続けていたことになる。

 売れたことで、自由に振る舞うようになったとしても、プライベートならともかくとして、仕事中の所属ミュージシャンの管理もまともにできないベックスの体質の方がよほど問題に感じる。


 俺は、彼女と事務所との間で軋轢があり、その結果として問題行動や過激発言が多くなっていったのではないかと思っている。

 そもそも、デビュー前で不安な気持ちで一杯の人物を海外に連れて行き、どうにかしてみようと言うベックスのやり方には、問題しかないと感じている。

 俺たちの身内でもデビュー前のミーサが海外留学中だが、彼女の場合は、元々英語が堪能だったし、ホストファミリーも東大路で厳選している。

 メールのやり取りもしていて、日々の生活の中の不安を可能な限り取り除こうとしている。


 蜜柑と歩美は、プロとしての実績を持って海外留学をしてもらっている。

 あちらで、その自信は、ボロボロになるかもしれない。だが、それはそれで経験になるのだから、事前に起きる可能性として伝えてもいる。

 さらにミーサ同様、ホストファミリーも厳選しているし、メールでのやり取りもしっかりやっている。

 やはりと言うべきか、歩美は、苦戦をしているが、彼女の場合は歌やダンスのレッスンよりも言語習得に重きを置いているので、そのことはしっかり伝えてある。

 完璧と言うつもりはないが、しっかりと日本からのバックアップをしているのだ。


 だが、ベックスは、普通科の高校をただ卒業した程度の人物を海外に連れて行き、デビューまでさせている。

 これが、多少の成功を見せたとしても、無理がありすぎると思えて仕方がない。

 ちなみに、俺の記憶の中にある倉木舞も日本でデビューする前に海外でデビューしている。

 だが、彼女の場合、デビュー前に海外留学をしている。


 ベックスの非情とも言える無茶を受け入れてしまった彼女は、性格がゆがんでしまっても不自然だと思えない。

 結果がでれば、何でも良いと言うようなやり方は、本当に好きになれない。


 そんな倖田姉が俺のところに、一度は姿を現してくれたのだから、ベックスとは、絶対に関わらせない。

 倖田妹の方は、確か中学校を卒業すると、高校には行かずに養成所のオーデションを受けたとか、その程度しかわからない。

 いつの間にかデビューした時のユニットの活動が終わっており、バラエティータレントになっていた。

 高校に行かなかったのは、芸能のためなら仕方がないが、他の理由があるのなら話くらいは、聞いておきたい。


 俺は、正義をかざすつもりなんて、さらさらない。

 当然、万事が上手くいくとも思ってはいないし、間違えることの方が多いかもしれない。

 未来の情報を知っているからといって、絶対的な有利な立場になっているとも思ってはいない。

 音楽の世界は、出会いの世界でもあると思っている。

 人だけではなく曲や楽器に技術、様々な出会いがある。

 俺は、自分が良いと思う方法で、俺が良いと思うそれらと関わっていく。

 そして、俺が関わった人物たちには、可能な限り良い人生を送って欲しいと願う。


 おそらく、現時点での倖田姉妹は、京都の養成所にいたことがあるようで芸能のセンスは、それなりに磨かれているようだ。

 将来性を見ると、間違いなく逸材だ。


 だが、悩んでもいる。

 二次選考の時の映像で、倖田姉妹は、自由に話し過ぎているように感じた。

 おそらく姉妹が揃うこの場では、さらに彼女たちの会話は、弾むだろう。

 上杉は、倖田姉妹をバラエティーでも活躍できる人物と評価したのかもしれない。

 その判断は、将来の彼女たちを知っている俺からしたら、的を射ているとしか言いようがない。


 だが、これは俺たちのスタイルと合わない……。

 基本的にテレビでは、VTR出演と観客のいないスタジオパフォーマンスが中心だ。

 ラジオも収録でしかやっていないし、とにかく生放送を避けている。

 だが、ライブの経験は積んでおきたいので、この先も生放送の入らないライブはやって行くだろう。


 そして、こんな俺たちに近い方法でミュージシャンを売り出し、成功を収めているレコード会社とその芸能事務所のグループがあるのだ。

 SERDやBEZの所属するビングと言う会社で、俺の記憶の中にある流れでは、舞もここに所属する。

 特長は、とにかく女性アーティストのメディア露出をさせないことで有名だ。

 さらに、ビングの本拠地は、関西で、倖田姉妹も京都なので相性は悪くないはずだ。

 俺たちの場合は、徹底しているわけではなく、俺が生放送をただ苦手にしているので、成り行きに任せてこうなってしまったところがある。

 だが、ビングなら、しっかりとした方針として徹底しているので、もし言葉や態度に問題が出てきても、対応してくれるかもしれない。


 今回の合宿で、俺が彼女たちを預かるよりもビングの方が、彼女たちに良い環境を提供してもらえそうなら、ビングに預けるつもりだ。

 ベックスにかき乱された姉と気が付いたらバラエティータレントになっていた妹、この二人が、幸せに歌い続けられることを心から望む。

 すでに、七瀬さんと胡桃沢さんとは、相談を済ませてあり、俺の曲を数曲あちらに提供することを交渉カードに使えば、ほぼ合意可能だと言われている。


 倖田姉妹を俺が預かるか、ビングに預けるか、しっかり見定めて行こう。



