第八〇話 妖精姫
妖精姫
六月十五日の日曜日。
俺がスカウトを依頼したゴスロリ娘を鮫島さんは、あっさり見つけてしまった。
彼女の名前は、望月ユイが本名で、卯月ユイと言うのは、声優となってからの芸名だったようだ。
現在は、高校二年生で、声優の仕事もしていないので、当たり前のように本名で呼ぶことになる。
他にもいろいろと調べてくれていたようで、声優の仕事に興味があることや二人組の音楽ユニットを、すでに組んでいることもわかった。
鮫島さんがどうやって彼女を探したのかを聞いてみたところ、名古屋の栄にある公園でゴスロリ娘を見つけて声をかけたところ、彼女たちなりのネットワークがあり、そこからすぐに呼び出してもらえたそうだ。
そして、現在の俺は、名古屋のブラウンミュージックの支社近くの喫茶店で鮫島さんと二人で、彼女と待ち合わせをしている。
音楽ユニットの相棒さんにも鮫島さんは声をかけるように言ったそうなのだが、この場に来ることになったのは望月だけらしい。
どうやら、相棒さんは、人見知りと言うのかコミュニケーションを取るのが苦手らしく、難しい性格のようだ。
鮫島さんから送られてきた情報には、音楽ユニットの詳しい情報もあり自作のアルバムを制作までしていた。
一通り聞かせてもらったのだが、おそらくすべての音を作曲担当の相棒さんが作ったようだ。
妖精王国の将来の音と現在の音を覚えている範囲で比較してみたが、音楽性の変化はあるようだが、圧倒的な何かを感じるほどではない。
厳しい結果に、正直なところ、困ってしまった。
望月だけをスカウトする方針にしても良いが、残される相棒さんも気にはなる。
だからといって、誰も彼もと拾い上げて行くことは、不可能なんだよな。
それに、彼の問題としてコミュニケーションが取りづらい人物らしいと言うのがある。
この問題は、案外大きいんだよな。
世間が思うほど、ミュージシャンと言う人種は、閉鎖的ではなく、むしろ積極的に交流をしていくタイプの方が多いくらいだ。
それを考えると、閉鎖的な人間に構っている時間は、正直言って無駄だ。
例外があるとしたなら、よほどの才能を感じる人物だけになる。
だが今回は、この例外にも当てはまらない。
やはり、ここは、心を鬼か悪魔か魔王にして、切り捨てるしかないのだろう……。
将来の妖精王国のファンの方々、申し訳ない。
ここは、望月だけをスカウトさせてもらう!
喫茶店に一目でわかるゴスロリ娘が入って来て、俺たちを探しているようだ。
写真でも確認してあったが、俺の記憶の中にある彼女よりは明らかに幼いが、それでもあまり変化が少ないアンチエイジングな体質のようだ。
妖精と自称するだけのことはあると言うことなのだろう。
「望月さん、こっちです!」
鮫島さんが望月を呼び、こちらに気が付いたようだ。
「初めまして、望月ユイです」
「こちらこそわざわざありがとうございます。極東迷路の桐峯アキラです」
ひとまず、席に付いて話に入る。
「今日は、相棒さんは、無理だったんですね」
「残念ながら、人見知りが激しくてギリギリまで誘ったのですがダメでした」
「ミュージシャンの世界は、案外コミュニケーション能力の高い人の方が多いんです。なぜかわかりますか?」
「えっと、ファンの方々と交流をしないといけないからでしょうか?」
「それもありますが、作曲は一人で出来ても、それを音に仕上げて行くには、いろいろな人の手を借りなければならないんです。仮に一人で音楽が作れる時代が来たとしても、ライブをしたければ、やはりライブ会場との交渉が必要ですので、コミュニケーション能力が必要になるんですよね」
「……それもそうですよね。なら私の相棒は、失格となるのでしょうか?」
「圧倒的な才能の片鱗が見えていたなら話が変わるのですが、アルバムを聞いた限りでは、そこまでの魅力は感じませんでした」
「そうですか……。桐峯さんは、プロミュージシャンなんですよね。遊びの世界じゃないんですよね。今回は、そう言うお話なんですよね?」
「はっきり言います。この場に相棒さんが来ていたら、違う未来があったかもしれませんが、今回のスカウトは、望月さんだけにさせてもらいます」
「はい。理解しました。そう言う世界から私は声を掛けられたんですね」
「細かい契約の話などは後にして、ブラウンミュージックと契約したら、東京に来てもらいたいと思っています。その後は、芸能コースのある高校に通ってもらいながら、声のお仕事にも興味があると言うお話も聞いているので声優の養成所にも通ってもらい、ヴォイストレーニングもしてもらうことになります。水城加奈や島村仁美も同じ流れでやっていますので、心配はないと思います」
「水城さんと島村さんと同じ流れをするんですか……、そんなの断れないじゃないですか」
断れない流れなのか……。
水城と島村の人気もすごいんだな。
「今からなら夏休み明けからの転校が良いですよね。何か質問などはありますか?」
「私は、どんな売り出され方をするんでしょうか?」
「妖精をテーマにした設定で、ユニットを組んでいるとも聞いていますので、その設定をそのまま使いたいと思います。望月さんは、妖精の王の娘、王女で地球世界の妖精たちが弱っていることを知り、歌の力で助けに来た、とかそんなのでどうでしょう?」
「いろいろと細かく詰めないといけないと思いますが、良い設定だと思います。ユイ姫になるんですね」
