第七六話 オーディション始動
オーディション始動
四月一日の火曜日。
昨日、ユズキの二人がブラウンミュージックに来てくれた。
路上ライブの最終日と決めていた日を北沢さんから事前に教えてもらっていて、見に行くことができた。
美香と舞、それに三月のうちにスカウトが成功した将来の『いきものいいん』のヴォーカルとなる吉岡清恵の三人を連れて行き、三〇〇人以上の観客に紛れて見ることができた。
デビュー前後にプロモーションのつもりで、またここで路上ライブをするのだろうから、その時も見に来たい。
帰りの時間が遅くなることが気がかりだったが、これも勉強の内なので舞と清恵の家には、しっかり連絡をしてその日の夜は、近くのホテルで泊まった。
これからのユズキは、高見さんだけではなくジルフィーの三人でプロデュースしていくことになり、俺は、アドバイザー的な立場となる。
それでもミストレーベルの所属にしてもらえたので、頼りにしたい二人だ。
「……それでさ、この山をどうするんだよ?」
「ほんとにどうしような……」
「見て行くしかないんでしょう。桐山君、上杉君、始めるよ!」
ミストレーベル企画室に、上杉と木戸と俺の三人が集まり、センヤンのオーディションに応募してきてくれた人のプロフィールを一つずつ眺めていく作業が始まる……。
すでに、テレビ映えする人だけに絞られていて、千人分ほどになっている。
だが、テレビでの告知では全く別のオーディションが開催される予定と告知されている。
全国五か所、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡で応募者全員を呼び、一人一人、製作側の審査員が審査をして行く。
その時に、応募者が送ってきたプロフィールとは別に製作側から応募者に統一規格のエントリーシートが送られていて、それが応募者の証明書であり、参考資料となるそうだ。
応募者は、すでにある程度の合否が決まっているのに会場で審査を受けることになる。
テレビの演出とは言え、好きになれない方法だな。
だが、製作側としても自分たちが見落とした逸材を直接見て探すこともできるので、完全なやらせと言うわけでもないそうだ。
こう言う、微妙なラインを攻めてくるのが芸能界らしいと思えてしまう。
結局一万と少しの応募があり、俺の手元に千人分がある。
ここから、百人以下まで絞らなければならない。
俺が初めに合否の確認をして、木戸と上杉で、俺が落とした人を不合格で良いかの確認をしてもらう。
「それじゃ、やるぞ!」
写真から年齢、住所、最後に名前の順番で見て行く。
写真は、製作側を信じていないわけじゃないが、明らかに何かが違うと言う人がいるし、一番初めに目が行くのでここが最初になる。
年齢は、不問としてはいるが、小学生低学年が来ても流石に困るのでチェックが必要だ。
住所は、ブラウンミュージックの支社に通える範囲でお願いしたい。
名前は、極端だが、これだけ居れば記号にしかならないので、俺の記憶にある人物がいれば気に留める程度だ。
そうして作業を始めたところ、すぐに手が止まった。
なぜ彼女が応募してきている?
写真の彼女は、俺の記憶よりもはるかに幼くふっくらとしているが、明らかに彼女本人だ。
彼女の名前は……、倖田瑠美だった。
この写真を見ると妹の美里と本当に良く似ている。
うーん。倖田瑠美は、アメリカで日本よりも先にデビューしていたと言うことくらいしか知らないんだよな。
このオーディションとも関係があったのか?
とにかく、彼女があちらから来たのなら、断る理由もない。
彼女は別格だな。
さらに、しばらく山を崩していると、倖田の妹の美里も見つかった。
この姉妹は、本当になぜここにいるんだ?
彼女もベックス系だったな。
そうして、ほぼ一日かけて山を崩していき、俺の記憶にあるオーディションで最後まで残る半分ほどを探すことができた。
「残りはまだ半分ほどある。続きは明日だな。今日は助かった」
「どういたしましてだ。その別にしてあるプロフィールは、何なんだ?」
「ああ、これか。なんて説明したらよいのか、ファイナリストの候補って感じだと思ってほしい」
「え、なら私、見てみたい!」
「おう、木戸さん、見てやってくれ」
別にしてあった十人ほどのプロフィールを木戸に渡す。
「うーん、この二人って姉妹なんだ。京都出身ね」
「姉妹だと、何か気になるか?」
「姉妹ってさ、すごく仲が良いか、すごく仲が悪いかのどちらかが多い気がするんだよね。でも、外から見ると、そう言うのが全然わからないのが女の子なの」
「上杉も俺も妹がいるだけだからな、良くわからないところだ。だれか姉妹っていたか?」
「美香ちゃんが年の離れた姉がいるけど、仲良しって言うよりも、年が離れているから保護者枠だよね。あとは、ユイちゃんが一つ下の妹がいたかな。ユカリちゃんは、一つ上の姉がいるね。他はどうだったかな……」
「女性グループならではの問題もあれば聞きたいから、ユイかユカリのどちらかを連れて来てもらって良いか?」
「言えないこともあるだろうけど、どちらかを連れて来るよ。行ってきます!」
木戸が出て行き、上杉と二人になる。
「女同士か。難しい問題だな。上杉は、どう思う?」
「ベルガモットもハニービーもそれぞれのやるべきことが違うから、意味のある衝突はあっても、無意味な衝突って少ないかもしれない」
「俺らも高校バンドでは、意見のぶつかり合いは、当然のようにあったけど、それで問題はなかったんだよな」
「今回はソロヴォーカリストを一人で、残りはアイドルユニットだろ。確実にぶつかるな」