 運動のしやすい服に着替えて、外に出ると上杉、木戸、桃井がすでに集まっていた。

 上杉と木戸はともかくとして、桃井は、名目上俺たちの世話係だが、アドバイザーとして来てもらった。

 彼女の姿は、知っている人は知っているので、軽く変装をしてもらっている。


 基本的に俺たちは、カメラの外から、スタッフと一緒に候補者の様子を見て行くことになる。




 オープニングの映像が撮られ、それから簡単な交流の時間が取られた。

 候補者たちは、ライバルの関係になるが、、それなりの時間を一緒にいなければならないので良好なコミュニケーションを取ろうとしている者たちがほとんどだな。

 倖田姉妹は、二人で、会話をしている。

 声が大きいのかよくとおる。


 うーん………。

 まあ、始めはこんな物だよな。

 候補者は、準備が終わり次第、座禅から始めるようだ。


 全員を一度にとはいかないようで、分けてやるらしく、俺と上杉も、カメラの外で混ぜてもらうことにした。

 まずは俺が前半組に入り、後半組に上杉が入る。


 すでに、上杉は、センヤンのスタジオに何度も行っているので、スタッフたちとも打ち解けている。

 俺も後で交流をしておこう。


 そうして座禅の組み方を教えてもらい、静かな時間が始まった。


 ふと高校の様子が思い浮かぶ。

 六月の選挙で美月が生徒会長になった。

 勝は副会長となり、千原は、生徒会から離れた。

 親友たちも部活を引退して、外部受験の準備に勤しんでいる。

 大江と矢沢とは、人生の方向性が違う道に入ってしまったが、だからこそ彼らを大切にして行きたい。

 この人生では、空手部の川端君と以前よりも仲良くなれた。彼も親友と言って良いだろう。

 彼は、卒業したら自衛隊に入るそうだ。

 先の未来を知っている立場としては、自衛隊に入るのは辞めて欲しかったが、志のある人物が自衛官になってくれるのなら、頼もしいと思うことにした。

 ますます福島の原発事故を回避させる理由が出来てしまった。

 美鈴には、いろいろと動いてもらっている。

 東大路グループの後継者としての初仕事は、ベックスの買収だ。

 ベックスの上場時期は、幾つかの条件を手繰り寄せた結果変わることはないと判断した。

 細かい仕事の手伝いをしながら経験を積んでもらい、ベックスの買収では、陣頭指揮をしてもらうつもりだ。

 今のベックスなら手ごろな値段で買収できるだろう。

 他には、紀子さんにも学校事業以外に仕事を頼んでいる。

 買収事業は、さらに続いていくが、二千年末が一度目の区切りだな。

 その後は、アメリカ同時多発テロとそこから始まる戦争の備えをしなければならない。


 音楽以外にもやることが山のようにある……。

 それでも、やれるだけのことをしなければな。


 人の気配を感じ、肩に軽く何かを当てられた。

 ああ、ここで警策を受け入れるわけか。

 事前に教えてもらっていた通りに、首を少し斜め前に倒す。


 パァーン!


 痛みよりも体の中心に響くような衝撃が来た。

 おお、頭がすっきりする!

 軽く頭を下げて、住職に感謝の意を伝える。

 それからしばらくして座禅の時間は終わった。


「これ、めちゃくちゃ良い。美香と舞たちをつれて、またここに来たくなった!」

「そんなに良いんだ。私も上杉君と一緒に混ざろうかな……」

「木戸さん、行ってこい。絶対良いから」

「わかった。言ってくる」


 上杉と木戸を見送り、桃井に様子を聞く。


「何かありました?」

「中学生たちが、ちょっと辛そうだったかな。小学生の城沢ちゃんが、大人しいのが面白怖い」

「ああ、中学生は、何となくわかります。城沢ですか。妙な落ち着きがあるんですね」

「そうなんだよ。でも、あれは面白いと思う」


 城沢は別格か。


 それから始まった後半組を見ていると、やはり中学生たちが辛そうに見える。

 何と言うべきか、邪念が一番多い年頃なんだろうな。

 上杉と木戸は、流石と言うべきか、候補者たちとは雰囲気が違う。

 修羅場慣れをさせたからな……。


 座禅の後は、住職からのありがたい説教を聞く時間となり、興味深い話を聞けた。

 それでも要約してしまうと、人の嫌がることはしちゃダメだよ。ってことになるのも面白い。


 それからもテレビ的な良い映像が取れやすいイベントが続いていき、一日目が終わった。


 合間合間で、候補者たちと会話を少ししたが、上杉にはある程度、皆が慣れているのに、俺には緊張をしてしまうようだ。

 自業自得とは言え、切なくなってしまった……。


 そんな中で、大林がやってくれた!


「あ、あの……。桐峯さん、キョクスケルン! あ、曲、好きです!」


 素晴らしい!

 極透けるん、らしい。謎な言葉だが、心に響いた。


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[一言] 倖田妹 多分に偶然ですが、今、ヤフーニュースの婦人公論でmisonoのインタビュー記事が載っていて、作品の中の「知られていない時代」の事が書かれていました 色々あったようで、小学校時代にいじ…
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