「それです! 殿下とか呼ばれる感じが良いですね」
「ソロでしょうか? バンドでしょうか?」
「バンドで、可能ならメタル系の激しいバンドにしたいですね。妖精は、光の力も闇の力も、魔力に変換できるんです。ですが、弱っている妖精たちには光の力は刺激が強いので、闇の力が多い激しいメタルの曲を歌うんです。どうでしょう?」
「桐峯さんって、天才高校生音楽プロデューサーって呼ばれているのが、わかった気がします。頭の中が絶対におかしいです! こんな面白そうな話を断って、名古屋で細々と続けるのは、もったいないとしか思えないです。契約のお話お願いします」
契約などの話は、鮫島さんの出番になるので、俺は引っ込む。
それにしても、今の俺は、天才高校生音楽プロデューサーらしいのだが、自覚がないんだよな。
大学生になったら、天才大学生音楽プロデューサーと呼ばれるのだろうか。
冗談はさておき、こう言うことは、自覚をしておかないと周囲に迷惑を掛ける可能性がある。
未来の情報を知っているだけでは、何の役にも立たないが、今の俺は、その情報を使いこなせる位置にまで来ている。
慎重な行動が、今まで以上に必要になるかもしれないのだから、よく覚えておこう。
妖精の設定は、思い付きで考えてみたが、悪くない出来だな。
光はダメなのに激しい音は大丈夫なのかと、自分でもどうかと思ってしまったが、妖精の好みと言うことにしてしまおう。
何か設定で困ったら多少強引でも妖精の好みとしてしまった方が面白いかもしれないな。
そういえば、一つ気になることがあるのだが、一応聞いておこう。
鮫島さんの契約の話が終わるのを待って、切り出す。
「望月さん、答えづらかったら申し訳ないのですが、音楽ユニットの彼とは、どう言う関係なのですか?」
「あ、えっとですね。高校に入ってすぐの頃、楽器屋さんでメンバー募集の告知を見たんです。女性ヴォーカルとその他のパートの募集だったんで、参加してみたんですが、その後は誰も集まらなかったのか彼が断わっていたのか、ずっと二人だけでした。ですので、男女の関係とかはありませんので、ご安心ください」
「それなら揉めたとしても、酷いことにはならないのかもしれませんね。もし不安があれば、ブラウンミュージックの名古屋支社の人を連れて行ってください。鮫島さん、その辺りのフォローお願いしますね」
「お任せください。九月には、東京にお届けします」
望月のバンドメンバーは、養成所で拾いたいが、どうなるか。
ヨシアキに手伝ってもらった方が良いだろうな。
出来れば、作曲能力の高いメンバーがほしいところだ。
望月ユイとの交渉が終わり、あとは彼女の家で家族会議をしてから契約となる。
それから雑談を少ししていると、オーディションの話が話題となった。
その影響であまり散歩もできていないと言う話になり、このまま大須の商店街を案内してくれることになった。
案内は嬉しいのだが、望月はゴスロリ衣装なので、良く目立つ。
あまり気にしてはいけないと、そのまま案内されていった。
この頃の大須は、秋葉原と同じで、電気街とオタクの街が混ざり始めていたころのようだ。
そういえば、行ってみたいところがあった。
大須の商店街の中心部に、戦国武将で有名な織田信長の実父である織田信秀の墓所があるらしいのだ。
この商店街の敷地のどこまでかはわからないが、その織田信秀を弔っている寺の敷地らしいと聞いたこともあったな。
望月に案内されて、織田信秀の墓所に行き、手を合わせてから、大須観音にも向かう。
大須観音は、元々は別の土地にあったらしいのだが、名古屋の街を江戸時代に整備していく中で、大須の地に移されたと聞く。
こう言う神社仏閣が日常にある風景と言うのは良い物に感じる。
「大須と言うと、ういろうかな?」
「案内しますよ。こっちです」
大須観音からさほど離れていない場所に、ういろうが売っていたので、東大路本家と美鈴の家と我が家に配送を頼んで、一口サイズのういろうをその場で頂いた。
「そういえば、声のお仕事をする人の中で『ういろう売り』とか言う何かのせりふがあるんでしたよね」
「ああ。私は、まだああ言う物には、手を付けていないんです。歌うのが今の私の精一杯なんですよね」
「覚えたら、聞かせてください」
「多分、水城さんたちが養成所に行っていると言うお話でしたから、そちらから聞くのが早いと思いますよ」
「まあ、それはそれ、これはこれってことにしましょう」
それからも何か所か回り、大須にもロリータファッション専門店があり、少し覗いて見たり、ライダーやスーパー戦隊の人形が高値で売られている店を見たりして、ひと時の休息を味わった。
「それじゃ、東京で待っています。いろいろと頑張ってください」
「はい、九月にそちらへ行けるように頑張ってみます」
そうして、名古屋を後にした。
芸能人の人達が、名古屋をお忍びの遊び場所にしていると言う話を聞いたことがあるし、実際に名古屋で芸人さんがホテルから出てくるのを見かけたこともある。
なんとなく、その気持ちが分かった気がした。
いろいろと丁度良くまとまっている印象なんだよな。
秋葉原程じゃない大須や銀座ほどじゃない栄、新宿程じゃない名古屋駅周辺、どれも手ごろに感じた。
探せば、不便なところもあるのだろうが、また遊びに来たい街だと思った。