「アイドルの扱い方は、良くわからん!」
それからしばらくすると、木戸がユカリを連れて戻ってきた。
「木戸さん、おかえり。ユカリ、わざわざありがとうな」
「姉妹関係の事で質問と聞いたんですが、うちは、そこそこ仲が良い方ですよ?」
「そこそこってことは、ケンカもする時はあるんだろう。そう言うのを踏まえて聞きたいんだ」
「わかりました。何でもどうぞ」
それから、オーディションの話を少しして、倖田姉妹がそろって応募してきていることを話した。
「えっと、表向きは、ソロヴォーカリストのオーディションだけど、アイドルユニットも作る予定で、姉妹をアイドルユニットに入れたらどうなるか、で良いですか?」
「それで合っている。どう思う?」
「……うーん。私なら嫌ですね。同じアイドルユニットならどうしても比べられちゃいますし、家庭のケンカをお仕事にも持ち込みそうですし、その逆もありそうです」
「じゃあ、姉をソロオーディションの合格者にして妹をアイドルユニットにするならどう思う?」
「そちらのほうがましですが、姉妹としては、辛いですね」
「うーん、なら姉を不合格にして裏で確保、妹をアイドルユニットって言うのは?」
「それが一番妹としては、ありがたいですね」
「姉が、アイドルユニットで妹をソロミュージシャンは?」
「すごくやり辛いですが、妹としては頑張れます。でも姉は辛いでしょうね。姉がアイドルユニットの他のパターンは、どれもつらいと思います」
「なるほどな。この姉妹の方針は、姉を裏で確保、妹をアイドルユニットにする」
その後もユカリから姉妹ならではのもめごとや女性ユニットで起こりそうな問題を聴かせてもらった。
「ユカリ、参考意見ありがとうな。これからも何かと意見を聞くときがあるかもしれないから、よろしく頼む」
「あの、私たちもこのオーディションに関わることって出来ないんでしょうか?」
「うーん。ベルガモットもハニービーも俺は、身内だと思っているんだ。だが、今回のアイドルユニットは、別物だと思っている」
「どういう扱いに?」
「ミストレーベルの仕事は、俺も皆と一緒にサッカーとか野球をしているプレイヤーって感じなんだ。でも、今回の仕事は、監督とかコーチって感じで、必要なら別のプロジェクトを立ち上げると思う」
「私たちハニービーもミストレーベルの中なんですか?」
「いまさら言うことでもないが、ハニービーは、ミストレーベルの大きな規格の中で産まれたバンドだから、俺も一緒にやっているつもりだぞ」
「皆も喜びます。ありがとうございます!!」
「まあ、間接的に手伝ってもらうことはあっても、このオーディションに直接、関わらせたくないのが本音だな」
「俺は、例外ってことか?」
「ああ、上杉は、例外だ。それと木戸さんも関わってほしいと思った」
「え、私も?」
「ああ、どうも女性を扱うには、難しいことが多すぎる気がしてきた。いざと言う時に木戸さんがいると助かる」
「それならハニービーが関わっても……」
「実績の問題だな。木戸さんは、なんだかんだでエレキヴァイオリンの使い手として、そこそこの評価を受けているのは、自覚があるだろう?」
「それは……。知っているつもり。エフェクターをしっかり使ったエレキヴァイオリニストってほとんどいないから、私って実力以上の評価をされてるみたいだよね」
「トレーナーからの評価も並みの音大卒よりは、上手いって聞いている。だから、問題ない」
「本当に何なんだろうね……。ちょっとした習い事のつもりで、ここに入ることを決めたのに、今じゃテレビで自分を見ても、気にならなくなってきた……」
「あきらめろ。俺なんて、もっと過酷な状況なんだからな」
「うん、上には上がいるって思えば、まだ楽になれるよね。桐山君は、もっと苦しめばいいと思うよ」
ユカリが、慌て始めたが、上杉がなだめてくれそうなので、問題ないな。
「あの……、物騒なお話をしているようですけど、良いんですか?」
「ああ、桐山と木戸さんは、高校でもこんなだから気にしなくていい。ユカリさんこそ、付き合わせてごめんな」
「いえ、上杉さんとは、あまりゆっくり話したことがないので、今度、いろいろお話してください!」
木戸としばらくの間、じゃれあったが、プロフィールの方に戻る。
「この飯森香織さん、綺麗な子だね」
「アイドルの方に行ってもらおうと思っている」
「ソロは、どんな人にするの?」
「うーん。まだ見つかっていないんだが、大体のイメージはあるんだ」
「どんな感じなの?」
「あまり完成度の高くない人を選ぶつもりだ。伸びしろがある方が、本人のやる気次第って感じがあってオーディション出身らしさが出るかなって思ってる」
「そんな考え方もあるんだね。伸びしろの有無って何となくわかるの?」
「舞が良い例かもしれない。あの年齢で舞はほとんど完成に近いんだ。でも人生経験が足りないから、歌うことよりもいろいろな経験をしてほしいと思っている。だから、あちらの家族と一度、舞の進路については、相談をしなきゃいけないんだよな」
「舞ちゃんの家族からは、音楽の学校にって言われているんだっけ?」
「ああ。できれば本来の予定通りに普通科高校に進んでほしい。せめて芸能コースだな。音楽コースは、辞めた方が良い」
「舞ちゃんの兄上なんだから、いろいろ頑張ってね」
「舞は、しっかり面倒を見る」
気が付いたら、上杉とユカリは、この部屋からいなくなっていた。
上杉は、妹大好きだから、好みも年下なのか?
だが、まだユカリは中学生だぞ。
気を付けてくれ……。




